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ショート ショートショート 0004

_神さん


「神さん、見えるか?」

 背後からおっさんのだみ声がした。

 私は小さく、まだ一人で出歩くには不安をおぼえる歳で、

 川沿いの小道から、下方の流れのようすを見ていた。

 そのとき、突然、知らないおっさんが声をかけてきたのだ。

 なぜ、私がそこに一人でいたのかはおぼえていない。


「神さんいてるやろ? 見えるか?」と、だみ声は言う。

 ぼくは「神さんって目に見えるのか?」と、心のなかで思った。

「神さん、ほんまにおんの?」と、おっさんに尋ねた。

「神さん、いてるやろ? ほら、あの、隅のほう、よう見てみ」

 と、おっさんは、せまってくる。

 ぼくは、おっさんの指し示すほうを凝視するけれど、そこに神さまの姿はない。

 目に入るのは、ごろっとした石や、水の流れだ。

 神さまなんて、どこにも見あたらない。

 山の上から流れてきた清水は町の生活排水が混ざって汚水に変わる。

 神さまどころか下界の水が、ざざざ、ざーっ、と流れていくのみである。

 すこしだけ段になったところ、小さな堰に、滝ができていた。

 その端っこのほう、そこにどうやら神さまはいてはるらしい。


 業を煮やしたおっさんは、

「なんでや? いてるやろ? 神さん、見えへんか!」

 と、その口調は、はげしさを増す。

 ぼくはだんだんと不安になる。

 ぼくは、なんとなく神さまのことを、袴をはいた神主のような出で立ちの小さな男を想像していた。

 小さいからなかなか見つからないんだ。

 「神さん、どうか見えますように」心のなかでお願いをする。


 おっさんのだみ声が金切り声に変わるまえに、ぼくは「うん、見える」と、ごまかした。

 夕焼けがきれいだった。

 ほんとうは、夕焼け空だったかはわからない。そんな情景を描写したくなった。


「見えるやろ! なっ、いてるやろ、神さん!」

「うん」

 すると、おっさんは満足したのか、すたすたと歩き去った。

 のこされたぼくは、小さな滝の端っこを凝視する。「神さんって目に見えるのか?」と、心のなかで思った。

 ぼーっとながめていたら、黒っぽい甲羅がごろっと動いた。

 首をのばしていた。


2020年8月19日 セサミスペース M (Twitter


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