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新訳・きさらぎ駅 再考 【a boring match-pomp】

本文章は、エモクロアTRPGシナリオ【新訳・きさらぎ駅】をプレイした筆者のごく個人的な二次創作小説です。
筆者自身のロールプレイの補強の為の自己満足極まりない駄文でございます故、余程興味がない場合は読むべきでないかもしれません。

※シナリオのネタバレを含みますのでご注意ください。



7月後半
20:15
共鳴者:夜凪之一

 古書店「遠泳」は西荻窪駅から程近い商店街を抜けた先、住宅街に差し掛かろうという辻の一角に佇む、私にとっては誇るべきバイト先である。
はっきり言って客足は少なく、私は労働時間の殆どを読書か、創作小説の執筆に費やしている。
店主の折口は私に店番を任せると殆ど事務所に篭りきりになる。

 開け放たれた出入り口の外を数人の酔っ払いが通り過ぎていく。
彼らの千鳥足をぼんやりと見届けた私は、改めて執筆が滞っていることを自覚した。

 周囲に意識を向ける。ジェイコブ・バロンの美しいピアノが柔らかに響き、飾り気はないが茶目っ気のある調度品の数々が佇んでいる。
コンクリートの内壁の静謐が、あたたかな木製の本棚と調和し、適度な安心と緊張をもたらす。
この空間で物語を綴ることは私にとって基本的に幸福なことであるが、スランプに陥っていればその限りではない。
一度小休止にとコーヒーを淹れながら、私は1月ほど前のことを思い出していた。

 その夜、私と弟の東雲、それから芥世良セラという女子高生(後から有名人である事を知って大変驚いた)は“きさらぎ駅”に迷い込んだ。
現実には存在しない筈の都市伝説上の空間。
2004年にネット掲示板で生まれたモキュメンタリー怪談の舞台となった地は、いや確かに実在したのだ。

 非日常の冒険譚の仔細についてここでは紙幅を割かないが、ともかく我々はハスミと出会い、スレを立て、線路を歩き、いくつかの恐怖と危機を乗り越え、やがてコンビニを建て、脱出を果たした。

 電車の中で目を覚ました瞬間、一連の出来事は夢であったかに思えたが、車内が我々のきさらぎ駅からの脱出実況スレに湧き立っていたことや、東雲と芥世良氏が目を丸くして声を掛け合っていたことから、少なくとも我々の経験は単なる集団幻覚の類ではなく、現実と地続きの「何か」に巻き込まれたということだろう。

 コーヒーを片手にカウンターに戻り、完全に失速した執筆を放棄し、思索に耽る。

 「何か」とはなにか。
あの夜、我々がきさらぎ駅で対峙したハスミという人物は、自らこそがきさらぎ駅であると名乗った。
我々と同様の迷い人を装い、脱出を試みる素振りを見せながら、その実彼女の目的は、原典のきさらぎ駅スレを我々になぞらせ、その工程をインターネット上で拡散し、やがて我々を消すことで、きさらぎ駅という物語(彼女自身)を完結に導き、都市伝説としての復権を果たすことにあった。らしい(俄かには信じ難いことだ)。

 ハスミの言を信じるのであれば、その性質は「神」や「宗教」の様だと思った。
人々に実在を信じられることで人々に力を及ぼす、実体を持たないいきもの。
人々に物語を与え、対価として信仰を受け取り、その多寡によって勢力を増減させる存在。
しかし神や宗教と明確に異なる点は、それらは人の手で創られた、意思を持たない単なる「情報」であるのに対し、ハスミは自らの感情三寸で活動する単一の能動的な存在であるというところだ。

 “きさらぎ駅”を何と定義付けるべきかは難しい。
“異界”であるのか“幻”であるのか“生命体”であるのか、或いは……。

 「すみません。」
突如視界に本を持った手が飛び込む
ハッとして顔を上げる。
「ハイッ」と情けない声が出たと思う。
「これください。」
その人物の顔を見て私は再度情けなく息を呑んだ。
「お久しぶりです。」
いけしゃあしゃあと宣う気だるげな表情、やや前時代的なファッションを軽やかに着こなすその姿は紛れもなく、ハスミだ。

