見出し画像

No.44 そんなこと急に言わないでよー

子供たちが小さかった頃、私たち家族は夫の両親に会う為、
毎年夏休みにアメリカを訪れていた。
夫が何も言わずに忙しく出張し続けていたのは、その為でもあった。
その為とは、飛行機のマイルだ。
あれだけ四六時中国内でも海外でも出張していればマイルも貯まる。
毎年家族4人で日本と北米を往復できるくらい貯めていた。(マイルを)
時には「今年は足りないマイル分は五万円だった」ということもあった。
五万円で四人でアメリカに行けるなら高くはない。
現地での宿泊は夫の両親や親戚のところだし、超格安旅行だった。
時々「毎年アメリカなんて優雅でいいな~」と言われたけれど、
全てマイルのおかげだ。

ある年、年が明けた頃から、夜になると私の父から頻繁に電話がかかってくるようになった。普段は無口だけれど、お酒が入ると陽気になる。
お酒を飲んでいい気持ちになった頃に電話をかけてくる父だった。
「遊びに来いよ。みんなで遊びに来いよ」
父は毎回そう言った。
「うん、また予定をたてて行くからね」
「そうか。待ってるよ」
そしてまた別の日に電話がくる。
私が家族と実家に行くのは、年末年始とGW。それぞれ二、三泊させてもらい帰ってくる。

その年は早い時期から夫が「今年は8月に長期で仕事が入るかもしれない」と言っていた。
4月になるとそれは決定し、私たちはアメリカ帰省はしないことになった。
夫に念を押したら「今年は行かない」そう言った。

私はその次に父から電話が来た時に
「今年はアメリカには帰らないことになったから、
夏休みに長くいられるよ」と伝えた。
「そうか」
そう言う父の声は嬉しそうだった。
その後、父からの電話はピタリと止まった。
気が済んだのか、安心したのか、楽しみにしてくれていたのだと思う。

確か六月の終わりころ、出先にいた私に夫から連絡がきた。
「今、航空会社のサイトを見ているんだけど、マイルで四人分席が取れる」
「このまま予約してもいい?」

「予約? 今年はアメリカは行かないって決めなかった?」
仕事はどうなった? 八月は仕事の予定が入っているのではないの?
いろいろな考えが浮かぶ。
「早く。今決めて」
今って。そんな突然。
急に言われても、手元にスケジュールのわかるものがなかった
「今は答えられない。スケジュール見ないとわからない」
長い夏休み、子供と三人どうやって過ごすかは母親にとっては重要案件だ。
こちらは色々と予定を入れてある。水泳教室の夏季講習とか。他にも色々。
支払いだって済ませてあるのだ。
何より、父と約束をした。今年は夏休みに長く帰れると。

「今だよ。今決めて。直ぐ返事もらわないと、マイレージのチケットなんて直ぐになくなる」

水泳教室より何より、私は父をがっかりさせたくなかった。
あんなに嬉しそうだったのに。

「早く決めて」

「………………」

「いいよ。とれば」

「オッケー。サンキュー」

父に何て言おう。
「そうか。気を付けて行って来いよ」
きっとそう言う。
でも、あんなに嬉しそうだったのに。
あれから電話をかけて来なくなったのに。
私たちが行く夏休みをどのくらい楽しみにしているんだろう。
でも、もうチケット取ったし、どうにもならない。

夫に対して腹が立った。
行かないって言ったり、突然、何の相談もなく、飛行機のチケットをとろうとしたり、こちらの都合も考えて欲しい。
「今」連絡してきて「今」決めろって、なんて自分勝手な人なんだ。
そんな思いを抱えて、しばらく苦しい時間を過ごした。
夫を嫌いになりそうだった。

時間をかけて何とか自分の中で折り合いをつけた。
言い出したのは夫だけれど、決めたのは私。
「行かない」と言うこともできたけれど、そうしなかったのは私だ。
自分で選んだことだ。父との約束など、夫はしらない。
何週間かかけて、気持ちは落ち着いていった。
大丈夫だ。なんとか乗り切った。

でも、その年はアメリカには行きたくなかった。
ずっと、「行きたくない……」その思いは消えなくて、
空港まで迎えに来てくれた夫の両親の顔を見るまで
「行きたくない」そう思っていた。本当に嫌だった。
でも義両親と会い、何日も一緒に過ごして気持ちは落ち着き、
「来てよかったんだ」そう思えた。

夫の両親は私の両親よりも一回り以上年上で、既に80代になっていた。
後悔しないようにしたい。
そう思っていた。
その年アメリカ行きを止め、会わずにいて、もし、義両親に何かあったとしたら、私はきっと後悔する。取り返しがつかなくなってしまう。
夫に申し訳ない。
それが一番の理由だった。

結局私は父と話をする機会がなく、何も伝えずにアメリカ行きを決行してしまった。父はきっと母から聞いてがっかりしただろう。
約束を守れなかったこともそうだけれど、
実家には行けなくなったと、父に直接伝えなかったことが一番心残りだった。

この回は続く。

今日も幸せな一日でありますようにる

Love & Peace,







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?