見出し画像

面の僕 第一話

 あらすじ
高校生の霊媒師、神山神山(かみやまみざん)。彼は人ならざる者を下僕に出来る能力を持っていた。そんな彼は、今日も霊媒師として仕事をこなす…。

第一話


「友人が幽霊に取り憑かれてしまったんです」
 昭和レトロな喫茶店で、クリームソーダのさくらんぼを手を使わず食べようとしていると、依頼者の上村弥生が大きな声で依頼内容を告げてきた。
 大声で言われたため、普段驚かない僕も少し驚いて、さくらんぼを机の上に落としてしまった。
「あぁ、さくらんぼが…」
「依頼してるんですよ、さくらんぼなんて今はいいでしょう!」
「よ、良くない!これも依頼料の一部なんだから!」
「なんて人…」
「で、幽霊に取り憑かれてしまったんですか、アナタの友人とやらが」
「はい…つい一週間ほど前のことです。友人に彼氏が出来た頃に、体が重いとか、やたら怪我をするようになって」
「ふむ、良いでしょう」
僕は上村弥生に向かってピースサインをした。
すると、上村弥生も釣られてピースをしてきた。
「違うよ、依頼料だよ」
「え?」
「二万円、二万円とこのクリームソーダで引き受けるって言ってるんです」
「なんてがめついの…」
「なんか言いました?こちとらまあまあ繁盛してるんで、断ったって良いだよ」
カッとなった弥生が、机にバンッと二万円を叩きつけた。
「物に当たるの良くないよ」
「違います。私、元々力強いんです。では」
弥生は履いていたピンヒールをカツカツと鳴らしながら、店を後にした。店から出ると、日傘をさしてモデルのように街へと繰り出して行ったのだった。
 喫茶店のマスターが、グラスを拭きながらこちらへ視線を向けた。
「今日も随分と強気ですね」
「こんくらいの強さでやらないと、こっちが飲むこまれちゃうよ」
「おや、髪色がかなりピンク色に…」
「え?あぁ…霊が近くにいると、髪色がピンクになるんだよね。しばらくしたら、いつも通りの黒髪に戻るよ」
「どちらも素敵ですね。似合ってますよ」
「ふふ、マスターありがとう」

 短い学ランに、黒のスラックス。赤いブーツにドクロの付いたベルト。指輪はしていない指輪の方が珍しいほど、指に絡みついている。首には金のネックレス。胸元には青とピンクのグラデーションが美しいタトゥーが入っている。

どれもこれも、呪物だ。

 僕、神山神山…かみやまみざん、は幽霊や妖怪といったものを、下僕にできる能力を持っている。その力を活かし、霊媒師の仕事を高校生ながら活動しているのだ。
 効果は覿面で、有名人の依頼を引き受けた後、引っ切り無しで依頼が舞い込むようになった。
 物に取り憑くタイプの霊は、こうして肌見放さず持っていないといけないので、しょうが無く今も身に着けているわけだ。普通の学ランか着たいと、何度思った事だろうか。

 溶け始めているクリームソーダを、下品にバクバクと食らいついて、僕はストレスを発散した。今回の依頼は、きっと物に取り憑いているわけではないので、身につける羽目にならなさそうなのだけが、唯一の救いだ。

