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【短編小説】賢者のめがね

※この物語は、カクヨムのお題「めがね」に挑戦した小説です。


賢者カリレイは、当時珍しいめがねをかけていた。
丸いめがねで、つるの部分は紐だった。
このめがねを掛けながら、カリレイはたくさんの発見と発明をし、そして童話を書いた。

カリレイの死後、お金に困っていた子孫たちは、カリレイのめがねをオークションに出して売った。
めがねはとある貴族が手に入れて、長らく自分の屋敷にある美術品の展示室に置かれていた。

数年後、その一族に一人の子どもが生まれた。
レシィと名付けられたその子は、すくすくと育ち、大変頭が良かったが、可哀想なことに視力が弱かった。
さらに年々見えなくなっているようで、どんなに最新のめがねを用意しても見えないようだった。

レシィが11才の時、父親はふと、カリレイのめがねを掛けさせた。

「……お父様……! すごい! よく見えます!」

レシィは喜びの声をあげた。

「なんてことだ! 良かったな、レシィ! なぜカリレイのめがねだけ見えるのかはわからないが、レシィに新しい世界が開けたのは嬉しいことだ」

父親はたいそう喜こんだ。

紐の部分をつるに直し、レシィの頭に合うようにした。
レシィは一人で動ける分、以前より活発になり、読書が進んだ。
特に、カリレイの本、童話は読破した。

♢♢♢

ある日、街にサーカスが来た。
サーカス団は、笛や太鼓を鳴らしながら街を練り歩き、街行く人にチラシを配った。
3日後、広い空き地にテントをはって興行するらしい。

レシィと友人のナッシュが通過するサーカス団を道路脇で眺めていると、ピエロが飴をくれた。

「また明日も、同じくらいの時間にここを通るから、ぜひ見に来てね。おいしいお菓子をまたあげるから」

近くの公園に行き着いたサーカス団は、簡単な曲芸を始めた。

柔らかい体を使ったアクロバット、ジャグリング、スリルのあるナイフ芸。
大人も子どもも、みんな夢中になってサーカス団を見ていた。

「すごいね! 週末、一緒に見にいこうよ!」

ナッシュが言った。

「うん、そうだね……」

「……どうしたの? レシィは興味ない?」

「いや、そんなことないよ。楽しみだね」

レシィはそう言った。

♢♢♢

レシィは家に帰ると、図書室に行き、カリレイの『悪人全集』を取り出した。
歴史上、世間に強い恐怖を与えた悪人の、顔写真とプロフィールと起こした事件の詳細が書いてある。
大人が読んでも身の毛がよだつその本を、レシィは食い入るように読んだ。

翌日、レシィとナッシュはまたサーカス団が通る道に立っていた。

「やあ君たち! また会えたね! 今日はこのお菓子だよ」

その日はチョコレートだった。
また近くの公園でミニショーが行われた。
今日はセクシーなダンスだった。

その日の夜も、レシィは悪人全集を熱心に読んでいた。

心配したメイドが、父親にレシィの様子を話した。

「レシィ、どうしてそんな怖い本を読んでいるんだい?」

「お父様は、世にも不思議なことがあったら、すぐにそれを信じられますか?」

「え? そうだな。カリレイのめがねの奇跡を見たからね。今なら信じられるよ」

「では、これからそのようなことがあったら、私を信じてください」

「??? うん、わかったよ」

父親はとりあえずそう返事をした。

♢♢♢

翌日も、二人はサーカス団が練り歩いているところに行った。

「やあやあ! 今日も来てくれてるなんて、嬉しいよ! 君たちにはサービスだ」

ピエロは、クッキーとマシュマロをくれた。

「明日、午前と午後、2回ショーがあるから、絶対見に来てね!」

ピエロは満面の笑みで言った。

♢♢♢

その日の真夜中。
レシィとナッシュは、ピエロからお菓子をもらっていた場所の近くの塀から、こっそり道路を見ていた。

月は出ていたが、薄い雲がかかって仄暗い。

「本当に、来るのかな……?」

ナッシュが聞いた。

「きっと来るよ。カリレイの童話に『月夜のサーカス団』って話があるんだから」

レシィが答えた。

遠くから、笛と太鼓の音が聞こえる。
夜中の演奏なんて、みんな気づきそうなものだが、不思議とその音色は闇に溶け込んで、風や木々の音くらいに自然だった。
ギラギラと電飾で輝く馬車が見えてきた。
二階建ての家と同じくらいの大きさだ。
馬車の上ではあのピエロが笛を吹いていて、馬車の周りはサーカス団員が踊りながらパレードしている。

