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病気のときも健康でした〜ポジティヴヘルスを考える〜


抗がん剤治療中にこんなことを思った。
「あぁ、ほんとに健康で良かった。
健康じゃなかったら、この治療は耐えられなかったかもなぁ」

乳がんという病気をしながら、健康だと言い張るわたしをおかしいと思うかもしれないが、本当にそうなのだ。
乳がん自体は痛くも、苦しくもない。身体の中の細胞が変異してがんになって、このまま放っておくと本当に「健康」を損ねるので小さいうちに叩いておきましょう、というのが「治療」だと理解している。
がんは発覚するずいぶん前に身体の中にできはじめているらしい。けれど、がんができはじめた後も、わたしはずっと健康だった。食欲もあり、身体もよく動き、よく笑った。
唯一、わたしから食欲や笑顔を失わさせ、身体を動けなくさせたのは病気ではなく、治療のための抗がん剤だった。・・・なんだかすごく皮肉で、逆説的で、不思議なものだけれど。(とはいえ、わたしは医療を否定するものではありません。手術をして抗がん剤をやって、おかげで元気に生きています)

2019年という年は本当にいろいろあった年で、6月に「ポジティヴヘルス研修」に参加した。数回の国内での概念的な研修の後に、本場のポジティヴヘルスの実践を体験するためにオランダに一週間の視察旅行。

この「ポジティヴヘルス」とは、すごく簡単に言ってしまうと、
「健康とは病気がない状態をしめすのではなく、肉体的・精神的・社会的な課題に対して対応できる能力」という考え方・コンセプトである。

ちなみに現在、正式な「健康の定義」として使われているのは1947年(70年前!古っ!)に採択されたWHO憲章で「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」です。
でもさぁ、この定義だと、ものすごく多くの人が不健康になるよねぇ。年をとって膝が痛いとか、ひとりでクリスマスを迎えるのは寂しいとか、同期が自分より早く出世して悔しいとか、そういう人も不健康??そもそも「すべてが満たされた人」なんているのか??

で、私といえばオランダから帰った2ヶ月後に乳がんであることがわかった。
WHO的には確実に私は不・健康であり、非・健康だ。
ただポジティヴヘルス的には、ものすごく健康だった。

乳がんという課題が生じたが、抗がん剤に耐えられる体力があり、全面的に支えてくれる家族がおり、両側乳房全摘の手術の精神ダメージも乗り越え、治療中も断続的な勤務を許してくれる職場の仲間との関係を保つことができたなんて。

なんと健康的なことか!

わたしが「肉体的に病気のない状態=WHO健康」になるための医療・治療を乗り越えるためには、そもそも「課題に対応できる能力=ポジティヴヘルス健康」が必要だったのよね。

ポジティブヘルスの健康の概念は広い。
たとえば寝たきりになった人が、唯一残された表現能力である視線を使ってコミュニケーションをとり、幸せを感じながら生きている。それってとても健康的!
パートナーをなくしてひとりで引きこもるように暮らしていた人が、地域のボランティアに参加しようと動きはじめた。それもとっても健康的!
なにかを失ったり、なにかができなくなっても、自分の幸せを諦めずに何らか動き出したり、働きかけることができれば、それは健康の印〜!

ちなみにポジティヴヘルスでは、現在の自分の状態を知るために、自らの状態を6つの軸でアセスメントしてクモの巣チャート(レーダーチャート)を描く。「身体の状態」「心の状態」「生きがい」「暮らしの質」「社会とのつながり」「日常の機能」。

こうしたレーダーチャートを見ると、多くの日本人ってどうしても凹んだところが「欠けている」と気になってしまううんだよね。・・・いつの間にか、そういう視点がすり込まれているね。
けれどもポジティヴヘルスではそういう見方はしない。レーダーチャートを見ながら対話によって「自分にとって幸せはなにか?そのために自分は何ができて、何をやっていきたいか」を見つけていく。対話の相手に、やりたいことをやれる自分になるためには、どうしたらよいのか?と問われる。
できないこと・原因をつぶしていく「医療」とは反対で、できることを伸ばしていくコーチングのアプローチなのよ。
 
研修で医療者たちが自分のクモの巣チャートを作ってみると、健康だったと思っていた自分が、実はやりたいこともできずに不健康だったと気づいたり。寝たきりの患者さんと対話して「患者さんの方が自分よりずっと健康だと思った」なんてこともあった。

この研修を受けている時、「とはいえ自分が、がん等の大きな病気になった時にはうろたえて、メンタル傷ついたりするんだろうなぁ」と漠然と思っていた。でも実際には、数ヶ月後に自分は自分で思っていた以上に健康だということを確信することになってしまった。

病気がわたしの健康を証明してくれたとは皮肉なことだけれど、面白い。

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