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夢現の階段

「俺さ、お前に言ってなかったことがあるんだ」
沈黙が立ち込める部屋の空気を彼がざらっと塗り直した。
そう切り出した友人に、自分は何も答えることができなかった。

「本当はもっと早くに言わなくちゃいけなかったんだけど」
そう続ける彼。自分はその内容を知っていた。
しかし、それを知っていると伝えることができなかった。
それを言葉にできればどれだけ楽か。
伝えられない理由は自分の弱さであり、認めたくないという現実逃避がそれに拍車をかけた。

「ごめんな」
友人の言葉が胸を裂く。少し鋭利な刃で差し込まれたような感覚。
この感情に気づかれてはいけない。

「実はさ、俺…」
そこまで話した瞬間、部屋のドアが開いた。

入ってきた姉は怒ったような泣いているような不思議な形相で私を見た。
「あんた、何してんの」
そういうと同時に私との距離を詰め、私の右頬を叩いた。
私は倒れ込み、手からナイフが落ちた。
私のTシャツの胸部分は私の血液で赤く染まっていた。
目の前で姉が涙を流しながら大声で何かを訴えかけていたが、私の意識はそこにはなかった。

どうやら私は夢を見ていたようだ。
彼が死んだのは私のせいだ。
実際に手を下したのは私ではないが、私の嘘が彼を傷つけ、彼にその選択をとらせてしまった。
私は夢の中で彼に会っていた。
彼は私に何かを打ち明けようとしていた。
それを聞きたくなかった。
自分のせいだと言いながら、自分が責められるのが怖かった。
同じようになれたら少しでも気持ちが和らぐと思った。
その時にはすでに、手にはナイフが握られていた。

目覚めたのは病院の一室。
真っ白い部屋で窓から外の景色が見える。
少し体を起こすと胸に痛みが走った。
自分は逃げられなかった。
そうすることもできなかった。
だから、目覚めた今も夢現。

「俺さ、お前に言ってなかったことがあるんだ」

隣にいる友人は、そう言って私に向かって微笑みかけた。


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