子どもたちが家から出てきた。
みんなパジャマ姿に裸足だった。

「さーかすだぁ!」
「おかしちょうだい!」

子どもたちは虚な目をしてゆっくり動く馬車に、自分から乗り込んでいった。

馬車は、子どもたちを乗せて、興行予定の広場に着いた。

「さあ、子どもたちよ! サーカス前日の特別イベント! 子どもたちだけのパーティーだ!」

ピエロが叫ぶと、空からおもちゃが光輝きながら降ってきた。

ぬいぐるみ、絵本、小さな自転車、サッカーボール……

子どもたちは、わぁ!と歓声をあげて馬車から飛び出した。
思い思いにおもちゃを受け取る。

広場は、目を輝かせて遊ぶたくさんの子どもたちで溢れた。

「楽しんでいただけたかな。では、さらなる夢の世界へ連れて行ってあげよう!」

ピエロが笛を構えた時だった。

「動くな!」

大人の大きな声がした。
大きなライトで馬車が照らされる。

一斉に警官たちが子どもたちに駆け寄り、抱きかかえて馬車から離れた。
子どもたちは突然のことに驚いて泣き始めた。

「子どもの誘拐容疑で逮捕する! 大人しく投降しろ!」

警官たちは銃を構えた。

「……まさか、お前らのようなマヌケな人間どもに、出し抜かれるとは思わなかったよ」

ピエロは恐ろしい顔をしながら言った。

団員たちは一斉に馬車の中に入った。
馬車から銃口が出て掃射する。
警察官たちは車や物陰に隠れた。
煙幕がはられ、あっという間に馬車は見えなくなった。

「今日は退散するが、次はみてろよ! カリレイ!」

ピエロの叫び声だけ聞こえた。

♢♢♢

「レシィ、一体今夜のことはなんだったんだい?お前の言う通り、警察には動いてもらって、被害者が出なかったのは良かったが、まだ私には何が起こったかわからないよ」

レシィの父親はそう言いながら、屋敷内の談話室でレシィとナッシュに温かいミルクを出した。

「俺もよくわかんないまま、レシィと一緒にいたんだけどなんだったの?」

ナッシュはレシィの顔を覗きこみながら言った。

「そもそも、このめがねが特殊であることから話しますね。このカリレイのめがねは、普通のめがねのようによく見えるだけでなくて、人間が動物に見えるんです。お父様は熊、ナッシュは狐です」

「ええ! ほんと?! 見せて見せて!」

ナッシュはめがねをかけたが、全てがぼんやりとして何も見えなかった。

「僕はめがねを掛けた時から、このめがねには何か意味があると思って、カリレイの著書を読み、その人生を辿りました。カリレイは、子どもの頃、弟と一緒に街に現れた笛吹の悪魔に連れさられ、そこから命からがら逃げ帰ってきました。大人たちは、誰も悪魔の話を信じなかったそうです。だからカリレイは、悪魔と戦うための発見、発明をし、悪魔の仕業と思われる世界中の話を集めて童話を作りました。子どもたちに警告するために」

「そんな過去があったのか……」

レシィの父親はしかめつらで腕組みをした。

「じゃあ、あのサーカスが来た時に、もう、あのサーカスは悪魔のサーカスだってわかったの?」

ナッシュがきいた。

「うん。このめがねをかけると、悪魔は人のまま見えるんだ」

「えー! 不思議!」

「だからカリレイの童話は、人間役は動物で、悪魔は人の姿なんだ。カリレイが見たままの世界なんだろうね。『悪人全集』は、カリレイが調べた限りの悪魔の顔なんだ。同じ顔、同じやり口がないか調べたら、あのピエロが子どもを誘拐する笛吹だった」

「うーむ、今だに今日起こったことが本当のことだとは信じられない。ちなみにお前たちは他の子と違って平気だったのは何でなんだ?」

「お菓子を食べなかったからです」

「やっぱり……知らない人からもらった物を食べちゃダメなんだねぇ……」

ナッシュはしょんぼりと言った。

「ふう、俺はもう頭がついて行かないよ。まもなく明け方だ。ひとまず今日は休もうか」

父親に促され、二人は子ども部屋に移動した。

♢♢♢

半年ぶりの裕福な子を食べそびれた
幸せの絶頂で食べるのが一番おいしいのに
100年前、団長がカリレイを連れて来なければ

「うるさいな! ああ、俺が全部悪かったよ! それでいいか!」

今回はどこにカリレイがいたんだよ?

「きっと、あのめがねのクソガキだ」

カリレイの生まれ変わり?

「違う。生まれ変わりなら、もっと早く気づいてた」

私、カリレイって知らないんですけど、何者ぉ?

100年前、俺たちは曲芸師として今のように菓子を配りながら街を練り歩いて、子どもをさらっていた。あの時は、貧乏なガキばかりだったから、あっという間に子どもは集まった。その中にカリレイの幼い弟がいた。カリレイは弟を助けるために紛れてついてきたんだよ。団長は、カリレイが菓子を食ってないと気づいていながら連れて行った。子どもだと侮っていたんだよ。

へー!団長ぉ、油断大敵ぃ。

「カリレイ兄弟から金持ちのにおいがして、美味そうだったんだよ!」

カリレイは持ち前の頭の良さと賢さで、子どもたちを逃した。怒った団長はカリレイを八つ裂きにしようとしたが及ばず、両眼を割いただけで、朝が来てしまった。

団長ぉ、子どもに負けてる……

「そうだよ! だから何?!」

カリレイは我々を倒すために研究を重ね、世界中に弟子がいるよ。ああ、また捕食活動が難しくなる。

お腹空いたよぉ

「貧しいガキならいくらでもいるだろ!」

幸せな子どもが食べたかったよぅ

「じゃあ、お前一人で狩ってこいよ!」

まあ、終わったことは仕方ない。団長、次はどこに行く?

「裕福な子どもが多いとこだろ?この小さい国はどうだ?」

ピエロの姿をした悪魔は、大陸の右端にある島国を指差した。

―完―

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