 数日後、上村弥生の友人の家へ訪問した。友人の家はマンションであった。
 部屋はミニマリストなのか、とても片付いていた。いや、何もないに等しい。
 具合が相当悪いのか、友人はベッドの上で寝込んでいた。この部屋にも、上村弥生が彼女から借りていた鍵を使用して入ったほどだ。
「莉々花、霊媒師の方が来てくれたよ」
上村弥生が甲斐甲斐しく、莉々花と呼んだ女性の上半身を優しく起き上がらせた。
「あ…はじめまして…私、浜莉々花と申します。このような姿で申し訳ございません…」
浜莉々花は、すごく行儀が良い女性だった。ただ、取り憑かれているせいなのかとてもやつれていた。
「こちらこそ今日はありがとうございます。霊媒師の神山神山と申します。本日はよろしくお願い致します」
「私のときと全然対応違うじゃん…」
上村弥生が、愚痴を小さくこぼしたのを、僕は見逃さなかった。
「何か?」
「いいえ、何も言ってないです」
僕と上村弥生の間に、ギスギスとした空気が流れる。
「あの…二人とも…?」
「あ、すみません。私情が出てしまいました」
「本当に、祓ってくれるんですよね?」
「はい。祓う…というより、僕のやり方の場合、下僕にするって感じなんですけど」
「は?」
「まあ、依頼人からは取り除きます。依頼人は、浜莉々花さん、ということですよね?」
「はい。こないだは、莉々花が具合が良くなかったので、私が代わりに行っただけですから」
「それなら良かった。では、開始します」

 僕はスッと一本指を立てて、浜莉々花の方へ下ろした。
 すると、僕の目には、モクモクと雲のようなものが現れ、白髪で黒い衣装を身に纏った男が出現した。しかし、この男は、他の二人に見えない存在だ。
「おい、最近俺を呼ぶ頻度が高くないか?」
「だってお前、悪魔だから使い勝手良いんだもん」
「使い勝手ってなぁ…」
僕が宙に向かって喋っているので、見えていない二人がオロオロし始めた。
「あの…さっきから誰と会話してるんですか」
「あぁ、僕の忠実な下僕です」
「下僕って言うな!ただお前に縛られてるだけだ!」
「それを下僕って言うんだよ。さぁ下僕くん、この子に付いてる物を取ってくれるかな?」
悪魔が短く舌打ちをすると、ガッシリと浜莉々花の肩を掴んだ。しかし、浜莉々花は全く気付いていない。肩から、ベリッと上に被さっていた半透明の人型を悪魔は取り除いた。
「おらよ、取れたぞ」
僕は子どもをあやすように、小さく細かい拍手を悪魔にプレゼントした。
「わーすごーいありがとう~。でも絶対離さないでね」
「はいはい…」
僕は、その人型に、両手で作った輪をはめた。
「これでお前は今日から僕の下僕です。僕がこの首輪を外すまで、お前は永遠に僕の下僕です」
霊体がうめき声を上げながら、空気に溶けて消えた。
「はい、除霊完了です」
「え、もう?」
「除霊なんて、早いに越したこと無いでしょ」
「まあそれはそうだけど…」
すると、浜莉々花が急に目をパチクリとさせた。そして、支えていた上村弥生の手にもう大丈夫と声をかけた。
「あの…すごく不思議なのですが、とても今、気分が良くなりました。とても軽いです」
「ですよね。除霊したのでね」
「え、莉々花、本当なの?」
「うん、すごいよ!」
浜莉々花のお腹がものすごい音を鳴らした。
「あ…すみません。ここ数日、食べ物が何も喉を通らなかったので、何も食べていなくて…でも、今おかげさまでとてもお腹が空きました!」
「それは大変喜ばしいことですね。では、僕は仕事を終えましたので帰らせて頂きます」
「そんな、何か食事でも…」
「すみません、生憎僕、甘い物しか口にしないんです。では」
ポカンとしている二人を気にせず、僕は部屋を後にした。
呼び出したままなので、悪魔が隣を歩いていた。
「え、何でお前歩いてんの…」
「は?お前が帰るように命令しないからだろ!」
「んもう、命令しないと何にもしないんだから」
「コイツ…俺だってこうしたくてしてるわけじゃねえ!」
「あのね悪魔くん、僕に捕まった時点で終わったんだよ…っていっても人間の命なんて直ぐ尽きるから、それまでの辛抱だよ」
「お前なあ…」
「あと、お前、じゃないから。僕はお前の主なの。みざんさまと呼べ」
「バッカ…命令は無しだろ!逆らえないんだから!」
「ハハ、耐えろ悪魔くん」