(3*2)DM<=7 共鳴判定(完全一致)
成功数3
トリプル

1d6 > 4 臨界恐怖

 全身から血の気が引くのを感じる。
あの夜に見た、彼女が変貌を遂げた悍ましい姿が脳裏に過る。

2DM<=5 〈根性〉
成功数3
トリプル

 しかし、私はグッと持ち堪える。
私の仮説が正しければ、今目の前にいるのは厳密には“きさらぎ駅”でも“ハスミ”でもない。
であれば恐れる道理はない。

 「お変わりない様ですね。」
と彼女は笑顔混じりに言った。
「こんばんは。お久しぶりです。」
と私は返す。「静岡の人里離れたコンビニで店番でもしているのかと思っていましたよ。」
「あら、そんな意地悪を言う方でしたか?」
「まあ、たまには。」
私は内心少し苛立っていた。
単純に、驚かされたことに。
「しのくんとセラちゃんは、お元気ですか?」
あくまで世間話を繰り広げようというのであれば、こちらも意地を張って付き合ってしまうというものだ。
「ええ、LINEでちょくちょくやり取りしてるみたいですよ。」
東雲から聞く話に、学校のことやおばけのこと以外に「セラさんがねー」というのが追加されたのはここ一月の変化の一つだ。
「ラインというのは、この前お話ししていたものですね。」
その通りだが、それを甲斐甲斐しく説明する気力もなく、曖昧に頷いた。

 「之一くんは今、何か考え込んでいた様ですね。」
「ちょうどあなたについて考えていたんですよ。」
「ふふ、それは、嬉しい事です。」
彼女の性質を踏まえれば道理だ。
「人に思ってもらうことが、ハスミさんの、いや、きさらぎ駅の願い、でしたね。」
「ええ。」とハスミはにこやかに頷く。
「しかし、あなたは1ヶ月前に会ったハスミさんとは違うのではないですか。」
私のこの問いに対して、ハスミはやけに嬉しそうな声色で
「どうしてそう思いますか?」
と返した。
「これは僕の単なる仮説ですが……。」
私は、長いドリブルのために少し多めに息を吸った。

 「あなたはあくまで“きさらぎ駅”という物語を前提にしなければ人と接触出来ません。あの物語には、“電車に乗ってうたた寝をし、気付いたら見知らぬ駅にいた”という強固な導入がある。あなたの存在が“きさらぎ駅”そのものだと言うのなら、あなたと僕が接触するためにはまず僕が電車に乗っていなくてはならない。」
彼女は変わらず穏やかに微笑んでいる。
「では、あなたがきさらぎ駅でないなら一体何者なのか。……いくつか候補はありますが、考えうる線で最も妥当と感じるのは、“夜凪之一が考えるハスミさん”というところでしょうか。」
ハスミは少し驚いた顔をしている。
「……それは、突飛な話ですね。私が言うのもなんですが。」
確かに我ながら滅茶苦茶な話だとは思う。
念じるだけでその場に人や物を召喚することは普通できない。
だが、そういう滅茶苦茶を許容する舞台装置が一つある。
「夢、とかでしょう。僕、結構見るんですよ、明晰夢。」

 では今度は私の番といった風に、ハスミが話し始めた。
「之一くんの言っていることは、大きく間違ってはいません。私は、之一くんの中にいるハスミです。」
無言で続きを促す。
「なので、之一くんが何を考えているか、何を言わんとしているかは大体分かります。何せ之一くんの思考の一部ですから。」
「ですが、之一くんが考える“きさらぎ駅”の性質を踏まえれば、私が“きさらぎ駅”であることをあながち否定もできないものです。」
どういうことだろうか。
「之一くんは“きさらぎ駅”を神や宗教に例えましたね。」
「あなたにその話はしていませんがね。」
「私は之一くんの一部ですから。」
やはり、苛立つ。
なので先回りしてやることにした。
「つまり、“きさらぎ駅”が人に思われることで存在できるものだとするならば、“きさらぎ駅”のことを深く考える人物のもとに遍在することができる。」
どうせ自分の考えることだ。
手に取るように分かる。
「少し違いますね。」
しかし返ってきたのは意外な答えだった。
「一体どこがですか。」
「さっきも言った通り、確かに私は之一くんの一部ですが、初めから之一くんの中にいたわけではないのです。」
「私はあくまで“きさらぎ駅”の欠片のようなもの。之一くんは一度“きさらぎ駅”の中に取り込まれたけれど、“きさらぎ駅”という物語を捻じ曲げて、私から脱出しましたね。」
「捻じ曲げたというよりは、書き換えたと言う方が好みですね。」
ハスミは私のクソリプを無視して続ける。
「之一くんは脱出こそすれど“きさらぎ駅”の存在を完全に信じている。何せ、実際に訪れたのですから。そして、私は人に信じられるほど存在を色濃くする。最終的に之一くんは最も強度の高い“きさらぎ駅”を自身の中に取り込んでくれたのです。」

