さかさ男

小学校に入る頃だったと思うが、
親に「世界妖怪図鑑」という本を買ってもらった。
子供向けだったと思うが、これがなかなか気持ち悪くて
「なんでこんなの買ってもらったんだろう」と
後悔するほど怖かったのを覚えている。

収録されている妖怪(それらが妖怪かどうかは
意見が分かれると思うが)の中でも、私が特に
恐かったのが『さかさ男』だった。
アフリカのジャングルにいるというこの妖怪に
遭遇すると、いくつかの質問をされるらしい。
質問自体はそれほどややこしいものではないが
それらすべてに「逆さま」に答えなければならない。
例えば、「お前は男か?」と問われると、男性なら
「いいえ。」という風に。
もし「逆さま」に答えることに失敗したら
腕と脚をさかさまにされてしまうという。
肩から脚が出て、下半身が腕になっている状態だ。
このイラストが抜群に怖かった。
裸に腰布だけ巻いた男の、腕と脚が入れ替わっていて
なんとも形容しがたい表情をしているのだ。
※検索したら容易に出てくるので各自見てください。

あまりにも怖いもんだから、自分では手の届かない
高所に保管してもらうよう親に頼み、しばらくは
見ることがなかった。

恐いながらも気になる・という恐怖あるある状態だった。
そしてまた、怖いながらも疑問があった。


あのイラストはさかさ男本人なのか。ひょっとして
さかさ男被害者なのではないか。

もしアフリカのジャングルで腕脚がさかさになっている
男と遭遇したら、質疑応答する前に逃げないのだろうか。

日本語でも質問するのだろうか。

どうして裸なのか。

数年後、自分で脚立を持ってきて自分で自由に
登れるようになったころには本に対する恐怖も薄れ
自分の意思で本を取り出し、普通に読めるようになった。
とくにさかさ男には「おお!久しぶりやなあ!」
と、久しぶりに会う親戚の男のような感じもあった。
それでもまあ気持ち悪くはあったので、とにかく
おとなになってもアフリカのジャングルにだけは
行かないように決心した。

さて、4つの疑問だが、2と3についてはそもそも
「アフリカのジャングルに行かなければよい」
という解決策に自分でたどり着いたので、どうでも
よくなった。これは映画「ジョーズ」のサメと同じだ。
海へ行かなければサメに食われることもない。
1については、
「あの恐怖に満ちたような顔は、被害者側だ。
だから本当のさかさ男の姿はここには示されていない」
と結論づけた。

4の疑問が氷解したのはつい先日だった。
「どうして男は裸なのか」である。
答えは
「さかさ男が服を着ている絵を描くと、
どうやってもコミカルにしかならない」からではないか。
先日クルマで信号待ちをしているときに
そう思い至ったのである。
長年の疑問が解けた瞬間だった。

いやしかし、そんな疑問を数十年も抱えさせたという点
で、世界妖怪図鑑は偉大な書物なのではなかろうか。


のちに、「日本妖怪図鑑」という本も買ってもらった。
恐くもなんともなかった。

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