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境界線について

「新宿駅が江古田にあると楽しいけど」とガール・フレンドが言った。
「新宿駅が江古田にあれば、それは江古田駅です」と運転手が反論した。
「でも小田急線も一緒についてくるのよ」と彼女が言った。
「話をもとに戻そう」と僕は言った。「もし駅に互換性があったらどうする?もしだよ、もし国電の駅が全部マス・プロダクトの折りたたみ式で新宿駅と東京駅がそっくり交換できるとしたら?」
「簡単です。新宿にあればそれはそれは新宿駅で、東京にあれば、それは東京駅です」
「じゃあそれは物体についた名前ではなく、役割についた名前ということになるね。それは目的性じゃないの?」
 運転手は黙った。しかし今回の沈黙はそれほど長くは続かなかった。
「私はふと思うのですが」と運転手は言った。「我々はそのようなものに対してもう少し暖かい目を注いでやるべきではないでしょうか?」
「というと?」
「つまり街やら公園やら通りやら駅やら野球場やら映画館やらにはみんな名前がついてますね。彼らは地上に固定された代償として名前を与えられたのです」
 新説だった。
「じゃあ」と僕は言った。「たとえば僕が意識を完全に放棄してどこかにきちんと固定化されたとしたら、僕にも立派な名前がつくんだろうか?」
 運転手はバックミラーの中の僕の顔をちらりと見た。どこかに罠がしかけられているんじゃないだろうかといった疑わしそうな目つきだった。「固定化といいますと?」
「つまり冷凍されちゃうとか、そういうことだよ。眠れる森の美女みたいにさ」
「だってあなたには既に名前があるでしょう?」
「そうだね」と僕は言った。「忘れてたんだ」

村上春樹『羊をめぐる冒険』

学問分野ディシプリンの境界線を越えることは、その分野で自然なものとされているモデルや慣習、そして修辞レトリックに対して、新たな疑問が投げかけられ新たな洞察が獲得されることを意味する。分野横断的クロス・ディシプリナリーな問いかけは新たな文脈で知を捜索する機会を提供してくれる一方で、それは同時に、ある分野で受け入れられている物事を理解するための方法という聖域を侵す可能性を孕んでいるがために、破壊的な企てでもある。最も強固に守られている境界の一つが、自然科学ナチュラル・サイエンス人文科学ヒューマニティーの間のそれであろう。

Valerie D. Greenberg"Transgressive Readings: The Texts of Franz Kafka and Max Planck"(引用者訳)

先日、大学の卒業式があった。いろいろなことがあったが、この3月で、私は大学の学部生としての4年間の生活をひとまず終えることになる。

私の4年間を思い返せば、「境界線」というキーワードが常に関わっていた気がする。大学1年生の教養科目ではいろいろな授業を取っていた。例えば古典関係の授業で逢坂の関について調べたことがあった。「関所」は、道と道の境界線だし、こと逢坂の関は京都みやこの中と外を隔てる特に重要な境界線だった。また、政治学の授業で日韓関係(特に両国の間の歴史問題)について調べる課題が出されたときにも、両国の国民の間にある物理的な境界線と精神的な境界線について整理したレポートを書いた(受講生が大勢いた中でこのレポートを先生に褒めてもらえたことは、学部生時代のとても嬉しかった記憶の一つだ。大学1年生の年末年始休みをほとんどこの課題に捧げたのが良い思い出として想起されるのは、この結果があってこそだから。)

だから私の学部生としての最後の日に、私は境界線についての文章を書こうと思う。境界線は身の回りにたくさんある。目に見えるものもあるし、目に見えないものもある。境界線とはなんなのか?それはここ数年の私にとってずっと大きな問題だったし、これからも大きな問題であり続けると思う。私が4年間を過ごした東京大学教養学部は「越境する知性」をスローガンとして掲げている。境界線とは何か。それを「越える」とはどういうことなのか。それをじっくり考えるのが、私の大学生活におけるさだめのようなものだった。