 理屈は分かる。
しかし、一度きさらぎ駅を訪れた者に漏れなくこの呪いの様なイマージュが棲まうと言うのなら……。
「しのや、芥世良さんの中にも、僕と同様にあなたが存在するということですか。」
緊張する。
あの悍ましく攻撃的な存在が、例えちっぽけな欠片だとしても彼等の中に存在してしまうのは、私としては望むところではない。
“きさらぎ駅”の定義付けが済んでいない現状、私にとって恐ろしい存在であることに変わりはない。
「そうです。」
至極当然だ。と言う様に、あっさりと答えが返ってくる。
外部的な要因による、精神の不可逆な変容。
それほど暴力的で恐ろしいことはない。
喉が渇く。
私の様子を察してか、ハスミは言った。
「ですが…。ですが、これは何も特別なことではないのですよ。誰しもが、日々の中で経験していくことではないでしょうか?私は、あまり人の精神的な営みに詳しくはないのですが……。」
「日々の中で、人と人が関わり合い、影響を与え合う。限定されたコミュニティで時間や空間を共有する。互いに何かを残し合い、響き合う。これって……。」
ああ、ハスミが何を言いたいのかを理解した。
「思い出、ですか。」
「そうです!どうやら私“きさらぎ駅”は、之一くん、しのくん、セラちゃんの中で、思い出として存在している様ですね。」
なるほど、それは、なんとも……。
「陳腐な話です。それじゃ新人賞は取れません。」
もっと、意外性のある話にしなきゃ。

 「じゃあ結局、あなたは僕の一部であることを逸脱しない、普遍的な感情の一つじゃないですか。」
「ふふ、そうかもしれません。」
この話し相手が結局のところ自分自身であるのならば、どんな問いも意味を為さない。
そう思うと、何故だか逆に質問をしてみたくなった。
「ハスミさん、あなたは何者なんですか?僕の一部とかそういうことでなく、“きさらぎ駅”とは。ハスミさんとは。」
「そうですねえ……少なくとも、神様とかではありません。」
「じゃあ、情報統合思念体?」
「……なんですか、それは。」
そうか、2004年時点ではあのアニメは放送されてないか。
「いや、あなたが来店される前に、考えていたんです。“きさらぎ駅”は場所なのか?生き物なのか?それとも幻覚?なんてことを。」
「そうですねえ……。正しい呼称があるのかどうかは私自身わかりません。」
「そうですか……。」
少し考えた後に、ハスミさんは言った。
「“怪異”。こういうのはどうでしょう?」
……なるほど、分からないものに付ける呼び名としては、この上なく正しく、分かり良い。
「それはなんというか、塩梅が良いですね。怪異、なるほど確かに。」
「どうも。怪異のきさらぎ駅。その化身のハスミです。」
「途端に恐ろしげな存在だ。」

笑いながら、私は視線をカウンターに落とす。
そういえば、ハスミは本を買うつもりだった筈だ。

1DM<=6 〈*知識〉
成功数1
成功

“阿澄思惟著 忌録 Document X”
2014年5月5日 初版
4編の趣向の異なる中編から構成されるモキュメンタリーホラーの傑作。

「なるほど、ハスミさんにぴったりの本です。ですが、これは電子でしか出版されていない筈……。」
言いながら顔を上げると、ハスミの姿は無かった。
不思議なことではない、これは単なる夢なのだから。
そう考えた瞬間、急激に身体から意識が離脱していくような、夢から覚める、覚醒の感覚が私を襲った。

 がくん、と身体が揺れた様な心地がして、ゆっくりと目を開く。
まだ意識ははっきりしていない。
ある種見慣れた景色であるので、正しく事態を理解するのに時間がかかった。

 どうやら、私は電車の中にいる。

 冷や水を浴びせられた様に身体が強張り、ややしばらく静止した。
おぼつかない手付きでポケットからスマートフォンを取り出し、ライトをつけながら電車から飛び出す。
駅名表示をスマホのライトで照らし、1文字ずつ丁寧に確認した。
「き さ ら ぎ」

 震える手をなんとか操ってスマートフォンを操作する。
予想通りと言ってはなんだが、ラインは使えない、地図は機能しない、電話は繋がらない。

 「こんばんは。」
「うわああああ!!」
心臓が止まり、多分2秒程死んだ。
振り返るとやはりというべきか、ハスミが居た。
腹立たしいが、安心の方が大きかった。
「あの、すみません、驚かせてしまったみたいで……。」
「ほんとですよ。ハスミさん、いい加減にしてください。」
「え……っと、」
訝しげな表情を私に向ける。
「失礼かもしれませんが、以前お会いしたことありましたっけ……?」
「お会いも何も、ついさっきまで……。」
と話す私を見るハスミの表情は本当に記憶にない様だった。

 何……?
これは……。
ふざけているのか……?

