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美容院で変な水を売られそうになった話
とにかく聞いてほしい。私が美容院で醜態を晒し、迷惑をかけ、そして裏切られた話を。
当時若かった私は、決死の思いでおしゃれな美容院を予約した。それまでは自分で切るか、おばあちゃんが経営しているようなお店に行っていたので、これは日本から出た事のない人が、初めて渡米する位の思い切りと同等だと言っても過言ではない。
その美容院の入り口は、木でできたドアで、ドライフラワーのリースがかけられていた。私は予約をしたにもかかわらず、開けて良いのかどうかがわからず、暫くそこで呆然としていた。するといきなりドアが開き、私の顔面にドライフラワーがモシャモシャと当たってしまい、花びらが割とたくさん地面に落ちた。
私は「すみません!すみません!」と謝罪したが、美容師さんは「こちらこそ!気づかずに開けてしまいすみません!」と謝った。先客のお見送りで出て来たらしい。先客の女性は垢抜けた美人で、私と美容師は2人で美人を見送った。私までお見送りをするのはかなり不気味だったと思うが、そうなってしまったので仕方がない。
私はドライフラワーのカスや粉でむず痒くなり「ディクシッ」とくしゃみをひとつして、店内へと入った。
店内は死ぬほどおしゃれで、まるで意味のわからない鳥籠やツタや車輪などが飾られていた。しかしそれがオシャレになるのだから、垢抜けた人のする事というのは素晴らしい。私の部屋にそんなモノを置いた所で、ディストピアにしか見えない。
病院でもないのに問診票のようなものを書き、私はいよいよ席についた。ちなみに全くのノープランである。美容師さんは「どうされますか」と聞くので、私は「とにかく髪が多いので軽くして下さい」と言った。
軽くするだけなら、いつものおばあちゃんでも変わらなかったかなぁ…なんて思っていたが、それは間違いであった。美容師はおばあちゃんがした事のないような手付きでチャキチャキと髪を切っていき、仕上がった髪型は、私とは思えないほどに垢抜けていた。
なぜ髪を減らすだけで、こんなにも違うんだろう…
私は、もうおばあちゃんの元には戻れないと思った。この男(美容師)を知ってしまったからには、もうおばあちゃんには戻れない。
私が感動を美容師に伝えると、美容師は「良かったです、すごく可愛くなりましたよ」と言った。
カワ… イイ…?
私は悲しきモンスターなので、そんな言葉とは縁がなかった。まさか、その言葉が自分に向けられるなんて…。私がキョドッていると、美容師は「店のLINEと友達になると、予約がとりやすくなりますよ」と言い出した。
私のLINEには、当時母とザキヤマの公式アカウントしか友達が居なかった。
(ちなみにザキヤマは、のちに私がインフルエンザで寝込んでいる時にハイテンションな動画を送って来た為、ブロックした)
そんな私と、友達、に…?
私はスマホを持ち、お店に友達申請をした。こんなおしゃれな美容院が友達一覧に居るなんて、なんだか自分までオシャレになった気がする。私はニタニタしながら喜んだ。
すると美容師が、急にレジの裏の棚から、ラベルも貼っていない容器に入れられた、水のような物を持って来た。
「これは、ありがとう水という物です」
…嫌な予感がした。
美容師は説明を始める。
「ありがとう水は、人の心がわかる水です。毎日この水に、ありがとうと言ってあげると、この水は、あなたに恩返しをしてくれるんです」
嫌な予感は、おそらく的中している。しかし私は、まさか美容院で、美容師が、ヤベェ水を売るはずが無いと思っていたので、とりあえず話を聞く事にした。
「お客さんの中には、鬱が治った人も居ます。飲んでもいいし、塗っても良いんです。塗った場合は、その部分がみるみる綺麗になっていきます」
放っておいたら「ガンが治る」とまで言い出しそうな勢いだ…。私は馬鹿だったので、その水を誉めたり感心したりしながら、暫く話を聞いていた。が、さすがに買いはしなかった。私の貧乏が幸いしたのだ。
買わないと分かると美容師は対応が雑になり、そそくさと会計を済まし、見送りもなく、私は軽くなった頭と重くなった心を抱き、すみやかに車で家に帰った。
これ以来、私はオシャレな美容院には行っていない。一月後、この事をいつもの美容院のおばあちゃんに話すと、おばあちゃんは「コイツならいけるって思われたんやろな」と言った。
このおばあちゃんは、信用できる。私は今後、オシャレを捨てて、信用できるおばあちゃんに髪を任せる事にした。
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