経済学について

「大学では何を勉強しているのですか?」という質問をされた経験は何度かあったが、これは最後まで答えの見つからない問いだった(4月から大学院生になっても、おそらく同じ質問に同じく苦しめられるのだろう)。所属は教養学部だが、「教養を勉強しています」とはとても答えられない(大学で勉強するような「教養」が何なのか、うまく説明できる自信がない)。専攻分野は相関社会科学らしいが、「相関社会科学です」と答えた記憶もない(相関社会科学が何なのか、さらにうまく説明できる自信がない)。

だからそういう質問をされた時には、私はとりあえず「経済学です」と答えるようにしている。はじめは経済学が勉強したくて大学に入学したのだし、今でもギリギリ経済学と言って差し支えない分野を中心にお勉強をしているつもりなので、これが答えやすいし嘘にもならないラインの解答だ。

その答えをして、さらに具体的にどういうことをやっているのか、と聞かれたときに初めて、私は自分が経済学史、すなわち経済学の歴史というものに興味があるということを伝える。現代の最先端の経済学を専門としているというよりは、100年近く前にケインズがどういうことを言ったとか、それが現代の社会経済や経済学とどういう関係にあるかとか、そういう経済学と歴史学のあいのこみたいなことをしています、と(ちなみに、経験上ケインズが最も多くの人に名前が通じる経済学者だからこの例を出しているだけで、私自身はケインズについて大した知識を持っていない)。

経済学というのは非常に微妙な学問だ。何がどうして微妙かというと、これもまた微妙な話だが、少なくとも大学1年生の時は「文系と理系」という境界線を考える上で微妙な学問だと私は思っていた。「経済」は極めて社会的な現象だ。基本的に、人間の活動以外の物事に「経済」という言葉を用いることはないし、経済学が人間の活動以外を対象とすることは少ない。だから(?)一応、経済学部は日本の多くの大学では文系学問、いわゆる「社会科学」として位置付けられている。

だが、経済学はそのような「社会科学」の中でも控えめに言ってかなり特異な学問だ。そこでは、ミクロな経済現象があたかも中立的ニュートラルな自然現象のように捉えられたり、マクロな経済そのものが人間の創造物というよりは巨大な機械や生物のように扱われていたりすることの方が多い。また経済学という学問の実践で用いられている技法を見ても、高度な数学的議論や科学的モデルを用いた研究が主要である。経済学は間違いなくひとつの科学サイエンスであるという意見が主流だろうし、その性質としては他の社会科学の諸分野よりも自然科学に近いものであるという感覚も、経済学を真剣に学んだ多くの人に根付いている気がする。

たとえば、ミクロ経済学のポピュラーな教科書である『マンキュー経済学』の冒頭は典型的だ。経済学の教科書で、最初に登場する人名がクセノフォンでもアダム=スミスでもなくアインシュタイン!

1 科学者としての経済学者
 経済学者はみずからの研究テーマを科学者の客観性をもって取り扱おうとする. 経済学者が経済を研究するときには, 物理学者が物質を研究したり, 生物学者が生命を研究するときとほぼ同じようなアプローチを用いる. 経済学者は,理論を生み出し, データを集め, それを分析して理論を確かめたり棄却したりするのである.
 初心者にとっては, 経済学が科学であるという主張は奇妙なものに思えるかもしれない. 経済学者は試験管も顕微鏡も用いないからである. しかしながら, 科学の本質は科学的方法にある. 科学的方法は世界の仕組みに関する理論を冷静に構築し, それを検証することからなっている. この探究方法は, 地球の重力や宇宙の進化の研究にも, 一国の経済の研究にも同じように適用できる. アルバート・アインシュタインがかつて言ったように, 「すべての科学は日常の考え方を洗練したものにすぎない」のである.
 アインシュタインの言葉は, 物理学のような自然科学にも経済学のような社会科学にも同じように当てはまる. しかし, 多くの人々は社会を科学者の目でみることに慣れていない. 経済の仕組みを調べるにあたって, 経済学者が科学の論理を適用する方法をいくつかみてみよう.

