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面の僕 第二話

 「ねえ知ってる?人の顔を取る、人面屋がいるらしいよ」

 真っ白な衣装に黒のマント。足下は長靴を履いていて、耳元には縄のようなピアスをしている。顔には目のタトゥーが刻まれているらしい。あくまで噂である。
 しかし僕は出会ってしまった。人面屋に。町中を普通に闊歩しているのだ。僕は咄嗟に声をかけてしまった。

「あの、もしかして人面屋ですか」
くるりと僕の方に視線を向けると、何とも言えないオーラを纏った美しい顔をした青年が現われた。
「いかにも。何か私にご用ですか」
「あ…あの、僕、顔を買いたいんです」
「ほう…しかしすみませんね。私、売り買いはしていないんです。物々交換のみなんですよ」
「物々交換?ということは…」
人面屋は人差し指を僕の方へズイッと寄せた。
「ええ、あなたの顔を頂きます」
僕は、美しい顔に飲み込まれていたが、そうだ、この人は怪異であるのだ。
「ああ、顔といっても、一つの表情でも構いませんよ。笑顔の面とか、怒った面とかね」
「え…そんなものだけで良いんですか?」
「ええ、勿論。しかし、他の人と物々交換をした後では返せませんので悪しからず」
「構いません!」
「では、あなたはどのような面を求めて居られますか?」
「僕…顔に自信が無いんです。格好いい面になりたいんです」
「ほう…しかし、格好いいにも様々な種類がありますから、とても難しいですね」
人面屋はマントを両手で持つと、バサリと僕の方に向けて開けた。そこには、大量の面がくっついていた。
「どうです、この中にありますか」
僕は少し恐ろしくなり、遠目で見ていると、クスリと人面屋が笑った。
「恐れないで下さい。よってらっしゃい見てらっしゃい。ちゃんと選ばないと、損ですよ」
僕はジリジリと近付き、面を選んだ。
その中に、一つ気に入った面があった。
「気に入った面がありました?」
「え…あ、はい」
「ではお取り下さいな」
僕は恐々と面を掴み、手に取った。
「では、交換してくれる面を下さい。どの面をいただけますか?」
「え…あ、じゃあ怒った顔で」
「お任せ下さい!」
人面屋が僕の顔を人差し指でなぞると、顔からポロリと面が落ちていった。
「面の方、頂きましたよ。また、会えたらお会いしましょう」
そう言うと、人面屋はいつの間にか現われた霧の中へと消えていってしまった。

 僕は家に帰り、貰った面を顔に付けた。すると、そこには人気俳優のような顔が鏡にあった。僕ははしゃいだ。
こないだ好いていた女性に振られたのだ。振られた理由は顔に違いない。

翌日、僕は彼女がバイトしている喫茶店へ訪問した。人はそんなに混み合って居らず、彼女に近付きやすい。
入店するなり、彼女は僕の顔を見て目を輝かせた。やはり顔であったのだ。

僕は彼女と次の休日に合う約束をすることに成功した。連絡先を交換したかったが、交換してしまうと僕であるとバレてしまうので、仕方なく口約束だ。
当日、彼女がちゃんと来てくれるか心配していたが、彼女はちゃんと来てくれた。
その日は動物園デートで、プランを練っていただけ有って退屈せずに前割ることが出来た。少し休憩しようと、ベンチに座り会話を楽しんでいると、彼女が僕が知り合いに似ていると言ってきた。
僕はまさか正体がバレたのではとゴクリとツバを飲み込んだが、気付いている様子は無かった。ホッとしたのも束の間、彼女は元の僕に告白されたことを話し始めたのだ。
そんな話をするのかと、少し怒りを覚えたが表情には出ていなかったのか彼女は僕のいらつきに気付いていないだった。
しかし、話を聞いていくと、彼女は元の僕に告白され嬉しかったというのだ。返事をしようとしたが、勝手に自分なんかじゃダメだよね、そう言って彼は去ってしまったと言った。僕は勝手に自分を卑下して、告白した後去ってしまっていたのだ。僕は何てことをしてしまったのだろうと後悔した。
そろそろ行こうかと、彼女が立ち上がると、柄の悪い男たちが彼女の前に立ちはだかった。僕は止めに入ったが、相手の反応がどうにもおかしい。僕は必死で怒っているのに、あちらは逆ギレをするわけでも無く、気味悪がっているようだった。どういうことかと想い、彼女の方へ視線を向けると、彼女も気味悪そうに僕を見ていた。
どうやら、怒りの顔を持って行かれ、怒っているときに笑ってみたり悲しい顔をしてみたりと表情がグルグルと動いていたらしい。

僕は走り出した。元の顔を返して貰うために。
どうして見た目ばかり見てしまったのだろうか。彼女は見た目では無く内面でしっかりと僕を見てくれていたというのに。
こないだ人面屋と会った場所に着くと、運が良いことにそこに人面屋はいた。
僕は笑みを浮かべ、人面屋に声をかけた。
「あの、人面屋ですよね?」
「いかにも。ご用件は?」
「あ…僕、こないだ面を交換して貰った者なのですが」
「ああ、そうでしたか」
「怒りの面を交換したのですが、返して欲しいのです」
「ああ、あのときの方でしたか。顔が全く違っていたので分かりませんでしたよ。

…しかし、すみませんね。あなたの面は交換してしまいました」

 時が止まったような感覚に襲われた。

「…というと」
「はい、お返しは不可ということです」
僕は人面屋にしがみついた。
「そんな!困るんですよ!僕は元の自分に戻りたいだけなのに!」
人面屋は力強く僕を突き飛ばした。
「…こちらも困るんですよ。最初に説明したのに、それでグダグダ言われるの」
ニコニコ顔が、急に冷たくなった。
「それにあなた、その面気に入っているでしょう?ここ最近ずっと着けっぱなしだったのでは無いですか?」
「え…」
「かなり癒着して、もうご自分では取れないようですね。でも交換する面がないのだから、私は何も出来ません。悪しからず」
霧の中に人面屋が溶け消えていく。僕は必死に追いかけた。
「頼む!待ってくれ!こんな顔は…」
僕は追いつくこと無く、ただただ途方に暮れた。自分の軽薄さ、考えの浅さに落ち込むことしか出来ないのだ。

 人面屋は町を闊歩している。今日も面を探して。

 しかし、今日は違った客が彼を捕まえた。

「…よお、お前が人面屋か」
ピンク色の髪の毛に、派手な格好。
「いかにも。ご用件は?」
「僕はお前を下僕にしにきた、霊媒師だ」

二人の視線が怪しく交差した。


前話の第一話はこちらになります!


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