和ろうそくの伝統を「つなぐ、伝える」難しさ
中村ローソクの事業概要
京都市伏見区に位置する有限会社中村ローソクは、明治20年創業の老舗和ろうそくメーカーである。伝統産業である和ろうそくを「つなぎ、伝える」ことを理念とし、京都で100年以上、和ろうそくを作ってきた。今回お話を伺った田川広一さんは、現在代表取締役を務めておられ、4代目にあたる。
中村ローソクでは、和ろうそくや絵ろうそくなど100種類以上のろうそく、またろうそく立てや芯切、火消しなど、関連する仏具を販売している。和ろうそくは、基本的に和紙にイグサの髄を巻いたものを、1本ずつ竹串にさし、そこにろうを流し込み清浄生掛で仕上げる製法で作られている。絵ろうそくは、和ろうそくに絵を描いたものであるが、クリスマスのモチーフやディズニーキャラクターが描かれたものなど、さまざまなデザインがあり人気が高い。かつては時間を計る用途でもろうそくが使われていたことに由来し、現在も、燃え尽きるまでの時間を基準としたサイズが重さの単位、匁(もんめ)表記されている。
中村ローソクの和ろうそくは、各神社仏閣でも広く用いられている。
和ろうそくの伝統を「つなぐ、伝える」難しさ
和ろうそくの文化を「つなぎ、伝える」ことを大切に、伝統工芸に携わってきた田川社長であるが、今、次世代に伝統文化を伝える課題に直面しているという。お話の中で次のような言葉があった。「ろうそく、キャンドルというのは、つまり『何かを照らすもの』ですよね。例えば、なぜ舞妓さんや芸妓さんが白塗りしているかというと、和ろうそくで照らしたときに映えるからなんです。伝統工芸にかかわる我々にとっては当たり前のことですが、そういうことを問いかけても、まったく答えられない、日本文化を知らない日本人が増えていると感じます。そういう文化を、一緒に伝えていきたいと思っています」。
日本人が和ろうそくの文化をよく知らない一方で、和ろうそくは、海外からの人気が非常に高いという。その理由として、日本固有の和ろうそくの特徴と、海外から訪れる人たちの「日本文化に触れたい」という興味を田川社長は挙げた。「和ろうそくは日本でしか製造していない。植物性100パーセントの完全なSDGsでもあります。燃えカスも土に還る。海外の人はそれを知ったうえで買いに来てくれます。海外から来てくれる人は、短期の旅行であっても行先の土地や景色だけじゃなく、文化にも触れたいという考えがあるみたいですね。旅行前に文化を調べる中で、日本文化の一つとして、和ろうそくが当たり前に出てくる、それで和ろうそくを見に来てくれる、購入してくれるという流れだと思います。」
実際に海外の時計メーカーとのコラボ商品の話が持ち上がる一方で、日本では、そもそも、ろうそくが「時を刻むもの」という文化が伝わっていない。この現状から田川社長は、伝統文化を次世代につなぎ、伝えることの難しさを痛感しているという。そこで、次世代に和ろうそくの魅力を伝えるために、和ろうそくの歴史や特徴のレクチャー、絵付けの教室、ろうそく作り全般を体験できる教室など、伝統文化を体験してもらう場づくりにも力を入れている。
中村ローソクの取り組みとSDGs
インタビューの中で、中村ローソクがこれまで取り組んでこられたプロジェクトについて、また、和ろうそくの特徴についてお聞きする中で、田川社長から何度も「循環させる」というキーワードが話された。
例えば最近のキャンプブームで山で着火剤を使う人が増えたが、石油でできた素材のものだと自然に還らず、その土地にずっと残ってしまうという問題がある。山が本当に好きな人たちが、環境に優しい、植物のみでできた中村ローソクに着目し、着火剤を作ろうという話が持ち上がった。そして、自然由来の和ろうそくの燃え残った芯と、伐採された木くずを組み合せた着火剤が出来上がった。アウトドアで使用すると、最後は土に還っていく。またこの着火剤は制作から包装に至るまで、福祉施設で一つ一つ手作業で作られ、売り上げの一部は放課後等デイサービス等を利用する子どもたちの、絵画展開催の費用に充てられるなど、社会にも還元されている。
