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第9話:元カノのテリトリーに新カノを連れ込むオトコ、ついてくるオンナ

 わたしはお笑いが好きで、小さなライブを観に行くことがある。大学時代の友人がお笑い芸人で、彼の出演するライブや主催するライブに行くのだ。SATCにもまれにコメディアンバーでデートをするシーンがあったりするが、専門店ではないものの、バーの片隅を舞台に借りてライブが行われることは、ここ日本でもあることなのだ。

2015年春、お笑いとのであい

 5年前の今頃、わたしは失意のどん底にいて、正直精神は不安定だった。それでもなんとか楽しい気分でいようと女友達を誘って映画に行った帰りのこと。その友達は「明日早いから」と先に帰ってしまったが、足を踏み入れたのだ。その売れない芸人が慎ましくも楽しく頑張る、小さなお笑いライブに。わたしはその日、お笑いに人生を救われた。

正直、全く期待していなかった。友人を応援するのだ、とその気持ちだけで行った。だって、「テレビで見かける人たちだって全然面白くないことのほうが多いのに、テレビに出ないような人たちが面白いはずがない」と本気で思っていたのだ。今考えれば、非常におばかな考えだとわかる。演劇だって、有名俳優が上手なんて気まりはない。無名の役者さんのがずっと上手だったりするものだ。それと同じ。

彼氏と友人がつながった

 そんなこんなで、そのライブにほとんど毎回通うようになった。元カレと付き合っている間はそれはデートコースに組み込まれた。その芸人くんと元カレは必然的に知り合いになり、まさかの友人になり、わたし抜きで飲みもカラオケもいく仲になった。

そのバーにはダーツが置いてあったため、ダーツが好きな元カレはそこの常連客やバーテンダーとゲームに興じたりと、個人的に飲みに行くこともあったようだ。バーテンダーの一人にはものすごく気に入られてたし。

別れてからも2年以上、元カレとの友達付き合いは続いた。お互いに特別な人もいなかったし。なんならセックスもしたし、もちろん一緒にそのお笑いライブに通った。元カレに新カノができるまでは。

とうとうテリトリーが犯される

 元カレに新カノができると(できる前からちょっとずつ)、連絡はまったく来なくなった。当たり前のことではあるが。ただ、LINEはそのまま、ツイッターも相互フォローしていなのでDMも使える状態で連絡を取ろうと思えばいつでも取れる状態だった。そう、思いやりがあれば、想像力を働かせて相手の気持ちを慮ることができれば、連絡を取ろうと思えれば取れる状態だったのだ。

その元カレには思いやりがなくて、連絡を取ろうとしなかっただけ。

 彼らはいかにも当たり前のように自然にやってきた。お笑いライブのその日、ひとりで芸人くんの活躍を観に来たわたしは、後から入ってきた彼らを見て固まった。ものすごい表情をしていたと思う。どんな表情かはわからないが、例のバーテンダーには「めっちゃ怖い顔だった」と言われてしまったほどではあったようだ。

その芸人と友達だから?自分も飲みに使うから?なんならデートで使ってたのかもしれない。「元カノが紹介した店」を。「元カノの友達がやってるお笑いライブ」を。新カノを連れて来られる神経がわからない。元カノ、つまり、わたしがいるという可能性は頭に浮かばなかったのか?それとも「俺の友達」「俺の使ってる店」という認識でしかないのか?のこのこ付いてくる新カノの神経もわからない。

顔も関係もこわばった

 わたしだったら嫌だからだ。「元カノがきっかけで知った無名の芸人のお笑いライブ」も、それをきっかけにしったバーも、できれば連れていかれたくない。知りたくもないかもしれない。「ここ、元カノと来たことがあってさ」なんて台詞を聞きたがるオンナがどこにいるだろうか。ディズニーリゾートだとしても同じだ。自分で想像したり気づいてしまう分には別だが、「元カノときたときはさぁ」なんて話を笑顔で聞いていられるオンナはよほどのおばかさんか、実は聞いていないかのどちらかだ。

例のバーテンダーも、私には挨拶だけ。新カノにはジョークをかましているのも腹が立つ。元カノのテリトリーに新カノを連れ込むオトコも、ついてくるオンナもどうかしている。

 控えめに、そして端的にいってこの思いやりがなくデリカシーに欠けた連中に、わたしの心はズタズタにされた。実はこれが二度目だからだ。一度目は、友人たちがあとからライブを観るのにかけつけて、そのあと一緒に飲んでくれた。でも今回は違う。元カレと新カノに悪気はないかもしれない?なら、頭が悪いのだ。

友人とテリトリーを諦める

耐えきれなくなったわたしは、どうにかいつもの通りのメンタルを思い起こしながらネタを観た。そのあとのフリートークコーナーを諦めて、ドリンクもグラスに半分残した状態で店を出た。「ごめんなさい、帰るね」とグラスを渡しながらバーテンダーを見たらものすごく驚いた顔をしていた。芸人くんは「ありがとう、またきてね」とだけLINEをよこした。

 行くはずがないだろう。行けるはずがないだろう。わたしの人生を救ってくれた場所に、土足で踏み入られて落ち着けるはずがないだろう。行かなくなったら負けたみたいで、テリトリーを明け渡すみたいでいやだったので都合をつけて行けるようにしていたがもうそれにも疲れてしまった。「あのふたりが、くるかも」なんて思いながらお笑いライブを観たくない。お酒を飲みたくない。そんなの、楽しめるはずがない。

わたしは、大切な友人と場所を諦め、そこから消えることを選んだ。

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