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悔いのない人生を ~AKB48『命の意味』~

AKB48・チームAの「目撃者」公演のオープニングは、なかなか衝撃的でしたね。
なにせ、「ベルリンの壁崩壊」の映像(後に、権利の関係からなのか、何かの暴動の映像に変更されている)が流れて、ステージ上にメンバーたちが倒れ込んでいる状態から始まるわけですから。
数あるAKB48の劇場公演の中でも、この「目撃者」公演は、極めてメッセージ性の強い公演だと言って良いのでしょう。
ラインアップされている楽曲もメッセージ性の強いものが多く、本編のセトリも『目撃者』で始まって『命の意味』で終わっている。

その本編最後の曲『命の意味』ですけれども、人生の意味や生きる意義について問いかけるような内容になっていて、やりたいことをやり、悔いのない人生を送ることが大切だと歌っています。

1番Aメロ

生まれた朝を 覚えていない
最初の記憶は母の笑顔
知らないうちに 立って歩き
言葉を知って 愛も感じた

ここでは、この世に生を受けてから幼少期の成長の過程を端的に表現していますね。
親や周囲の人々に見守られ、大切に育てられている小さくて非力な存在としての自分といったところでしょうか。

1番Bメロ

いつしか僕は大人になって
どこかへと向かっている
人混みに紛れ押し流されるように…

成長し大人になってくると、自分の足で広い世界へと歩き出して行く。
けれども、自分が何者であるのか、何をやりたいのか、まだまだはっきりとは自覚できていないわけです。
そのため、迷いも多く、周囲のノリやムードにも流されやすく、他人の影響も受けやすい。
ましてやこの国には、同調圧力などという鬱陶うっとうしいものまで蔓延はびこっている。
そんな中で、揺るぎなき自己を確立するのは、なかなか難儀なことですよね。

1サビ

この命を与えられた意味
僕は何のために生きるのか?
今ここで 考えたいんだ
時間を無駄にしていないか?
やりたいこと やっているか?

自分が生まれてきたことの意味、自分が生きていることの理由や目的、そういったことを誰しも一度は考えるのではありませんかね。
ただ、人が生きることには、もともと意味も理由もないのですよね。
意味とか理由とかいうものは、知性が高度に発達した人間の思考の産物にすぎないわけです。
ですから、自分の人生にどういった意味を与えて生きるかは、自分で好きなように決めれば良いことなのです。

大人になって自分の力で生きていくとなったときに、自分はどう生きていくのかを嫌でも考えざるを得なくなります。
自分が生きていることの意味は、誰か他の人から与えられるものではなく、自分自身が付与すべきものなのですよね。

いろいろなことを経験していくうちに、やりたいこともたくさん見つかる。
けれども、一人の人間が生きている間にできることなどたかが知れているわけです。
ただ漫然と時を過ごしている暇などありません。
本当にやりたいことや夢中になれるものが必ずあるはずです。
そういったわけでここでは、自分は今、本当にやりたいことをやっているのかと自分自身に問うているわけです。

2番Aメロ

終わりの夜に振り返るだろう
自分の人生 悔いはないか?
楽しいこととか悲しいこと
目を閉じた時 笑っているか?

自分の人生において未練や後悔は残っていないだろうかと、臨終の際にきっと思うことでしょう。
人生には、楽しいこともあれば悲しいことや苦しいこともたくさんあります。
それらをすべて受け入れたうえで、納得のいく人生を送ってきたか否か。
最後に目を閉じたときに、自分の人生に満足して笑っているだろうか、と問うているわけです。

2番Bメロ

それまで僕は前だけ向いて
ゴールへと歩いて行こう
誰もみな たった一つの道がある

自分が歩んで行く道は、他にふたつとない自分だけの道であるのだから、自分の夢や目標を目指して、最後のときまで歩き続けようではないか、といったところでしょうか。

人が生まれて、この世を生きていくことの究極の目的は、この世で死ぬことなのですよね。
生まれた瞬間から、死を目指して生き抜くことが、人生であると言っても良いのでしょう。
どのように生き抜くかは、自分自身が決めること。
言ってしまえば、死ぬために生まれ、死ぬために生きているということになるのでしょうかね。
そして、いかに死すべきか(いかなる思いで死んでいけるか)が人生最大の課題ということになるのでしょう。
つまり、死の間際、その生きざまを自分が納得できるか否かが大事になってくるわけです。

2サビ

この命を与えられた意味
僕が生まれて来た足跡
今ここで問いかけてみたい
大事な夢を持っているか?
次の朝を待っているか?

これまでの人生を振り返り、自分が生きていることの意味について、あらためて問いかけています。
自分の人生の意味付けは、あくまでも自分自身が行っていること。
その意味付けは間違っていないか、あるいは、その意味付けから外れた道を歩んでいないか?
そういったことを確認しているといったところでしょうか。

そして、生きることに希望や意欲をもたらしてくれるような夢や目標を持つことが大切なのだと述べている。
「次の朝を待っているか?」という問いかけは、明日も生きるという意欲の表れであり、未来に対する期待をも表しているのでしょう。
どんな困難や苦難が待ち受けていようとも、それらを乗り越えて、未来を切り開いて行こうということでしょうかね。

ラスサビ

この命を与えられたのは
一生かけて何かするため
そう僕が 僕であるために
夢中になれる何かがある
やりたいこと やっているか?

自分が自分であるための最低条件は、自分が生きていることの意味や目的を自分自身で定めることなのではありませんかね。
そして、その自分で定めた生きることの意味や目的をまっとうすることが、良き人生、悔いなき人生ということになるのでしょう。
そんな人生を送っているだろうか?
そう自分自身に問いかけているわけです。

この曲は、自問自答と自省の歌ではあるのですけれども、それと同時に、「あなたは、悔いのない人生を送っていますか?」と聴き手に問いかけている歌でもあるのですよね。

引用:秋元康 作詞, AKB48 「命の意味」(2010年)


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