猫【エッセイ】

 最近、道端で黒猫を見て思い出したことがある。そこまで重要な記憶ではない。多分、走馬灯では走らないし、なんなら、推しのライブをリアタイできた、なんて記憶に負けてしまうかもしれない。でも、大切な記憶の一つではある。
 僕が、確か小四か小五くらいの時の話だ。確かまだ忌々しいコロナが爆誕する前だったと思う。
 前提条件として、僕の家はマンションだ。流石に家バレはまだしないと信じる。僕の部屋は間取り的に隣の部屋が少しだけ見えるようになっている。まあ本当に少しだから特に何か見えるわけではない。しかし、その場所にはいつも猫がいた。少し膨れた黒猫だ。僕が見てることに気がついてもそいつは特に何もしない。たまにあくびをするだけだ。そいつは、今思えば多分キャットタワーかなんかの上にいたんだと思う。夜景をバックに網目状の球体が放つわずかな明るさの柔らかい光に照らされながら寝そべっている黒猫に僕は何か不思議なものを感じた。それは、小4の僕。いや今の僕もうまく文章に起こせない「良さ」があった。そんなこんなで猫が窓の外にいる風景は僕には当たり前になっていた。勿論、そいつがそこに居ないことはよくあるし、特に気にも留めない。
 確か、夏だったと思う。今ほどではないがその夏も暑かった。元々外に出るのが苦手だったから、その夏もずっと家にいた。ちょうどその頃から視力が悪くなりはじめ、何か対策をしないとと親は考えたのか窓の外を見るようにと言ってきた。最初は普通に外を見ていた。しかし、ある時に気づいたんだ。あれ?最近猫の姿見ないなあ、と。気づいてしまえばもう一瞬。様々な想像、妄想。良い妄想から悪い想像が体の中を駆け巡る。激しい悪寒を感じた。次の日も、そいつはいなかった。その次の日もそいつはいなかった。その次の日も、次の日も次の日もそいつはいなかった。引っ越した話は聞いていない。旅行中なんだ。きっとそうだ。でもこんなに長いか?夢にまで見た。もうここまできたらメンヘラみたいなものだが。
 そして、ついに想像してしまった。前々から頭の片隅にはあった想像。でも、認めたくはないから掘り起こさなかった想像。それをついに想像してしまった。なんとなくわかるだろう。あいつは星になったんだ。という嫌な想像。その日はろくに本などを読める気分ではなかった。
 しかし、これは小説ではない。エッセイだ。つまりフィクションじゃない。現実だ。小説ではそのまま星になっている方が感動的なのかもしれない。でもこれは現実だ。ろくに本も読める気分ではなかった僕を嘲笑うように、次の日、そいつは定位置であくびをしていた。真相はわかっていない。もしかしたら旅行中だったのかもしれないし、単にタイミングが合わなかっただけかもしれない。まあ、そんなことはその時の僕にはどうでも良かった。別に感動的じゃなくていい。泣けるエンドじゃなくて良い。まあつまり星なんかになってなくて良かったということだ。別にどうってことない、名前も知らない猫にかけまくった杞憂の話だ。
 今、その猫はいない。あ、そういう意味ではなく、ただ単に引っ越したんだ。引っ越し先であいつがどうしているかは分からない。
 でも、きっと寝そべってあくびをしているんだろうなという妄想は頭の中の金庫にちゃんとしまわれている。

神野 祐介(中学2年)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?