四歩目『喪失』

昨晩、自身で主宰する劇団の次回公演を中止することを報告した。

大学で演劇を始めて三年が過ぎた。学業との両立、体調不良にも苛まれながら三回の公演で五本の脚本を創った。たくさんの方に観ていただいて、回を重ねるごとに成長できていたと思う。

劇団とはいっても私以外に固定の団員はおらず、企画のたびに大学の同期たちにオファーをして公演を打っていた。同期たちと芝居をするためにつくった劇団だ。しかし、その同期たちは就活の時期。私は病気で一年遅れをとっているため暇だが、彼らの邪魔はできなかった。

そこで今回は、後輩たちを座組に呼んだ。私以外の三十人全員が後輩。私にとって新しい取り組みだ。一時間半弱の脚本を二本用意して悩みに悩んで配役、舞台に立ち上がったイメージはできあがった。ここまでにのべ二ヶ月。あとは稽古をしながら演出をつけながら、役者たちと共にいい意味で私のイメージを壊す。スタッフたちとお客様を迎えるための準備を重ね、舞台を作り照明を吊り、本番を迎えれば役者たちが本の上で生きてくれる。こうやって一つ公演が終わる。目新しさへの不安は、稽古開始が近づくにつれ胸の高鳴りに変わった。今回も楽しみだ。そう思った。

私の胸の高鳴りの裏で、情勢はコロナウイルスに侵されていった。緊急事態宣言が出され、外出自粛を余儀なくされた。生活に必要不可欠でないものたちが停止した。大学の始業は延期され、オンライン授業も決定した。

演劇とは何か。自己表現か、エンターテインメントか。必要か、不必要か。私には何もわからない。ただ言えることは、私と一緒に作品を創らんとしてくれた後輩たちが、まず何よりも大切だということだ。危険に晒すわけにはいかなかった。書いた本も練った構想も、全て今回の役者、今回の座組に合わせて準備したもの。このメンバー以外で再現する気にはなれないから、言うなれば何でもない文字列と妄言になり果ててしまった。仕方ない。

覚悟を決めて全体ラインに連絡をした。全体宛てとは別に、一人一人にメッセージも送った。スケジュールも調整して参加してくれたみんなに、申し訳なくて仕方がなかったのだ。

心に中止と決めていても、実際に宣言すると来るものが違う。終わった。始めることもできずに終わった。世界中の人が同じような思いをして今を生きているのだろうが、そんなことは今はどうでもいい。

二年前の夏、同期たちと公演をうった。二作品、計八ステージを予定していた。しかし本番日、巨大台風が東京を直撃。大学の施設の閉鎖に伴って四ステージが中止になった。悔しかった。自分たちの力では抗うことすらできない大きなものを知った。再び苦汁を飲むことになろうとは、あまりに酷ではないか。

年長からの連絡に気遣ってか、みんなすぐに返信をくれた。優しさが沁みる。皆私にはもったいないほどに良い後輩だ。

この中止を無駄にしてはならない。コロナだから仕方ないと終わらせてたまるものか。その気概があってこその演劇人ではないのか。この惨状に打ち勝ち、復讐を果たさねば気が済まない。自分の決断は、敗走ではない。勇気の撤退だ。そう信じて、今は爪を研ぐ。

【今日の学び】 一陽来復

悪運が続いた後良い方向へ向かうこと。



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