2DM<=5 〈観察眼〉
成功数1
成功

 ふざけているのだ。
「ハスミさん、もう一度言いますが、いい加減にしてください。これは僕の夢なんですよ。夢から覚めたと思ったらまだ夢だったなんて、筋書きとして陳腐もいいところです。」
「なんだ、もう少し怖がらせられるかと思ったのですが。」
十分怖かった。
こんな姿を特に東雲には絶対に見せたくない。
「之一くんは、初めて会った時とは結構印象が違いますね。なんというか、こんなに饒舌な方だとは思ってませんでした。」
「それは多分、これが所詮は自分自身との対話だからですよ。お察しの通り、他人と会話することは得意じゃありません。」
「あくまで、私を之一くんの思考の一部と捉えるのですね。」
「ええ。他に思い当たる節がありませんから。」
ハスミは不意に真っ直ぐに私の目を見つめた。
「こうは考えられませんか?先ほどまでの書店での出来事が夢で、今この場は現実のものだと。」

2DM<=5 〈根性〉
成功数0
失敗

 答えに窮した。
否定する材料も、肯定に足る論拠もない。
沈黙が、空間の輪郭を際立たせる。
今まで保っていた発話の為の身体性が、五感の為のものに取って代わられる。
草木のざわめきが、虫の鳴き声が、微かな照明が、あらゆる影のゆらめきが、途端に鋭さを伴って私に突き刺さる。
目の前に立つハスミとの距離感が分からなくなる。
その感覚は、私にとって、現実がもたらすものと相違ない。
ハスミの顔が見える。表情がわかる。だが、感情がわからない。
その姿が、これまでに私を苦しめた幾人もの人物を彷彿とさせる。
……怯えるな、大丈夫だ、私はもうあそこから離れたじゃないか。
言葉を手繰れ。頭を使え。文章を作れ。

 「……現実だとして、あなたは僕を再度ここに連れ込んでどうするつもりですか。」
生唾を飲み込み、なんとか声を発した。
「さあ?之一くんを再利用するのは難しそうなので、そのまま消すくらいしかやることは無さそうですが。」
「僕に物語で上回られた腹いせにですか。」
「そうかもしれません。」
「コンビニは気に入りませんでしたか。」
「消しました。」
「どうせなら、消される前にもっとこのあたりを探検しておきたいな。この前行かなかった方の線路とか。」
センスのない憎まれ口を叩けるくらいには落ち着いてきた。
「消えますよ。そっち側は作ってませんから。」
工事中というわけだ。

2DM<=8 〈洞察〉
成功数2
ダブル

 分かったことがある。
「やっぱりあなたは僕の頭の一部ですよ。」
ハスミの顔は動かない。
「怪異“きさらぎ駅”の目的は人々に広く信じられること。そしてその原動力は人々に忘れ去られることに対する恐れ。だった筈。ならば、私怨で僕に復讐を図るなどというのは、なんというか、らしくない。」
ハスミは不満げな表情を作っている気がするが、気にせず続ける。
「それに、コンビニを消したと言いましたが、そんな訳がありません。消えないんですよ。だって、僕の投稿を皆が信じていますから。やっぱり、これは夢です。だったらもう、あとは僕が目を覚ますだけ。もうそろそろ飽きてきましたから。」

 私がここまで言って、ハスミが口を挟んだ。
「確かにこの空間も之一くんの夢かもしれませんね。」
まだ何か話すことがあるのかと、私は正直うんざりした。
「ですが、之一くんはどこまでが夢だと、どこまでが現実なのだと言い切れますか?」
「胡蝶の夢ですか。趣味じゃないな。僕は僕にとっての現実を生きる主義です。例え僕が現実と思っている世界が夢の様なものだったとしても、大した問題じゃない。」
「ええ、それで良いと思います。ただもし、この世界が、之一くんの夢ではなく、別の誰かの夢だったら。之一くんが取ったと思っている選択全てに他者からの強制力が働いていたとしたら。これまでの人生は全てただの書き割りで、本当のあなたが瑣末な情報の組み合わせでしかないとしたら。」
ハスミは私を見つめたまま言う。
「之一くんはそれでも、自分の生に意味を見出せますか?」

