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新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』

醒めやらぬ感動を書き殴るべくいつもの通りnoteを開いたのだが、今回は新国立劇場バレエ団の『白鳥の湖』全幕上演について。2021年のピーター・ライト版の再演ということで、6月10日から18日にかけて7日間に渡って公演中である。連日twitterのアートカテゴリのトレンドに「白鳥の湖」が現れるという盛り上がりを見せているが、私が鑑賞した6月11日13:00~の回も満席で熱気を生んでいた。

実は初日の米沢唯&福岡雄大の回に行こうと思っていたのだが、チケットを手配したのが二か月ほど前だったので時すでに遅く、翌日の柴山紗帆&井澤駿の回に行くことに。けれども、それが本当に素晴らしかった。このまま全日程の組み合わせを観たいと思わせるほどの名演で、新国のパフォーマンスが世界に誇れる水準であることを証明したのではないか。21年の上演では柴山紗帆はファースト・ソリストに昇格したばかりで、まだ線の細い表現が儚さを醸し出しているという評が多かったものの、今回は大きな存在感を見せた。オデットとオディールともに関節の使い方が抜群で、第二幕は当然良いのだが第三幕で見せた力強さも抜群。プリンシパルはもう間近ではないか。

『白鳥の湖』といえば、聖と俗、黒と白、といったさまざまな二項対立を描いているが、そのコントラストの鮮烈さにも触れておきたい。オープニングでいきなり描かれる漆黒の葬式シーンから高級娼婦の演出、第四幕のスモークまで、“耽美”と“幻想”を徹底したメリハリをつけて真正面から描いていく。ロットバルトの存在感はやや抑制されており、露悪的にならない程度にエレガントな後味を残した手つきには、新国ならではの品性を忘れない匙加減を感じた。

吉田都芸術監督が以前から述べている通り、ピーター・ライト版はストーリー性や演技面の比重が高く、舞台上で起こるすべての動きに意味があるという演劇的な解釈が特長的。この日も、台詞がなくとも会話が「聴こえて」くるような舞台だった。そうなると陥りがちなのが、説明過多になり余白が埋められてしまうという罠である。しかし、むしろ華麗な身体の舞いで余白をぎゅうぎゅうに敷き詰めながら、余剰的に溢れ出るエモーションでもって観客を夢中にさせるという高い強度すら感じてしまった。もちろん、そこでも効いてくるのが表現者一人ひとりの演技や舞台美術から香り立つクールな品の良さであり、あくまで後味はくどくなくさっぱりしている。ひんやりとした冷気と情熱をここでも二項に掲げながら、人の内面をあぶりだしていくという見事なパフォーマンス。

私はバレエを観る際に、――特に女性のバレエダンサーに関して――舞台に上がるまでの壮絶な練習やセレクション、(時代錯誤にも感じるくらいの)規範的な体型の要求から、いつもK-POPのアイドルたちを連想してしまう。熾烈な競争を勝ち抜き、細い身体を酷使しながら舞う姿を見ていると、両者には共通点が多々あるように感じる。彼女たちの姿はとても見ていられないくらいにか細く痛々しいのだが、そこにはある種の強さがあり信念があるがゆえに、むしろ“生”が際立つ。“生”を描くために対比的に身体を絞っているのだ、と思わせる力が感じられるからこそ、私はバレエダンサーもK-POPスターも見ていられる。いきいきと“生きること”が演じられていることに心を動かされるのだ。

つい先日公開された、吉田都芸術監督のインタビュー記事を紹介したい。最近ダンサーが怪我で降板したという話題を振られた際に、彼女は次のように答えている。

ダンサーの故障については、私が2020年に芸術監督に就任した時から、すべて記録をして統計を取っています。医療機関のご協力のもと、どの作品で、どのような怪我が発生したかまですべて把握していて、その結果を見る限り、ダンサーの故障が増えているという事実はありません。もしファンのみなさまが「怪我が増えているのでは」と感じていらっしゃるとしたら、それは以前ならダンサーが故障を隠して踊っていたようなケースでも、私がストップをかけてキャスト変更をするためにそのような印象を与えているのかもしれません。

https://balletchannel.jp/30627

何というスマートな回答だろう。

近年、K-POPアイドルも体調不良により離脱を余儀なくされる事例が多い。今年に入ってからも、オーバーワークで何人ものスターが短期であれ長期であれ活動を休んでいるケースが見受けられる。

だからこそ、世界のトップレベルのパフォーマンスを見せる最近の新国バレエ団から学べることは多くあるのではないか。あのか細い身体を駆使しながら、いきいきと“生”を演じることはできるのだということ。なおかつ、身体の酷使に対してきちんと制御をかけられる環境を整えようとしていること。そういった点も含めて、新国バレエ団の一体感を感じることができた舞台だった。


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