こうもり
「小学校の名物用務員さんが辞めてしまうらしい」「辞めるのは、学校でお化けを見たかららしい」
……一昨年、そんな噂を地元の友達から聞いた私は、すぐにその用務員さんに話を伺いに向かった。
用務員さん(仮にAさんとします)は何十年も私の母校に務めてらっしゃった大ベテランで、夜は学校に泊まり込んで警備員のような業務もされていた。
夜の学校は小学生たちの憧れだ。
小学生時代、夜の警備中に何か面白いことは起こらなかったのかと、私はたびたびAさんに尋ねていた。
そのたびにAさんは、夜の学校で起こった不思議な出来事について語ってくれたのだ。
私の母校は意外と「出る」ところらしく、当時の私が震え上がるのに十分な話がポンポン出てきたのを覚えている。
私はAさんが話す体験に恐れおののくと同時に、そんな目に遭っても少しもビビらず、夜の職務を続けるAさんの度胸に感嘆していたものだ。
そんなAさんが、お化けが原因で仕事を辞めたという。
「学校やったら、お化けなんかより不審者の方が怖いわ」と、豪快に笑い飛ばしていた彼が、だ。
その身に何が起こったのか心配すると同時に、怖い話を好む者としての好奇心が抑えきれなくなった。
母校の先生の助けを借りてAさんと連絡を取り、直接そのお話を聞くことができた。
どうやら噂は本当のようだった。Aさんがお仕事を辞めることも、学校で「よくないもの」を見てしまったことも。
以下は、そのAさんから伺ったお話である。
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大ベテランの用務員として先生方にも信頼されているAさんは、ちょっとしたことでよく相談を受けることがあったそうだ。
そしてある日、不気味な話がAさんのもとに舞い込んできた。
「毎日同じところに、コウモリの死体が落ちてるんです……」
相談に来た先生が言うには、毎朝校庭の全く同じところにコウモリの死体が落ちていたんだそうだ。
気持ちが悪いし衛生的にも良くないもんだからと毎日処分しても、翌朝にはまた死骸が捨ててある。
誰かがいたずらで夜に置きに来ているに違いないからどうか一晩見張ってくれないか、そうAさんは頼まれたのだ。
警察に相談するほどのことか怪しいけど、厄介な人と出くわす可能性もある……そんな絶妙なラインだからAさんに押しつけたわけだ。
ずいぶんと気持ちの悪い話だが、怖いもの知らずのAさんは二つ返事で快諾。
死骸が落ちているポイントがかなり校舎に近かったもんだから、宿直ついでに一晩中見張ることにしたんだそうである。
その夜、Aさんは折りたたみ椅子に腰かけ、毎日死骸が落ちているというポイントを張った。
怪しまれないように遠くの物陰から、念のためにさすまたを携えて、誰か来ないか見守っていたそうだ。
午前0時半を過ぎたくらいのこと、Aさんはある異変に気がついた。
コウモリが1匹、フラフラと飛びながら校庭に迷い込んできたのだ。
虫を探すでもなく、巣に帰るでもなく、ただ校庭をぐるぐる飛び回るだけのコウモリ。
その不自然な挙動を、Aさんはしばらく見守っていた。
すると、
ゴッ……
突然コウモリが、校舎の3階の窓にぶつかった。
ゴッ……ゴッ……
窓にぶつかったコウモリは、ヨロヨロと体勢を立て直し、また3階の同じ窓にぶつかる。
ゴッ……ゴッ……ゴッ……
コウモリは何かに駆られるように、繰り返し繰り返し窓にぶつかる。
その窓は、毎日コウモリの死骸が捨てられていたポイントの、すぐ真上にあった。
(誰かが死んだコウモリを持ってきてたんじゃなく、窓にぶつかり続けたコウモリが力尽きてああなったんじゃないのか……?)
Aさんは直感的にそう思ったそうだ。
(でも、なぜ? どうして、あの窓なんだ? どうして、毎晩1匹ずつなんだ?)
この不気味な光景に納得がいかなかったAさんは、件の窓に近づいて、校庭から様子を確かめることにした。
窓を見上げたAさんは、ギョッとした。
窓の向こう、教室の中に人影が見えたのだ。
そしてその何者かは、コウモリが窓にぶつかるのと全く同じタイミングで、
ゴッ……ゴッ……
と、窓に頭を打ちつけていた。
Aさんは肝を冷やしたが、職務への熱意はその恐怖よりも強かったようだ。
(怪しい奴がいるなら、俺が何とかしないと……!)
Aさんはさすまたと懐中電灯を手に、人影があった教室へと向かったそうである。
恐る恐る、"そいつ"がいるはずの教室のドアを開け、すぐさま電気を点ける。
Aさんは絶句した。
コウモリがぶつかっていた窓の前に立っていたのは、痩せた半裸の男だった。
それを、10歳くらいの子どもが、何人も車座になって囲っている。
子どもたちはゆらゆらと頭を揺らしながら、窓に頭を打ちつける男を眺めていた。
「ココココ……カカカカ……」
哄笑ともいびきともつかない音が、"それら"の口から漏れている。
その仕草と声は、ずいぶんと楽しそうに見えたという。
Aさんが目の前の光景にパニックを起こさんというその時、子どもたちが一斉にAさんの方へと振り向いた。
子どもたちはみな全く同じ顔をしており、しかもそれは幼い頃のAさんの娘さんにそっくりだったらしい。
Aさんは半狂乱になって学校を飛び出し、近くのファミレスに飛び込むや否や、娘さんに連絡を入れた。
彼女に何かあったのではないかと、そう不安になったそうだ。
幸い、娘さんには何もおかしなことは起こっていなかった。
真夜中にわけのわからないことで電話をかけられて怒っている娘さんの声に、Aさんは心から安堵したという。
明け方Aさんは、用務員を辞めることを決意した。
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一通り話を聞いた私は、Aさんに、なぜ人影を見た時点で警察に連絡を呼ばなかったのか尋ねた。
Aさんは何となく腑に落ちない顔をして、
「なんでやろうな……。強いて言うなら、不審者に見えんかったんかもな。"あいつら"はわけわからんもんやったが、ずっと学校にいたみたいな、そこにいるのが当たり前みたいな……そんな風に感じたんや」
と、そう言っていた。
地元の知り合いによると、コウモリはまだ、校庭に落ち続けているらしい。
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