短編小説 「集積所の精」 その1

バサッ、と気の抜けた音がした。
同じく気の抜けた隆史の眼は、音がした方へ吸い寄せられた。
何を見るでもなく、ただまっすぐ最寄り駅への道を歩いていた途中だった。
いつもと同じ時間に、いつもと同じ会社へ向かうためだった。
この音を聞くと、隆史は少し心が踊る。
別にこの音自体に特別な心地よさがある訳ではないのだが。

通勤中に気の抜けた音を耳にするのは一度目や二度目ではない。
隆史が暮らすこの住宅街には各所にゴミの集積所があり、
毎週決まった曜日には、駅までの道中に一度はゴミを捨てる住人を見かける。
ここ七丁目のゴミ捨ては金曜日と決まっている。
この音は隆史にとって、週末が訪れた証なのだ。

繰り返しの多い毎日の中では、曜日の感覚は曖昧になりがちだ。
隆史は先走って踊った心に戸惑った。頭ではまだその理由が理解できていなかった。
寝ぼけたままの頭で時間をかけて、明日が休日であることを思い出した。
そんなことを考えている間に、集積所は隆史のゆっくりとした足取りと共に後方に流れていった。
視界のちょうど集積所が消えたあたりから自転車の気配を感じて、隆史は身を避けた。

再び、バサッ、と気の抜けた音。
今日が週末であることを知っている隆史にとってはもう役目を終えていた。
別の集積所に差しかかったこと以外には何も伝えず、その音は余韻も残さず消えていった。
瞬間、隆史はわずかに目を見開いた。

上裸のおじさんだ。
長い時間見ていると不愉快になるようなぷよぷよした腹を晒している。
その肌はただの肌色というよりはほんのわずかに緑色がさしているかのように思われる。まるでゴブリンになりかけているかのようだ。
皮脂にまみれていてもおかしくはないのだが、意外にもマットな質感。風呂上がりなのだろうか。
足には穴の空いたデザインのサンダルを履いている。その下から何故か覗くナイキの靴下が隆史の目を引きつけて離さない。
そしてサイズが合っていない故により一層体型の醜さを引き立てているチノパンには、きつくベルトが巻かれている。

「そこまで下半身が厚着なら、上に一枚でも羽織ればいいのに」
ゴミを捨てたと思われるそのおじさんは、自宅と思われる方向へ向かっていく。
いくらゴミ捨てのためだけとは言え、家の外に上裸で出るのはいかがなものだろう。
隆史は道の対角線を自分より先に歩いていくおじさんを見ていた。

上下どちらも軽装で出てくるならまだわかる。おそらく布の総量はあのおじさんと変わらないだろう。
「なぜ下半身に寄せたんだ!」
疑問は尽きないが、立ち止まって考えるほどでもない。
隆史はおじさんを見ながら駅へと歩を進めた。

続きます

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?