また、和ろうそくが、寺院など古い建物を守っているというお話も聞くことができた。寺院で和ろうそくを使うと煤(すす)が出るが、煤は建物の表面をコーティングする役割を果たす。コーティングのおかげで、建物に使われている木の内部に虫が入らず、木が長持ちする。このような煤の力を活かすために、古くから寺院で行われる年末の『煤払い』では、表面を払って拭き掃除するだけなのだという。和ろうそくは植物素材のみでできているので、べたつきが出ず過剰な清掃がいらない。漆や金箔などの繊細な素材がよく使われる寺院に向いているとのことだった。一方、最近よく使われるようになった西洋ろうそくには石油由来のものや動物の脂が使われているので、煙には脂が含まれ、ふき取るために洗剤が必要になる。何百年、何千年を経てきた建物に対し、最近は常時エアコンを使用したり、洗剤で洗う等の清掃をしたりして、乾燥や虫の被害、やがて木が割れるなど、傷みが進んでしまっている現状がある。和ろうそくを使うことで建物の保護につながるという思いがけない効用に驚くと同時に、「何百年続いてきたものをここ百年の人間がかなり潰している」というお言葉から、改めて、古くから続くものや技には長く受け継がれる理由があること、その背景も含めて、知る・学ぶ姿勢を持つことの大切さを感じた。
障害者雇用について
中村ローソクには、1人の障害を持った絵付け師(以下、Aさん)がいる。雇用のきっかけは、京都市の推進する伝福連携の補助制度を利用したことだった。伝福連携とは、障害のある人が伝統工芸品産業の担い手となって活躍する仕組みのことである。35年ほど前、当時中村ローソクの3代目社長であった義父が病気をされ妻の家業を引き継ぐことになった。
その後数年後に実の父親が事故で頸椎損傷、四肢麻痺となり寝たきりとなった父の介護のため、病院や施設への通院を通して、父の他にも同じような障害のある人と接する機会が多くあり、障害のある人の中でも、高い技術を持った人がたくさんいることを知ったという田川社長。例えば、下半身が不自由でも、座って黙々と集中しながら手作業を続けることができる人がいるし、口に筆を加えて絵を描く人もいる。そんな素晴らしい能力を隠し持った人たちが、まだまだたくさん存在するのではないかと感じるようになった。「後継者不足が続いている伝統産業と、就職難が続く福祉をなんらかの形でマッチングできないか、と思うようになったんです」。そこで、実際に市の障害保健福祉推進室を通して、これまで開いていたろうそくの絵付体験を、就職を希望する人に向けて開催し、絵付のワークショップを行った。その時、ワークショップに参加していたAさんは、先輩絵師に手先の器用さが評価されたことから、中村ローソクへの採用が決まった。現在も中村ローソクの行う絵付け体験のワークショップは行われており、口コミやメディア等を通して、中村ローソクを知った障がいのある人が全国から参加する。就労を希望
する人も一定数おり、その場合は個々の適性を見ながら話し合いの場を設けるようにしているそうだ。
長く続けてもらうために、関係を途切らせない工夫
Aさんは、現在自由出勤で月に1回程度出勤している。元々は、正社員として働いていたが、ある時、「辞めたい。」という申し出があった。しかし、Aさんは、もともと絵が上手で高度な絵付けの技術があったため、田川社長は、「ここで辞めてしまうのはもったいない。」と感じたそうだ。その後、話し合いを行いAさんの個性を踏まえた雇用形態を検討した結果、正社員から自由出勤ができるアルバイトに還ることにより今も働き続けている。
共に働く仲間として
コロナ禍の影響により、伝統産業界も様々な困難に直面した。中村ローソクにおいても、ここ数年は障害者雇用の環境を整えることが難しい状況が続いている。しかし、再び採用を検討できる環境が整えば、個性がマッチする人を採用する予定だ。今後も障害の有無だけに着目せず「共に働ける」、「技術のある」人であれば雇用に取り組んでいきたいと考えている。
田川社長は「障害の有無に関わらず、分け隔てなく接することが重要だと思うんです。また、障害者雇用に関しては、完全雇用でなくても良い。個人の能力に合った雇用の仕方を、本人と対等な関係で一緒に考えていく事が重要です。」と熱く語った。
田川社長の話を聞いて、「健常者の方も障害者の方も分け隔てせずに、普通にしたらいい」という言葉が印象に残った。本人が長く働き続けるためには、会社側には何ができるのか。個人に合わせた働き方を本人と相談しながら制度を作る。そんな柔軟な考え方が他の企業や、社会に広がってほしいと感じた。
インタビュアー
京都外国語大学外国語学部ドイツ語学科学科 3年次生 岡本 倫子
ライティング
京都外国語大学外国語学部ドイツ語学科学科 3年次生 岡本 倫子
京都外国語大学外国語学部中国語学科 3年次生 隅澤 美友
京都外国語大学外国語学部英米語学科 2年次生 大野 圭梧
インタビュー日
2022年10月17日
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