雄手舟瑞物語#39:本番を待つ緊張-サックスのチューニングが今日は合っている
午後3時、暗いライブハウスの中。今日の出演は五組。僕らの出番は四番目だったので、リハーサルは逆順で二番目。着いてすぐに自分たちのリハの番が来た。そもそも即興演奏なのでリハで練習する曲はなく、とりあえずスピーカーとモニターの音量の調整をする。それに軽く流す程度に音を出す。
ここで軽い事件が起こる。マサアキのサックスのチューニングが今日は合ってしまってるようだ。普通は合ってるべきなのだが、それだと逆にマサアキの調子が出ない。
「どうしよっかな。今日はベースをメインで弾こうかな」とマサアキが言う。
進次郎はギターとベースを持って来ていた。演奏中に空気に任せて手に取る楽器を変えようというのだ。それに使うか分からないが、ライブハウスのスタッフさんにマイクも3本用意してもらった。
客席には出演する他のバンドが既に二組来ていて、僕たちのリハを聴いていた。僕らのリハが終わると、プロレスラーのマスクを被った人が「へー、君たち面白そうなことしてるね」とフレンドリーに声を掛けてくれた。さらにブッキングを担当したっぽいスタッフの女性の方が、丁寧な感じで「いつもありがとうございます。今日も楽しみにしてますね」と優しく声を掛けてくれる。僕にとっては初めての即興演奏ライブだし、こうしたメッセージをもらうとテンションが上がる。
僕たちは煙草を吸いながらちょっと休憩した後、リハの様子を見に行った。即興演奏のバンドは全然いない。僕はてっきり他の出演者も皆、即興演奏とかコンクリート・ミュージックとかをやるもんだと勝手に考えていたが、皆しっかり曲を披露するようだった。
僕は進次郎に「あれ、即興演奏するのって僕たちだけなの?」と聞いたら、「いつもそうだよ」と返事が返ってきた。その答えを聞くと僕は急に緊張感が高まってきた。進次郎は加えて「だから、いつも俺たちが呼ばれるのが自分でも不思議なんだよねー、アハハハ」と笑っている。
午後6時開場。意外と言ってはなんだが、用意されたパイプ椅子の分の半分以上の席が埋まっている。出演者の人徳か。進次郎のお姉さんも見に来てくれていた。
午後6時半開演。一組目、爆音のギターとシャウトが鳴り響く。デスメタル系だ。演奏がうまい。これがShowboatのイメージするノイズデーのサウンドかと思った。二組目、マスクマンのバンドの演奏が始まる。
「!!」
マスクマンがいない。激しい演奏が始まる。すると「ヒョエーーーー!」と言いながら、会場の後方からマスクマンが現れる。なんかコミカルな演出で、こちらも演奏が上手く、ファンと思われるお客さんたちが盛り上がっている。否が応でも僕の緊張は高まる。ふとマサアキを見ると大分飲んでいるようだった。
僕たちはライブ会場を出たり入ったりしながら自分たちの出番を待った。僕はよく周りから「雄手って、緊張しなさそうだよね」と言われるし、僕自身も「全然、緊張しない」と言っていたが本当は人並みに当然緊張する。高校生の時に初めてやったライブでは一曲目はギターからのドラムロールで始まるNirvanaのTerritorial Pissingsだったが、緊張の余り腕が回らず「ダダ、ダダダダダ、ダダダ、ダ、ダダダ」みたいな感じになってしまい焦ったのを覚えている。
出番十分前、とりあえず僕は煙草を3本まとめて口に加え、緊張してないぜアピールみたいなことを言う。が、余計緊張してくるのが常だ。ただ今回は「出来ないことはやらなければ大丈夫」と消極的な自己暗示を掛けて気持ちを落ち着かせる。
時刻は8時。僕らの出番が来た。前のバンドが片付けをするのと同時に、僕らはステージに上がってセッティングを始める。僕の緊張を察してくれたのか、マスクマンがなぜか僕にだけ「がんばれよー」と声を掛けてくれる。「えへっ」と強張った反応しかできなかった。
マサアキは、今日はサックスじゃなくてベースで行くと言っていたが、サックスを手に持ってスタンバっている。進次郎は、いつでも弾けるようにベースをスタンドに立て掛け、ギターの準備を完了させた。そして僕。タムを一個外してスリータムにし、椅子の高さを上げ、シンバルの位置をずらし、ハイハットの開き具合を調整して、「オッケー」と伝えた。
照明が明かりが落ちる。持ち時間は35分。
シャーのライブが始まる。で、でも、出だしはどうする・・・
(つづく)
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