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数学月間の心


8月2日は,日本学術会議公開シンポジウム「数学教育の変遷」で,数学月間についての講演をさせていただく機会を得ました.貴重な機会ですので,私は4点(数学月間の心)に絞り話そうと思います.
第1点:数学月間の起源,背景
米国が国家行事として数学月間を始めたのは,レーガン宣言が起源です:「・・・社会と経済の進歩にとって数学が益々重要であるにも拘らず,数学が米国教育システムのすべての段階で低下する傾向にある.・・・すべてのアメリカ人に対して,合衆国における数学と数学的教育の重要性を実証する適切な行事や活動に参加することを勧告する.・・・」レーガン宣言(1986年)より抜粋.
国家的な行事ですから,毎年4月は,米国中の大学,学校,研究所など,それぞれの立場で数学月間の活動を実践する義務があります.
日本は1950年から米国の統計学者Demingを招聘し,品質管理の手法を多くの企業で展開しました.Demingの思想は,競争でなく協力の体質をはぐくみ,日本の企業は1980年には米国を抜くことになります.米国はこれに危機感を感じ,「日本ができたことがなぜアメリカにはできないのか」と,米国でもDemingの統計的品質管理が見直されます.米国は賢いことに,統計学的品質管理にとどまらず,数学一般の啓蒙である数学月間にこれを広げたことです.日本の数学月間は片瀬豊により2005年にボランティアベースで始まりました.
第2点:数学的基礎を疎かにしない米国のAI教育.読解力が重要
コンピュータやソフトウエアが発展し,統計もAIもブラックボックス化しています.ChatGPTもその例です.しかしブラックボックスを操るのでは実に危うい.すくなくともAIの専門教育では,数学の基礎を疎かにしない米国を見習うべきです.線形代数,確率論,情報理論,物理学などの基礎を押さえた教材が必要です.さて,AIや統計をブラックボックスとして扱うと,とんでもない結果を導くこともできます.モデリングや解釈には,常識や読解力が必要です.これらは,普通,社会で自然に身に着くものですが,定義の幅を利用した論点ずらし,部分否定と全否定のすり替え,必要条件と十分条件をわざと区別しないなどの詭弁がまかり通り,マスメディアの報道自体が信用できない社会ですので,「言葉で考えを正しく表現し,表現された考えを正しく理解する」力を養成する「ビジネス散文教育」が必要です.
第3点:孤立している数学ではいけない
19世紀には,物理学で生まれた微分方程式の解法が解析学を発展させました.そしていまや数学は,物理学だけでなく人文科学にも浸透して来ました.人文科学や現実社会で数学のあらたな発展が望めます.
数学は孤立して存在できる特性があり,純粋数学はこれが誇りでもありました.しかし,他分野との連携がなければ数学の発展はないと考えます.
マーフィーの法則で「言葉が通じなければそれは数学」と揶揄されるようではいけません.
第4点:応用現場で数学的構成要素を見つける
他分野との連携は,教育数学にも必要なことです.社会主義では抽象的な理論よりも具体的に適用場をもつ理論をこのむようです.例えば,群論でもドイツやヨーロッパのように抽象群論ではなく,ソ連では結晶空間群(フェドロフ),磁性構造を記述できる黒白群(シュブニコフ),幾何空間に特性次元を付加した色付き空間群(ベーロフ),群の拡大理論を用いた一般群(コプツィク)など物理学に応用の根を張ったものが発展しました.
現場の課題の中から数学理論を見つけだすということは,教育でも配慮されています.真の数学力はこの過程で養成されるので,ロシアでは,数学オリンピックが盛んです.科学アカデミーのステクロフ数学研究所発行の『数学的構成要素』もこの思想で作られた教材です.
この本は我々の周囲の森羅万象が数学と無縁でないことを,応用事例で示しています.興味を惹くような先端科学などから86の応用事例が掲載され,それぞれどのような数学が使われているを見ることができます.


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