ショートショート「雷飲み」

「今日、雷飲みやるよ!1時間後にいつものRoomで。みんな大丈夫?」

 西山からグループチャットのメッセージが届いた。時刻は午後6時半、外は天気予報どおり、雷雨。

「とーぜん。」

速攻で返信すると、堀北と南沢も直ぐに返信した。俺はよしっと腰を上げる。

 西山、堀北、南沢とは小学校からの同級生で、中学までいつも一緒にいた。俺の名前が東なので、東西南北の4人組としてなぜか馬があった。

 雷飲みとは、その名の通り雷雨の日にそれぞれの家からビデオ通話を使って雷の音と光を肴にオンライン飲みをするのだ。全員同じ市内に一人暮らしをしていることもあって、雷雨になると雷の光と音はそれぞれの家にしっかり届く。社会人になってから直接会うことはめっきり減ってしまったが、誰かが言い出して始めたこの雷飲みはもう5回目になる。

 不意に部屋の中がパッと明るくなって、3秒後、稲妻の弾ける音が轟いた。

「おおー鳴ってる鳴ってる」

 俺は雷雨の具合に満足しながら、キッチンに向かう。これからかみなりこんにゃくを作るのだ。毎回、雷にちなんだ一品を持ち寄って自慢するのがこの雷飲みのルール。朝の予報で今夜が雷雨になりそうなことを知っていた俺は、事前にスーパーでこんにゃくと唐辛子を買ってきていた。

 ささっと作ってすぐにパソコンの前に陣取るはずが、思いのほか時間がかかってしまい、結局ビデオ通話に接続するのは一番最後になっていた。

 「おーみんな久しぶりー。前回は、去年の秋だったか?」
 「もうそんなになるかー」
 「お疲れ。前回は去年の10月だったよねー。みんな元気?」
 西山、俺、堀北がそれぞれが喋り始める。
 「あっ、光った。でかいぞ。」
 南沢はマイペースに雷の方に夢中だ。こいつは昔から落ち着いていて基本的にあまり喋らないが、いざというときすごく頼りになるタイプ。このオンラインのみではいつも静かに外を見ながらグラスをちびちびやりながら参加するスタイルで、どうやら通常運転のようだ。

 「さて、恒例の一品ショータイム!誰から行く?じゃあおれからね!おれは今回はひねりなしの直球勝負。じゃん!『雷』魚沼産の純米酒。一週間前に取り寄せたのだ!わっはっは。ネットでいろいろ調べた結果、やっぱり酒だろうと思ってね、この...」

 西山はいつもの調子でムードーメーカーをしている。こいつがいると一人で部屋にいる寂しさは一瞬で吹き飛ぶ。ただ、今日はなんだかネットワーク回線が遅いのか、西山の反応は数秒遅く聞こえる。

 「はい!じゃあ、僕はこれ!電気ブラン~。この前浅草に行って、お土産に取っておいたんだー。この日のためにね。」

 堀北はバックパッカーが趣味で、国内、国外問わずいろんな場所に旅行している。ただ、最近は海外旅行は行きづらいので、東京観光だけにしたのだろう。
 「お、いいじゃん電気ブラン。おれも飲んでみたいなそれ。気になってはいた!」
 俺もさっき作ったものを披露する。
 「俺はこれ作った。かみなりこんにゃく。たぶんビールとの相性が最強だわこれ。」
 「東はそうきたかー。おれも今度つくってみよー」
 「がっつり準備してきてるじゃん。僕もそれ欲しいなー」
そんな感じで飲み会はスタートした。南沢は一品ショーには参加せず、一人で「あっ、また光った」とつぶやきながらグラスを傾けている。まあ、いつもどおりか。

 俺は、この雷飲みが気に入っていた。というか、毎回雷の予報が有ると、本当に楽しみにしている。小学生の頃から台風とか雷とか、退屈な日常からちょっと外れたイベントが大好きだった。放課後、教室の窓辺で雷雨を見ながら4人で流行りのカードゲームをしたり、トランプをしたりしたのを今でも覚えている。ちょっとだけ窓を開けて、吹き込む雨と、教室を突き抜けるような雷鳴にワクワクしていた。

 日本酒が回ったのか、西山が子供の頃のあるあるネタを息つく暇なく喋りだした。俺もそんなことあったなーと笑いながら反応する。いつになっても過去の思い出話はおもしろい。堀北はたまに相槌を打ってのってくる。500mlのビール缶も空になってしまった。

 「あっ、光った」

 冷蔵庫から2缶目のビールを持ってきてパソコンの前に座り直すと、誰かがつぶやいた。直後、外からもパソコンからも激しい雷鳴が聞こえる。あの頃から変わらずつるんでいる3人と、あの頃を思い出して同じ空を見て、同じ光と音を聞いて酒を飲む。俺はちょっと感傷的になってつぶやいた。

 「俺さ、この雷飲み、好きなんだよね。なんかこう、生きてる実感ていうかさ。」

 少し間があって、西山が反応した。

 「おれも。わかる。」

 最近は一緒に集まって飲んだり騒いだりすることがめっきり減った。数年前に新型のウイルスが世界中に蔓延し、一旦は収束に向かった現在でも、仕事は在宅ワーク、飲み会はオンラインでというのが当たり前になり、一人暮らしの俺にとって人と直接会うという機会は殆どない。だからこういう天気になると、世界に一人取り残されたような不安感を抱く。こんな情勢だからこそ、誰かと同じ時間、空間、体験を共有するというのは何にも代えがたいものになった。

 それから数分くらい、雨音と遠くで鳴る雷の音を静かに聴いて、堀北がつぶやいた。

「画面越しだけだと本当に人と話してるか不安になるもんね。」

 ああ。仕事でもテレビ会議はしょっちゅうしているが、どうもその瞬間を共有しているという実感がわかない。淡々と進む議題に反応したり意見を言ったりするものの、本当に向こうにいるのが人間なのか、自分がやり取りしているのは実はAIで、世界には俺しかいないんじゃないかと錯覚しそうになる。

 空が光って、音が鳴る。それを離れた場所にいる友人と一緒に観て、聴く。ネット越しだけではなくて、空を通じて同じ時間を共有している実感に安堵する。窓を激しく叩く強烈な雨音、ときに近くに落ちて腹の底を震わせる雷鳴。ビールとかみなりこんにゃくがたまらなくうまい。
 
 雷飲みは中盤になるとほとんど会話はなくなって、みんな窓の外をぼんやりと見始める。誰もパソコンの画面を見ていない。まるで花火大会の打ち上げ花火が上がるのをいまかいまかと見ているかのように静かに雷を待つ。
 
 1時間が経過し、雷雨もしだいに治まってきた。雷飲みは雷がならなくなったらそれでおしまい。何時間もダラダラと飲むことは少ない。今日は予報的にもこのあたりでお開きか。そう思って、パソコン画面に目を落とす。今までずっと外を見ていた南沢が、急にこちらを向いて笑いながら喋った。

 「俺は今日は雷おこし。堀北の電気ブランと浅草かぶりだわ。」

 5秒の間の後、西山が反応する。

 「は?何いまさらどうした?」

 堀北が笑って反応したのはその3分後。

 直後、パソコンがフリーズし、画面越しの3人は固まったまま一言も発しない。雨がやみ、なんの音もしない部屋に一人取り残された。かみなりこんにゃくを口に入れてみたが、味のしないゴムを噛んでいるようだった。
 俺は、このときようやく、誰とも「今」を共有できてなかったことに気がついた。

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