数日後、僕はまたもレトロ喫茶に来ていた。そして上村弥生を正面に座っていた。
「マスター、僕パフェ!上村さんは?」
「…コーヒーで」
カウンターにいたマスターが、優しく頷いた。
「で、ご用件は?」
「私…なんか最近変なんです」
「最近?ずっとじゃなくて?」
「あなた、失礼ですよ!」
「いえいえ、人間なんて全員変と思ってるんで僕。決して上村さんへの悪口じゃ無いですよ」
「何なの…」
「それで、どこがどう変なんですか」
「あの…首に、何か付けられているような感覚で」
「でしょうね~」
「え?」
「だって、浜さんに取り憑いてた幽霊、あなたの生き霊でしたから」
マスターが先に持ってきてくれていたお冷やの氷が溶けて、カランと良い音色を出した。
「ちょっと…適当言うのはやめて」
「適当なんかじゃないです、僕が今命令してみましょうか?」
「なんで…」
「言ったでしょう、僕は下僕にするんだって。何て命令が良いです?あなたが浜さんに対する本当の思いを吐露しろ、とかどうです?」
「な…」
「まあ、聞かなくても想像出来るけどね~。浜さんに彼氏が出来てから、とかいらない情報わざわざ入れてたし」
「何が言いたいの」
「浜さんがお付き合いした人物は、あなたが想いを寄せていた方で、あなたは浜さんを生き霊で祟っていたんですよ」
「はっ…馬鹿馬鹿しい、低俗な推理ね」
「僕が低俗って言ったんですか?低俗な行為をしているのは、あなたなのに?」
マスターが完成したパフェと、ホットコーヒーをテーブルに運んできた。
「わーやったあ、パフェだ!いっただっきまーす」
僕はパフェの頂に君臨していた大きな蜷局を巻いた生クリームを口からバクリといった。
「…前から思ってたんだけど、その食べ方何とかならないの?」
「僕、嫌いなんですよ。下品も上品も。食べ方くらい好きにさせろってね」
「へえ…」
「だからあなたみたいに、周りに良い顔して本当は違うことを腹に据えているのが、僕は理解に苦しみます」
「はあ?何私のこと分かったようなこと言ってるの?」
「あなたのことは知りませんよ、というか知りたくも無い。ただ、あなたが勝手に分からせるような言動を取るから」
「私のせいだって言うの?」
「え?」
「私、私のせいだって言うの?!私の方が好きだったのに、私の好きな人だって莉々花に紹介したのに、紹介した私が悪いの!?」
「黙れ」
騒ぐ上村弥生に命令を下すと、上村弥生はまだ何か言おうとしていたが、口がチャックを閉められたようにムゴムゴと暴れていた。
「あ、つい騒ぐんで命令しちゃった。これ、僕が解除するまで一生口開けないんで」
僕はパフェの下層を食べるべく、パフェ用の長細いスプーンを握ってパクパクと全て平らげた。その間、上村弥生は何も言えないまま暴れていたが、僕は気にしないで平然としていた。
「ふう!美味しかった。やっぱり食事は静かに限るよね」
暴れ疲れたのか、荒い鼻息でこちらを睨み付けているのみであった。
「ああ、すみません。一応依頼人ですからね、解いて上げましょう。喋って良し」
腹ぺこの鯉が餌を貰うかのように、上村弥生は口をパクパクとさせて空気を食した。
「ここの空気そんなに美味しかったですか?」
ギロリと僕を睨む上村弥生。
「何なのよ、コレ。早くコレも解いてよ!」
「え~どうしよっかな。中々生き霊って下僕に出来ないんですよ。だからあなたは貴重価値が高いんです」
「そんなの私、知らないわよ!いいからやめてよ!」
「でもあなた…僕が首輪外したら、また生き霊飛ばすよね?」
「は…」
「だって、まずあなたは無意識で飛ばしていたわけだし。しかも相手への未練も、浜さんへの憎しみもタラタラ」
「そんな…私が垂らすわけ無いじゃん…」
「そうかな?じゃあこうしよう」
僕は食べ終わったスプーンをピンッと上村弥生に向かって立てた。
「あなたは今から、浜さんとその彼氏を呼んで、本当の想いを吐露する」
「ちょ…」
嫌がる上村弥生とは裏腹に、上村弥生はスマホを出して二人に電話をかけ始めた。そして、電話の内容はこの喫茶店に連れてくるというものだった。
「…これも、命令の力なんですか」
「そうだよ~ん。この命令が終わって、未練と憎しみが無くなったら、首輪解いて上げる」
明らかに狼狽えている上村弥生を余所に、僕は古びたメニューを開いて他の美味しそうなデザートを探していた。

