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村上春樹 「街とその不確かな壁」

発売直後に予約したのがようやく届いた。
こうして小説を読むのは久しぶりだが、今まではパッと物語の世界に入っていけるのに全く進まなくてショック。普段ネット小説ばかり目にしているからなのか、ものすごく疲れて途中で止めようかと思ったくらい。600頁もよく最後まで読み切ったな。読書もトレーニングと同じで鍛錬が必要なのだとしみじみ。

読みながら感じたのは、文体が村上比で非常に堅い。冒頭だけ読んでいたら村上作品だとはわからないくらいかっちりしている(突拍子もない設定だからよくよく考えればわかるけれども)。
本人の後書きにあるように(これも本人曰くかなりレア)、執筆していたのがちょうどコロナ禍だったからというのもあるかもしれない。
2020年は得体の知れないものに抑圧され制約の多い時間を過ごすしかなくて。マスクしてないとか、布マスクだと注意されるとか、周りに対しても厳しくなりがちな傾向があった。村上春樹自身はクラブではっちゃけるような人ではない(と思ってる)けれど、ランニングして執筆してたまにバーで飲むみたいなある種規則正しく生活し世の中の流れに影響されないような職種であってもそのあおりを受けたという。
もう一つは、本作がデビュー当時に書いた作品のリブートであること。初版は書籍化されていないとのことで読み比べることは出来なかったが、作風が定まっていない時期にデビュー作の「風の歌を聴け」とは異なる文体で書かれていたため(「風の歌を聴け」はすでに村上文体が確立されている)それを踏襲しているのかもしれない。あるいは、読み進めると独特な例えとか、恐らくとたぶんといったような曖昧な物言いとか、作風の核の部分は隠しきれないもののネットミームとしてネタにされている村上文体に対する反発か。
そして、本作は他の作品と比べてやたらと例えと強調が目立つ。ファンタジー要素があるから例えが多いのは当然とはいえ、描写の半分くらいがそうだとやたらと気になる。隠喩が多い。
一度出てきた文章が「丶丶丶」と強調されて再び綴られるのもいつもより頻繁だった。何を意図していたのか、考察するだけの素地はないのでこれ以上は言及できないのが惜しい。

文体についてあれこれ書いてしまったのは、話のモチーフはいつも通りだったから。
ミューズである影と分断されてしまった彼女、彼女の影が生きている不確かな壁に囲まれた街。
影を壁の外に出した後の出会い(子易さん、添田さん、イエローサブマリンの少年、コーヒーショップの彼女)と再び街に戻り夢詠みの仕事を引き渡してミューズと再会した影の元へ。影がない=死とはっきり言及したのはこの作品がはじめてなのでは。「世界の終わりと〜」「海辺のカフカ」も最終的にはそうなったけれど直接文章にはしてなかったはず。
堅い文体とは裏腹に救いのある話になったのはコロナ禍だったからなのもあるかもしれない。

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