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恋愛小説|初デートは、怪獣映画をみよう。

「はじめて」というのは、それだけで特別なものになるからよい。

それそのもの自体はあまりにも恥辱で、目も当てられないほどに粗末であったとしても、それが「はじめて」であるだけで途端になぜだか、それそのものの全てを特別に、そしてさらには愛おしくも感じてしまう。

人生における初デートというのは、そういう類のものだと思う。

僕にとっての「はじめて」のデートは映画館。中学二年生の時だった。

一緒に行ったのは、当時好きだったクラスの女の子。ショートカットで背が低くて、周りから「こけし!」とからかわれては、うるさい!といいながら笑う。笑った時に目がくしゃっとなるその笑顔を見るたびに、たまらなく胸がきゅーっと締めつけられた。

六月。重たい学ランを脱ぎ捨てて、なんだか心も軽くなったような気がするこの季節。道端に咲くあじさいに滴る雨粒が、光を反射してきらきらと輝くこの季節。

その日はたしか十日ぶりに晴れて、久しぶりに太陽が顔を出していた。体育館の倉庫の鍵を、部活の顧問からもらうために職員室へと向かう途中。教室の窓から彼女がひとり、勉強をしているのが見えた。真面目な顔をして、黙々とノートに文字を書くその横顔は、窓から差し込む陽の光に照らされてまるで映画のワンシーンのように美しかった。

その瞬間。なぜだか僕は彼女に声をかけた方がいいような気がして、職員室へと向かう足を止めて教室のドアを開けた。

思いのほか勢いよくドアを開けてしまって、それまで静かだった教室にガシャンと音が響いた。彼女は少し驚いた様子で顔を上げ、目をまんまるにしてこちらを向いた。

「あのさ。」

胸の鼓動がどくどくと鳴った。すでに練習を始めたらしいサッカー部の掛け声がグラウンドの方から聞こえてきた。

「好きです。僕とデートしてください。」

なにそれ、と彼女は笑った。いつものように目をくしゃっとさせて笑った。

いいんだけどさ、といいながら彼女は今まで黙々と文字を書き込んでいたノートの、一番後ろから一枚目のページを軽くちぎって、そこに小さく文字を書きはじめた。そして、全部書き終えてしまうと、その紙切れを僕に渡した。

「メールしてよね。」

デートはその次の週の土曜日に行くことになった。

僕は今までデートというものをしたことがなかったから、どこで何をしたらいいのかさっぱりわからなかった。

ただ、それでも「決定権は男が握るべき」という謎のポリシーだけはあったみたいで、「映画デートは話す時間が少ないし、見終わった後も映画の話ができるから会話に困らず、初デートにぴったり!」というネット記事を鵜呑みにして映画館に行くことを決めた。

当時、彼女とふたりで、ましてや初デートにぴったりというふうな映画はやっていなくて、聞いたことがあるから、というたったそれだけの理由で、でかい怪獣が登場する特撮モノの映画を見ることに決めた。

デート当日、待ち合わせはお昼過ぎの13時だったのに、その日は朝の5時に目が覚めた。緊張してまったく寝れなかった。待ち合わせ場所のバス停には1時間も早く着いた。彼女を待つその1時間、僕は前日の夜に考えたデートプランを、ひとつずつ入念に振り返った。ちょっと待ち合わせの時間を過ぎてしまって、焦った様子で走ってくる彼女に「全然待ってないよ。」と言う。帰り道は映画の感想を話しながらさりげなく手を繋ぐ。別れ際には手を強引に引いて、kiss。よし。完璧。俺ならできる。

バスをちょうど2本ほど見逃したところで彼女は集合時間ぴったりに現れた。水色のワンピースに黒の小さい肩掛けかばんを身につけた彼女の私服姿は、制服の時とはまた違ったかわいさがあって、そのギャップにドキッとした。「全然待ってないよ。」と言う間もなく、行こっか、と言われて黙って頷いて彼女についていく。右手と同時に右足を出さなかったことだけが唯一もの救いだった。

僕たちはバスに乗って街中の映画館へと向かった。

バスの車内は、休日の昼間ということもあって少しばかりか混んでいた。僕たちは入って一番奥の奇跡的に空いていた二人がけの座席に座った。席に座ってしまうと思いのほか彼女との距離が近くて、焦る。彼女の太ももの温もりが、ジーンズの生地越しに、伝わる。彼女の肩の柔らかな感触が、僕の肩に鮮明に、感じる。視線をちょっと横にずらすだけで、彼女の横顔がこんなにも近くに見える。すぐ隣に、彼女がいる。僕は、股の間がどこか熱くなる気配を感じとり、必死になって寝起きの母親の顔面を想像した。

映画館につくと、僕たちはチケットを購入するために受付へと向かった。「カップルの方でしたらペアチケットがお得ですよ。」と、そういった。そうか、僕らはカップルに見えるのか。不意にドキドキしてしまって喉に言葉がつっかえる。そんな僕の様子を見かねた彼女は、カップルチケットでお願いします。席はK列のこことここで。と受付に伝えた。

何をやっているのだろう。僕は思う。まるでダメダメじゃないか。映画楽しみだねー、と彼女は笑う。そうだね、と僕は言う。あれ、どうしたの。なんか暗いじゃん。彼女が僕の顔を覗き込む。

急に彼女のことを不憫に思えてきた。こんな女々しい男の隣を歩いて、彼女は楽しいのだろうか。なんて優しい子なのだろう。「暗くないよ。映画楽しみだね。」頑張って笑顔をつくる。

当たり前のことではあるが、やはり映画にはたくさんの怪獣が登場した。そして、スクリーンの前に座るのは僕らをのぞいて皆、子連れの家族だった。チケットと引き換えにもらったクリアファイルにプリントされたでかい怪獣がなんだか腹立たしかった。

映画が終わってしまうと、彼女は楽しそうに映画の感想を話してくれた。すごかったねー。迫力満点だったねー。目をくしゃっとさせて笑う彼女を見ると胸が痛んだ。後悔と、劣等感と、彼女に対する申し訳なさで、胸がいっぱいだった。なんで彼女はこんなにも楽しそうにしてくれるのだろう。ありがとう。そして、ごめん。

帰り道、彼女の手が何度か僕の手に当たったが、僕は彼女の手を握る勇気がなかった。

別れ際、じゃあね。と彼女がいう。

その顔はなんだかやけに、悲しそうだった。


あれから20年ちょっとが経って、僕はもう30半ばを迎えようとしている。

ついこの間、特撮モノの映画の続編が公開されたようだ。今回のは、これまでとはちょっと毛色が違って感動モノなのだそう。

「ねえパパ、怪獣映画みにいきたい!」

「よし、行くか。」



#映画にまつわる思い出


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