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手間と時間を惜しまない人間関係を築けない話

夏休みに入ったので、深夜3時~朝まで好きなドラマを見れる日々になった。わたしはこの時間が1日の中で1番集中力が高く、自分らしくいられる時間。

現在4時半、Amazonプライムで「1122(いいふうふ)」6話を視聴中だ。


きっと、わたしは高畑充希演じる一子(いちこ)の考え方や親子関係にかなり近い。大きく違うのはパートナーの有無。

わたしはずっと独りだし、これからも独りの予定なので、そこは相容れないが、合理的で割り切った思考パターンや親に対して優しくない態度を取る所は似ている気がする。もし、自分が結婚したらこんな感じになるのかな、など考えながら見るのは面白い。


一子のパートナーの岡田将生演じる二也(おとや)は、優しさの成分でできたような人でロジックよりも感情論優勢タイプ。レスになってから、一年以上夫婦公認不倫をしておきながら、相手の女風通いは許せないという、彼独自の倫理観から逸れたことへの軽蔑が激しい思考パターンを持つ。


わたしが、この一子の考え方に近いと感じたのは、大人になってからの友達付き合い及び人間関係にある。


小学生~高校生時代、今以上に人間関係が構築できなかった理由がドラマを見ていくうちに、やっと言語化できそうな気がした。


幼少期からずっと論理的思考で、感情論が苦手で、とにかく合理的なわたしは、仲良くするメリットのない相手に時間やお金を一切使いたくなかった。でも、そんなこと、「みんな仲良く楽しく共生する」をモットーにした学校生活では通用しなかった。するわけがなかった。うん、今もしてないか。


仲良くなりたくもない人間達と仲良い振りをしてその場をやり過ごすのが嫌だったし、できなかったので、自ら孤独を選択し続けてきた人生だった。実際今の学校でも完全に孤立しているので、それは今でも変わっていない。


ただ、大人になってからは学校以外の場所での出会いが増え、歳上・歳下の人達との交流が増えた。それに大きく救われた。


とにかく効率厨で合理的な考え方なので、損切りが早く、興味の関心は狭く、好き嫌いは激しいが、その分仲良くなれる人とは深く付き合えるようになった。


歳上の人と会う機会が増えたことで、向上心が高く稼ぐモチベの高い人達の共通点も知った。同時に稼げていない、正直こうはなりたくないなと思う人たちの真逆の共通点も知った。


共通点は、奢ること。とにかく時間と手間を省き仲良くなる手段として、奢ること。これに尽きる気がした。

効率度外視で、平等・対等を求めたり、その場の小さな額を気にして割り勘しようとする人間には全く憧れなかったし、向上心の欠片もプライドもない大人にだけはなりたくないと思った。(自分が致死量のプライド鬼高マンだからかも)


だから、わたしは自分が歳上として敬語を使われる場合や、この人とは絶対に仲良くし続けたい、今後も深く付き合いたいと思った人には何があってもお金を出させたくないし、出させないようにしている。


だって、これが1番効率良いんだもん。


1番手っ取り早く、手間と時間を省いて仲良くなりやすいんだもん。


仲良くなるための手段として、1番有効であり効率的なのがお金を使うことなのに、それを嫌う人もいるからとても難しい。


一子はきっとこの考え方に近いから、女風を使って、夫にぶつけられない自身の性欲をお金で効率的に解消したし、時間や手間をかけて二也と向き合うことから逃げた。


その反面、二也は恋愛からの純愛でセックスをする関係になった不倫を綺麗なものと捉え、お金で男を買い時間と手間をすっ飛ばし、関係を深めないままセックスした一子を軽蔑した。



一子と二也の根本的な考え方が全く違うから、2人が分かり合うことは厳しいが、わたしはどちらも同じ性欲なのにそこに優劣や正悪をつけるのはどうなのかと思ってしまった。


恋愛からのセックスも、風俗でするセックスもどちらも性欲に違いないのに、手間や時間をかけることが美しくて、お金で手間や時間を省くことが汚いなんて、わたしには思えない。


わたしも仲良くしたい人がいて、仲良くなりたいという気持ちで奢っているだけなので、そこに忌まわしさや不純さ不平等さを感じられてしまったらそこまでなのである。

時間や手間を省いてでも大事にしたいと思うものがあるなら、それでいいじゃんと。


何でも良い悪いで判断しなくてもいいじゃんと。


綺麗や汚いという形にこだわる人のほうが、わたしからしたら怖い。そういう人は、泥臭く頑張ることが1番だと思って、写真を撮ればメモできる情報を一つ一つ手書きで残すようなタイプだろう。(何と非効率な……時間もったいない……)


結局稼いでいる人って、時間はみんな平等に有限なのだから、その時間を1番大事にする。お金は稼げばいい、時間を無駄にしたくないという考え方をしていることが多い。


逆に、いつまでもお金を、手間と時間をかけることを大事にしようと、人との時間を奪っている自覚のない非効率な人間は、時間もお金もなくなる一方なのではないか。


もちろん、これはただの独り言であり論理的な人間の冷たい思考パターンでしかないので、手間や時間を惜しまない優しい人の考え方を否定するわけではない。


合理的に生きるって、賢い生き方の選択の1つでしかなくて、そこに感情の矛盾が生じることも全然ある。ただ自分にはその矛盾を受け入れる余裕がないので、いつかその余裕ができたら、優しい人の思考パターンで手間と時間をかけた人間関係の構築も少し試してみたい気もする。

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