恋の散り際の話

好きな人が、知らない間にデートをしていた。

久々に研究室の飲み会があった。
飲み会に行って酒を入れれば会話は盛り上がる。そうして恋バナが始まる。いつもの流れだ。もう何度も見た。
話の流れがおかしくなったのは、大学院から新しくやってきた先輩が
「○○駅(私の好きな先輩の最寄り駅)で✕✕(私の好きな先輩)が女の子と一緒に居るところを見た」
と言い出したのが原因だった。
彼はその男の人が自分より背が高く、服装の系統が好きな先輩に似ていた事、見かけたのが好きな先輩の最寄り駅だった事を根拠に好きな先輩を追及したのだが、かの先輩は否定するばかりだった。結局その人は本当に別人だった様だった。
そうして彼はまたいつも通り彼女はできていないのかと同期に問い詰められる事となった。
これに関してはもう何度も経験した流れだった上に私はいつも通り酒を飲んで気が大きくなっていたので、話に興味津々な振りをしていた。

「最後にデートしたのはいつ?」
「…去年の12月かなあ…」
時間が止まった。
彼が去年の春頃に交際していた人と別れたと聞いていた私はすっかり油断しきっていた。
「その人とデートするのは何回目?」
「…3回目」
「どうして告白しなかったの?」
「…なんかチキっちゃって…」
何処に行ったのかは訊けなかった。
結局のところ彼は未だに彼女が居ない様だった。
何故彼は好きな人(?)と3回もデートに行っておきながら思いも伝えず何も起こさず5ヶ月も経過させているのか。どうせなら知らない間に付き合っていてくれた方がまだマシというものだ。
以前に付き合っていた人には6回目のデートで告白したらしい。彼の思わせぶりで臆病な態度に泣かされた女性がきっと何人も居たのだろうな、と私は思った。

本格的に研究室で過ごす様になったら、好きな先輩が直属の先輩になった。
彼と彼の同期の可愛らしい女の先輩は研究テーマを上手く立ち上げられずに四苦八苦する私の相談に何度も乗ってくれた。ミーティングの資料を送ればチェックしてくれ、スライドの出来が悪ければチェックして修正してくれ、そんな事を実験をしたり自分の研究をまとめたりする合間にやってくれていた。
私は親身になって話を聞いてくれる彼らの事が好きだと思った。それは恋愛感情というより、先輩への尊敬の念だった。私は人間として彼の事が好きなのだった。

今となっては私は先輩と付き合う事を半分諦めていた。
幸い私は直近で「劇場版名探偵コナン 100万ドルの五稜星」を観に行っていて、ずっとコナンの事ばかりを考えていた。そして繰り返すが私は酒を飲んで気が大きくなっていた。
お陰で私は目の前で好きな人の恋バナが繰り広げられていた事実にそこまでショックを受ける事がなかった。
しかしながら、私は先輩の「デート」の話を笑って聞き流せるほどこの恋に見切りをつけられている訳ではなかった。

帰り道はずっと「ハッピーシンセサイザ」を聞いていた。
そんなもんだよな、と思った。

何となく先輩と距離を置いた。話しかけない訳ではないけれど、特に話す事もなかった。
折角Twitterをフォローしてくれている年上のお姉さんが
「そんなにいい人ならアプローチした方が良い」
と励ましてくれていたのに、特にアプローチの1つもせずに終わってしまうのが悲しかった。

本当はもっと話したかった。先輩が居て、同期が居て、先輩の同期の人達が居て、そこで生まれる賑やかで和やかな空気が好きだった。そんな空気の中でいつまでも話していたいと思った。先輩と直接話すのは気まずかった。

最近暑くなってきたからか、先輩がマスクをするのをやめた。
最初はマスクをしていない先輩には慣れなかったけれど、そのうち慣れた。
ある日、何の気なしに先輩の歯を見た。相変わらず歯並びは悪かった。そして茶色い染みがあった。これは私の我儘だけれど、もう少し白くあって欲しかったと思った。

恋の終わりがこんな感じだと悲しいと思った。

マッチングアプリというやつがある。合コンというやつもある。はっきり言ってそういうのを使わないと出会いなんてある訳がない。
ただ、私は合コンやマッチングアプリというやつを信じてはいない。そんなものを使ってまで彼氏なんて欲しくない。たまたま出会った人を好きになって、願わくばその人に好きになって貰いたい。
マッチングアプリが大嫌いだけれど、私に結婚して欲しそうな母親に
「でも最近はマッチングアプリとか合コンでも使わないと出会いなんてないよ」
と言ってみたら、
「学校に行く電車の中とかでさあ」
と言われた。マッチングアプリより非現実的だと思った。
私は一生1人で生きていく。

1回くらい、好きになった人に好きになって貰いたい。そんな経験を、1回くらいしてみたい。


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