 一時間ほど経ったか経っていないか程で、呼び出した二人は来た。彼氏の方は、秋谷基也という好青年だった。秋谷基也は、見知らぬ人物である僕が居たため、困惑の色を隠せないでいた。
「あ、僕は霊媒師の神山神山と言います。先日、浜さんに依頼されて、今日は上村さんにというわけです」
「はあ…れ、霊媒師?」
「まあ良いんですよそこは。今日は上村さんの暴露会なので」
「暴露?弥生そうなの?」
断りたそうな顔をしていたが、命令を受けているので、上村弥生は頷くことしか出来ない。
「何?暴露って?」
「あ、あの、私…私、本当は基也のことが好きだったの…」
「えっ」
「えっ」
秋谷基也と浜莉々花が、驚きを隠せず同時に驚きの声を上げた。
「こ、こんなこと言われても、困るし、言う気も無かった…でも」
チラリと僕の方を上村弥生が見てきたが、僕は華麗にスルーした。
「え…なんか、ごめん…弥生が、基也のことそんな風に見てるなんて思って無くて」
「…は?」
僕は上村弥生がキレる瞬間を見て、プッと吹き出した。
「気付いてなかったって言うの…?嘘付くの止めてよ!あんたが私の想いに気が付いてるの知ってんだよ!」
「ちょ…弥生?」
「なんでアンタはうまく行って私はうまく行かないの…?霊媒師だって頼んで、友達思いの良い子だって…なんで?なんで私だけうまく行かないの?」
「弥生どうしたの?何かおかしいよ?」
「基也だけじゃない、私の友達だってみんなアンタに夢中になって、私にあまり構ってくれなくなった…最初は、私の方が人気者だったのに…」
「弥生…」
僕は立ち上がってスタンディングオベーションを上村弥生に贈った。
「素晴らしい!素晴らしいですよ!実際どうなんですか?」
僕は手を丸めて作ったマイクを浜莉々花に向けた。
「え…私?私は、そんなつもり無かったです、けど…」
「やだ、冗談やめてくださいよ」
「は?」
「僕、幽霊が下僕なんです。つまり、あなた方の身辺調査なんて容易いわけですよ」
「ちょっと…この人何言って…」
「浜さん、あなたは上村さんの友人に上村さんの嘘の話をして、同情を買って、そして上村さんの悪口を言って盛り上がってましたよね」
「な…そんなことは…」
「あります、大ありですよ。スマホでメッセージアプリの画面見せて下さいよ。昨日も会話していたでしょう」
グッと唇を噛む浜莉々花。その様子を、冷めた目で見ている上村弥生と秋谷基也。
「それで、秋谷さん。秋谷さんは、今二股中ですよね」
「えっ…」
「まあ、だから上村さん。こんな最低なやつに自分の寿命、削らないで下さいよ」
「え…」
「生き霊って、寿命削るんですよ」
「…神山さん、私、なんか吹っ切れました。もうこの二人に未練はありません」
「なら良かった」
僕は上村弥生に向かって両手で輪を作ると、その輪を割って見せた。
「あなたは今日から自由です。さようなら」
フッと微笑んでみせると、手の輪の中で上村弥生が優しく微笑む姿が見えた。

数日後、僕はまた同じレトロ喫茶店にいた。そして新しい依頼人が私の前に座っていた。

「ご依頼は?」


続きの第二話はこちらになります!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?