 気に食わない。
くだらないことだ。
そんなこと、分かりっこないし、どうでもいい。
そんな事を考える暇があったら、さっさと目を覚ましてより優れた文章の一つや二つをひり出すべきだ。
僕は目の前に立つ僕自身に見切りを付け、目を覚ますことにした。
目を閉じ、自身の肉体に意識を集中する。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

覚めない。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

覚めない。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

覚めない。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

なぜ?これが本当に現実だから?

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

覚めない。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

「之一くん、今、自分で何かを選択できますか?」
黙っていろ。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

覚めない。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

「あなたは自らの自由意志の在処をまだ信じているのですか?」
黙れ。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

「現実の人の心がわからないって、私なんかよりもずっと苦労しそうですね。」
うるさい。本当に、黙っていてくれ。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

覚めない。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

覚めない。

1DM<=3 〈*知覚〉
成功数0
失敗

呼吸が荒くなる。
くそ。
しの、母さん、父さん、折口さん、芥世良さん、ね……



 どこかで、何か堅いものが転がる音がした。



 「おーい、之一くん。ほれ、起きなさいって。」
その声は初め、随分遠くから聞こえた様に感じられたが、声の主が言い終える頃には私の意識は完全に覚醒し、咄嗟に息を吸いながら跳ね起きた。
辺りは薄暗い閑散とした駅ではなく、紛れもなく古書店「遠泳」の店内だ。
「うわ!ビックリした〜。」
私は呼吸を整えながら、瞼を擦る。
眦に涙が滲んでいた。
「すみません、折口さん。あれ、今って何時ですか……?」
「もう21時半よ〜。閉店処理もせんで勤務時間中に眠りこけるたあふてえヤローだよホント。」
21時半。最後の記憶から考えると1時間ほど寝ていたことになる。
「すみません、あの、……すみません。」
言葉がうまく出て来ず、私は所謂平謝りの構えを取った。
「ま、どうせ客も来やんし、いいけどね。」
「いや、お金をもらっていて、そんな訳には……。」
「いいのいいの!こっちも趣味みたいなもんだから!」
どこまでが本気かわからない大人の物言いに、正直助けられる。
「……すみません、ちゃんとします。」
「ヨロ〜。」
私の謝罪を背中で受けながら折口さんは出入り口のドアを閉め、クローズの札を出した。

 「あ、そうそう、しのちゃんから連絡あってオレ店来たんだよ。心配してっから電話してやって。」
そう言われスマートフォンを確認すると、何件か通知が溜まっていた。
とりあえず、東雲に電話をかける。
「あ!にいちゃん!遅い〜。」
「ごめんな。なんかあった?」
「もう遅いよ、にいちゃんは抹茶味で決定だからね。」
「あ、もしかして、ダッツ?」
「正解!」
「いいよ、俺抹茶味好きだから。」
電話越しに少し遠くから「あ、しの、お兄ちゃん?」と、母の声が聞こえる。
「そうだよー。」
「ちょっと代わって。」
「はーい。」
水栓を閉める音の後に少し間があって、母の声が近付いた。
「之一あんた今日遅くなる?」
「いや、もう帰るよ。」
「お母さんちょっと急患で出なきゃいけないから、ご飯あっためて食べて〜。」
「うん、ありがとう。」
「いいえ〜。……あ、抹茶でいいよね?」
「もち。」
「あ、そうだ、来月どっかでおばあちゃんとこ行くから。」
「あ、うん、分かったー。」
「あんたどうする?友達と遊ぶ?」
「いや、俺も行くよ。」
「はいはーい。そしたらお母さん出るから、気をつけてね〜。」
「そっちもね。」
じゃあね〜と言葉を交わし、通話を切った。

 「んじゃ、適当に上がれよ〜。」
「はい、お疲れ様でーす。」
店を出て、裏手に止めていた自転車に跨る。
夜とはいえ気温が高く、数分漕いだだけでじわりと身体が汗ばんできた。
真夏の到来が目の前に迫っているのを感じる。
線路沿いの帰路を往く。
私を追い越した電車が、夜の闇に吸い込まれていく。

 何故だか、目が離せなかった。

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