第42話:無意識のエロさはベージュに宿る

 色気はその人の資質によるものだから持ちうる以上のものが発揮されることはまずないが、エロさは演出次第である程度どうにかなるものだというのが持論だ。

 例えば、わたしは倖田來未さんに色気を感じることは無いけれど、「エロかわいい」「エロかっこいい」とは思う。ちなみにわたしは彼女の元ファンで、12年前は毎日のように聴いていたし陶酔しながらカラオケで歌いまくることもあったし、MVにあるような部屋着スタイルなんかは特に今でも取り入れたいと考えているのは事実だと表明しておく(「butterfly」の部屋着スタイルと「WON'T BE LONG」の白のロングブーツ衣装は本当にかわいい)。
一方で色気を感じるのはマリリン・モンロー。彼女はセクシーではあるけれど、エロくは無い。色気を感じるし、何か別のものからくるやわらかさも感じることができる。
 パンツもおっぱいも見せずにエロさを演出するにはどうしたら良いのだろう?バサバサのまつ毛?グロスたっぷりの唇?わたしのオススメは、ベージュカラーの爪だ。

 米澤よう子さんというイラストレーターがいる。彼女はパリに在住したことがあり、そこでみたパリジェンヌたちから様々なヒントを得てそれをイラストエッセイ化、人気を手に入れた人だ。わたしには彼女のイラストエッセイを購入し心酔していた時期があり、それが今でも根強く残っている。それが、「爪の色」だ。
わたしがマニキュアを使うようになったのは20歳を過ぎてから、理由は当時大好きだった益若つばささんがマニキュアをプロデュースしたからといういかにもミーハーなものだった。彼女がプロデュースしたマニキュアは、いかにも「爪専用絵具」といったかんじでおもちゃのような色をしていた。それはそれで可愛いのだが、爪に塗って最初に思ったのは「わたしには似合わないな」というものだった。上手く言えない感情もあった。いま思えばそれはきっと「色っぽくも、エロくもない」だったのだろう。

 ネイルカラーは人間らしからぬ色を塗ってなんぼと思っていたのだが、イラストエッセイのなかのパリジェンヌたちを見ているとどうも違うらしい。彼女たちはおおよそ、人間が発するのに近い色を好んで使っているらしかった。皮膚にちかいベージュに始まり、血の赤に終わる。もちろん、洋服に合わせたり気分で「人間らしからぬ色」を選ぶことはある。ただそもそも、彼女たちにとって一番カジュアルなメイクアップとは、「その人の持ちうるパーツを邪魔せず、健康的に見せることで魅力を上げるもの」なのだ。
単純なわたしはさっそく、ピンクベージュのマニキュアを用意した。友人、テレビドラマに出ている女優、電車のなかで見かけた女性、目に映った女性の手を観察した結果、いちばん美しいのは「手入れされた素の爪(に近いもの)」だと思ったのだ。パリジェンヌたちの感性は素晴らしい、まさしくじゃないかと感心した。
目指したのは「お風呂上りの血色とうるおい」だった。

 すこし透明感のあるピンクベージュを重ね塗りすると、お風呂から上がったっばかりのような赤みと艶が手に入る。室内飼いの猫のきれいなままの肉球のようにも思えるそれは、まさしく健康的な魅力、日本の接客業でも許される範囲の色具合。
決して派手では無いけれど、整った爪を見ていると気持ちも明るくなる。気をよくしたわたしは、ニュアンス違いのピンクベージュやミルクティーのような色合いのベージュなど、ベージュのマニキュアを好んで使うようになった。

 ある日、わたしは出かけるために洋服を選んでいた。会うのは前の職場の同僚、目的地は駅から少し離れたレストラン、時間はお昼~夕方までで解散。行動のしやすさでローヒールのパンプスとデニムを選び、トップスだけ可愛げを残して白のタートルネックニットにした。
ニットを手にかけたとき、思わずまじまじと見つめてしまった。なんのことはない、わたし自身の左手と白ニット。それがなぜだかものすごく、「エロく」見えたのだ。
考えてみれば、白ニットとピンクベージュは倖田來未さんの十八番だ。エロくないはずがない。むしろ、エロかわいいの最高峰と言っても良いかもしれない。ベージュが大人しい、主張のない色だと誰が決めたのだろう。こんなにもヌーディーで危険な色なのに。わたしは考えを改めた。

 無意識なエロさほど危険なものはない。「どんなに近くても隣だと思っていたのに、いつのまにか腕の中にいる。一緒にいるものだと思って接する。でも、ふと気づいたときには、どこにもいなくなってしまっている。そんな不安を覚える」とはかつてわたしが言われた、わたしを表す詞だ。当時は、なんて失礼なと思ったが、これほど褒められたことはなかなか無いんじゃなかろうか。ベージュにはそんな危うさがある、とわたしは思った。
 エロさは演出しよう、しようとするとどうしてもゴテゴテに安っぽい感じになりがちだ。けれど、潜むようなエロさであれば他の要素を邪魔することなく対象をぐっと惹き寄せることができる。なぜ惹かれたかもわからないうちに。そして相手がわかっていないうちに去ってしまうのだ。相手のひらめきと思考を盗み、魅力だけ置いていく。
普段いちばん近くにあるから異物だとわからない、そんな無意識のエロさはベージュに宿っている。わたしはそう思っている。

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