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初めて一人で飛行機に乗った話

初めて飛行機に乗ったのは高校の沖縄への修学旅行で、もうほとんど記憶にないが、あれはセントレアが出来たばかりの頃だった記憶がある。そんなことを言うと歳がバレてしまうと焦るが、そもそもアラサーであることは言ってしまっているので、もうどうでもいい。

しかし、アラサーなのに、私は飛行機の乗り方すら知らないのだ。

JTBのカウンターへ行き、言われるままに飛行機とホテルを予約した。

「24時間前からオンラインチェックインが出来るので、カウンターに寄らずに行けますよ。お荷物を預ける場合はカウンターへ行ってください。」

ああもうなんのこっちゃ。

「飛行機に一人で乗るのは初めてなので何もわかりません。」と潔くJTBの人に話したのにも関わらずこの有様である。いい歳して「何も分かりません、教えてください」とお願いするのは恥ずかしいのだ。「そんなことも知らないのか」「普通大学とかで友達と旅行とか行くだろ」とか相手の思いそうなことを勝手に考えてモヤモヤしてしょぼくれてしまう。
ただ、私が偉いのは「教えてください」ときちんと言えることだ。恥ずかしいと思いながら、分かったフリしてテキトーこいて恥をかくよりよっぽどいいと、ちゃんと質問できるところだ。

これは離婚した時に思ったことで「これから一人で生きていかなければならないが、こんな世間知らずで学も教養もない私が生きて行くには人に頼るしかない、分からないことは分からないと言わなければならない」と思ったのだ。

幸い、人当たりは悪い方ではないし、面白おかしく話が出来る方なので、相手も笑って話してくれることが多い。

私はよくやっている。

しかし今回のこのことはさっぱりで、1時間くらい前にとりあえず空港に着けばよい。後のことはもうカウンターへ行って聞くしかないと開き直った。

この便利な世の中だから「オンラインチェックイン 飛行機 乗り方」とかで検索すればある程度のことは分かる。そして見事に「オンラインチェックインはここから!」という文字を見つけて、私はオンラインチェックインに成功したのだ。

ただそこからがまた難関であった。
いよいよ出発の40分前という時、二次元バーコードの出し方が分からないのだ。保安検査
場は出発の20分前までに通らなければならないというのに、何を押しても二次元バーコードが表示されないのだ。
出てくるのは何故かLINEだとか「コピー」だとかの共有画面で右も左も分からなかった。

焦った。どうしよう早くしなければ。
私は保安検査場手前のバーコードリーダーのすぐ側にいる。それなのに、肝心のバーコードがないのだ。

落ち着け落ち着けと胸を叩いた。母親が赤子の寝かしつけの時に胸を優しくとんとんする時と同じように、自分の胸をとんとんしたのだ。

"ウォレットでバーコードを表示"

「は?」

まあまあな声量であったが、雑踏にその声は紛れた。
そしてよく分からないまま「フリーボード」へその二次元バーコードが貼り付け?られて、私はそのバーコードを二本指で拡大し、バーコードを読ませることに成功したのだ。

この達成感たるや。何物にも変えられない達成感である。



私はこうしてささやかな成功体験を繰り返して成長するしかないのだ。今まで何も経験してこなかったから何も知らないだけなのだ。
こうして経験しなければ、この先も知らないままなのだ。これでいい。そしたら明日の帰りはもっとすんなりとバーコードだって表示出来るし、おどおどせずに検査場も通過出来る。

「そんなことくらいで」と鼻で笑われたって構わない。誰にだって知らないことはたくさんあって、経験しなければ出来るようにはならないのだから。


そして二次元バーコードとの戦いを制した私は、ささやかな褒美を与えられた。

「宮崎大好きポケモンのナッシー」が描かれた特別仕様の飛行機に乗れたのだ。

それはまあ心が躍った。
鮮やかな黄緑色の機体に描かれたナッシーはとても愉快な表情をしていて、可愛くてたまらない。よくやった。私はよくやった。早朝5時起きにも、交通治安激悪名古屋の高速にも、オンラインチェックインにも負けず、ここまで来た。
アラサーのおばさんがポケモンにテンションを上げてるのは側から見たらそれはそれは恥ずかしい光景かもしれないが、アラサーはポケモン世代だ。後ろ指を指されてもうるせぇ黙れの一言で済ませてやれるが、意外と人は他人のことなどどうでもいいものだ。客室乗務員の方に「よろしくお願いします」と頭を下げて席に着いた時にはもう浮かれていて、離陸直後の私の胸を押さえつけるGですら堪らなかった。


 どこの上空にいるかも分からないけれど、雲よりも高い所から見える家々は米粒よりも小さくて、ゆるくカーブを描く水平線は果てしなくて、ここに生命の営みが幾重にもあるのだと思うと涙が出た。
もちろん景色の美しさも私の涙を誘ったけれど、私とは全く違う、全く知らない人たちの、生き物の営みがあるのだと思うと、私はまだまだこれから様々なことを経験して一つずつ覚えていくのだと思うと涙が出た。

知らないことだらけだ。そして知らないことの一つを知ることが出来たのだ。

それだけでこの旅行の意味を私は得られたのだ。ただただ楽しい。それだけでも旅行というのは十分だけれど、私は一つしてこなかったことをした、成し遂げたという事実を得たのだ。

大袈裟に言うが、この旅は私にとっては大きな挑戦であり大冒険だったのだ。


そして、二日目、現地で友人と合流し食べてしゃべってあっという間の1日を過ごし、空港まで見送ってくれた友人から聞いたこと。

「え?このウォレット開くと、ほら、表示されるよ?」
二次元バーコードが表示できなかったエピソードトークの後の彼女の言葉である。
彼女の言う通り、ウォレットを開くと私の乗る飛行機の情報と共に二次元バーコードが表示された。

人はこうして学び、成長していくのだ。


    fin…


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