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めんどくさい。

生きるのがめんどくさい。
周りから比較されるのがめんどくさい。
考えるのがめんどくさい。
働くのがめんどくさい。
歳を取るのがめんどくさい。
失敗するのがめんどくさい。
時計を気にするのがめんどくさい。
この世にめんどくさくない事など一つもない。

めんどくさいとは死んだ事と同じ
死ぬという事はなにもしない事で、めんどくさがる事は死に一番近い事である。

かといって、死ぬのは怖い。

この世に生まれて来てしまったから、
これまで生きてしまったから、
名前をもらってしまったから、
死ぬのが怖い。

友に家族に恋人に会えないのが怖い。
今までして来た事が無に帰って行くのが怖い。
二度と、名前を呼んでもらえないのが怖い。

生きる意味を他人に求めたくない
お金を稼ぐ事に、生きる意味を見いだしがち
幸せをはき違えたくない。
働いて飯を食う金を稼ぐ、
いつしか、幸せを求めて家族を作る。
家族を養うために働くのは幸せではないのにいつしかそれが幸せになる。
子供を育てる事が、妻を愛する事が人生ならば、本当の意味で人という個人の人生は元々他人のためにあることになってしまう。

だけれど、それが美しいとも思う。

もし、人の作り出したものが生き甲斐になるなら、人に生かされて死んで行くじゃないか。
私は、自分の人生とは、自分のために生きたいのである。
そして、家族とはその次である存在であって欲しい。
生きるのはめんどくさい。めんどくさいとは死んだと同じ事だけれど、死ぬのが怖いなら、死ぬほど生きて素敵な死に様にしたい。

子供の頃は演繹的な幸せを夢見て、
大人になると帰納的な幸せを構築する。
子供から大人になるのは、そういう事なのではないだろうか。

許されたくて
赦してあげたくて
緩したい、のである。

人が誰かを助けてあげる事は、例外無くすべて偽善だと思う。
利益が無かろうが助けるのは、偽善。

でもその偽善が美しいと思った。

生きるのはめんどくさい。
死ぬのは怖い。
でも生きるのはつらい。
でも美しい。