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ある夏、alfrex(アルフレックス)が突然に

ほとんど、一目惚れだった。

20年ほど前、年上の友人の別荘に行った。

その別荘は、葉山の高台にあった。

もう7月は終わろうとしており、坂道を登る途中ずっと、日差しが私の背中を照らしていた。汗をかきながらチャイムを押した私を彼女は笑顔で迎え、それからキリッと冷えた白ワインを出してくれた。

リビングはとても広く、天井が高く、大きな窓があり、その先には湘南の海が広がっていた。まどろんだような太陽と、静止したように見えるヨット、映画のようにきらめく海。

でも一目惚れしたのは、その家ではない。リビングにあったソファだった。白いタイルの上に、完璧になじんでいるソファ。素直に美しいと思った。


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(alfrex web site)

「それはalfrex(アルフレックス)よ」

彼女はにっこり笑って、私にソファに座るようにすすめた。

座ってみると、とても感じのよいソファだった。見た目の美しさからちょっと意外に思うくらいだ。私の体をふわっと包み込んで、「どうぞ、肩の力を抜いてリラックスしてください」と囁くようだ。例えていうなら、軽井沢あたりのこじんまりとしたホテルを訪れたような気分。シャングリラホテルでもリッツ・カールトンでもなく、木漏れ日の中でたたずんでいる小さな老舗ホテル。

alfrex(アルフレックス)は、1951年にイタリアで生まれた。Cassinaに並ぶハイクラスな家具ブランドとして知られているが、歴史は意外と浅い。日本に渡ってきたのは1969年のことだ。

なかでもalfrex(アルフレックス)が日本育ちという点は、とても興味深い。

1967年、グラフィックデザイナーだった創業者の保科正氏は、イタリアへ渡った。アルフレックスイタリア社で家具づくりを習得し、1969 年に日本でアルフレックスジャパンを設立。以来、100%日本人のライフスタイルに合わせた家具をつくっている。美しいイタリア家具でありながら、日本人に合う控えめさ、品のよさをまとっているのは、そのためだ。

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(alfrex web site)

70年代といえば、まだまだ日本に”リビングルーム”という発想がなかった。家族は居間で生活し、来客は客間でもてなす時代。「ソファに座って家族でくつろぐ」というライフスタイルは、あくまで遠い海を渡った欧米の暮らしだった。

そんな日本に「ソファのある豊かな日常」を持ち込んだのがalfrex(アルフレックス)だったのだ。

シンプルなデザインは空気のように空間に溶け込み、かすかに香るフレグランスのようにリラックスさせてくれる。座り心地は、すべてを心得た執事のようにさりげない。

20年前の若かった私が憧れたalfrex。私は今、そのソファに腰を下ろしてこの文章を書いている。

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