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ヤバT武道館に行ってきた【寿命で死ぬまで】

こんにちは。
こんばんは。
おはようございます。
こばっちです。

2022.8.25
ヤバイTシャツ屋さん”ぶとうかん”TOUR 2022 FINAL 日本武道館

参戦しました。

4月に発表されて最速先行でチケット取ってから、本当にあっという間だったなぁ。バイト入りすぎてしんどかったり、大学生活いまいち楽しめてないなってときも、8月に武道館があるってだけでがんばれた。ヤバTが最高の夏を約束してくれたんだもん。

4ヶ月間待ちに待ってやってきたその日を、しっかりnoteに記録したいと思いつつも、感情がクソデカなもんでね。何を書いたらいいかわからなくて、少し時間が経ってしまった。

まあ一言でいうと、
超楽しかった!!!!!!!!!!!!

あんな楽しくておもしろい空間が他にあってたまるか。ヤバTのライブというだけで無条件に楽しいのに、武道館ならではのセトリと演出でさらに楽しくなってた。楽しさがキャパオーバーしとる。

そんなヤバT武道館をセトリ順に事細かに書いてもいいけど、それは備忘録すぎるのでやめた。散々ツイートしたしね。知りたい人は#ヤバT武道館で検索したり、音楽ナタリーさんとかソノダマンさんのオフィシャルレポートをご覧になってください。(まさかの丸投げ) カメラも入ってたから、何れDVDも出るでしょう。

じゃあ何を書くかって言うと、「なんで寿命で死ぬまでであんなに泣けたのか」ということについて書こうと思いましてね。

「寿命で死ぬまで」とは「生と死に全力で向き合う曲」そして「生きることへの最大の肯定」

ヤバTって、ノリで入籍することを煽ったり、無線LANが有線LANより便利だと歌ったり、Tシャツ屋さんのくせにタンクトップをキャラクターにしてる変なバンドなんです。(褒めてる)

そんなヤバTが魂込めて作って、私たち顧客に届けてくれたこの曲に、真剣に向き合わなきゃって思ったし、この先いつ披露されるかわからない「寿命で死ぬまで」について考えることは、すごく意味があるじゃないかと思う。だから、今の気持ちをしっかりここに残して置きたい。

私は今有難いことに、心身ともに健康で、人間関係も円滑、バイトはそこそこ楽しくいい条件で働けてるし、ダンスという自分のやりたいこともできてる。

大好きだった祖母が亡くなっているけど、コロナ禍でもお見舞いができたし(コロナではなかったので)、亡くなる1年ほど前に大家族で旅行に行くこともできた。(宴会で孫4人でダンスを披露したら、すごく喜んでくれたなぁ)寂しいけれど、前向きに祖母の死と向き合えてる。

じゃあ、なんで泣いたのか。しかも、初めてCDで聴いたときと、武道館で聴いたときとで、泣いた理由は多分同じで。ヤバTが放つエネルギーに、私の心が耐えられなかった。これです。器がなくて、消化するには泣くしか方法がなかったんだと思う。

音源だけでもボロボロに泣いたのに、あんなMCされて演奏されたら泣くしかない。

みんな、いならくならんといてほしい。

約束する。いなくなったりしない。ずっとヤバTの側にいる。一生顧客でいる。

涙でステージが見えなくなってしまいそうだった。それでも、ヤバTに今私がここにいるって伝えたくて、サビで目一杯手をあげてた。

あと...武道館での披露で印象が変わった。曲が出来たきっかけが、こやまさんのおばあ様が亡くなったことだっていうのもあって、音源で聴いてたときは、こやまさんの曲って気がしてた。そこに、ぼぼちゃんともりもりが演奏と歌で気持ちをさらに乗せている曲だと思ってた。

でも、そうじゃなかった。武道館で聴いたら「寿命で死ぬまで」はヤバTのメンバーだけのものじゃなくて、顧客のものでもあって、これから顧客になる人のものでもあるんだって。みんなが生きるための曲だったんだって気づいた。

こやまさん、こうも言ってたんです。

昨日まで連絡取ってた人が次の日に居なくなってしまったりして。あの時飲みに行こやーって誘ってたら、気づいてあげられてたら、話を聞いてたら、そんなことにならなかったかもしれない。もしみんなの周りにそういう人がいたら、話を聞いてあげたり、誘ったりして、助けてあげてほしいなって。今日はたくさんの人が来てくれているから、この場を借りて伝えたかった。

ヤバTの存在に私が救われるように、生かされているように、私が誰かを救えるかもしれない。その人の人生を生活を、少し楽しくできるかもしれない。

だから私は、これからもライブハウスにヤバTに会いに行く。友だちや家族も連れていこう。

みんな、ライブハウスで会おうね!!!

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