N・グレゴリー・マンキュー(足立英之、石川城太、小川英治、地主敏樹、中馬宏之、柳川隆 訳)『マンキュー経済学Ⅰ ミクロ編[第4版]』

こんなわけで、経済学は非常に「理系的」な学問でもあり、「文系的」な学問でもある、というのが、経済学を学び始めたときの私の感覚だった。今の私は(つい最近まで大学受験に必死な高校生だった大学1年生の時とは違い)「文系」「理系」というカテゴライズにそれほど愛着を持っていないので、「自然科学的」「社会科学的」などという言葉に変えるだろうが、まあそれでも、境界線で分け隔てられたそういう学問分野のカテゴリーのうち、どこに属しているのかが非常に曖昧な学問だと思っているという意味では変わっていない。

【追記】
この記事を書いた後に知ったのだが、マンキューは経済学への夢と希望を抱いた学生向けの教科書だから、半ばリップサービスでこんなことを書いたというだけだったようだ。
New York Timesへの寄稿文では、マンキューは「政策提案を行う経済学者についての本当は知られたくない秘密(a dirty little secret of economists who give policy advice)」として、経済学者は科学者である一方で(自身の主観的な立場、あるいはあまりにもナイーブな功利主義的立場を擁する)政治哲学者でもあること、(現代の)経済学は「まるで2世紀前の医学のような」、「完璧からは程遠い科学」であることを説明している。(先の教科書を書いたマンキューとこの論説を書いたマンキューが同一人物だとは信じ難いが、)政策提言を行う経済学者として積極的に政治の現場に携わり、米国大統領経済諮問委員会(CEA)委員長も務めた彼がこんなことを言っているというのはなかなかに衝撃的だ。

「サイエンスウォーズ」の衝撃

コロナ禍がはじまったのは、私がちょうど大学1年生から2年生に進学しようとしていたあたりの時期だった。この出来事は、「科学」と「非科学」の間の境界線に対する私の関心を強くもたらした。ウィルスの解析や治療薬、ワクチンの開発。目覚ましい「科学」の活躍とちょうど鏡合わせに、社会は「科学」と「非科学」の選別を始めた。そして「非科学」とされた意見や言説、そして人々には、たくさんの石が投げられた。「科学」をめぐって、大きな分断がもたらされているような気がした。私がはじめてnoteに投稿した文章も、この現象に対する困惑が大きな原動力だった。

https://note.com/aureamediocritas/n/n5c13f23a0879

そんな経緯があって、私は一時期経済学をほとんど離れ、科学哲学や科学社会学、科学技術社会論にハマっていた。その中で知ったのが、少し前にアメリカの学術界を中心に起こった「サイエンス・ウォーズ」という事件だった。

「サイエンス・ウォーズ」がどのような出来事か、詳しい説明は上述の記事に委ねる。要するに、自然科学に携わる物理学者らと、(特に科学の仕組みやその背後にある社会的利害について研究する分野の)人文・社会科学者との間で起こった論争ウォーだ。

正直に言えば、「サイエンス・ウォーズ」に登場する人たちは全員私の目にはよくは映らなかった。標的にされたポストモダン思想家たちはたしかに物理学者たちのいうようにある面では「裸の王様」だったが、それを攻撃した物理学者たちの口調ややり口は高慢で卑怯だとも思った。「越境する知性」を掲げる学府にいる人間としては、こうやって学問分野の間に境界線を引いて「戦争」をしていた時代はもう過去となったと信じている。

当時の私にとって衝撃的だったのは、一連の「戦争」のなかで、アラン・ソーカル(物理学者)の矛先が経済学にも向けれらていたということだった。

……社会科学における科学主義。この論点は奇妙だと思うかもしれない。科学主義というのは、すべてを物体の運動や自然淘汰やDNAに還元しようとする他ならぬ物理学者や生物学者の犯した罪ではないのか?その答えは、イエスでありノーでもある。議論を進めるために、仮に「科学主義」とは、単純ではあるが「客観的」で「科学的」と思われる方法を用いれば、非常に複雑な問題さえも解決できるという幻想を指すものとしよう。(もちろん、他の定義も可能である。)こういう幻想に負けてしまったときに必ず生じる問題は、あらかじめ前提とされている枠組みに当てはまらなければ現実の重要な側面も忘れられてしまうことだ。悲しいことだが、このような科学主義の実例は社会科学に掃いて捨てるほどみられる。とりわけ、計量社会学、新古典派経済学、行動主義、精神分析学、マルクス主義における一部の流派をあげることができる。

アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン(田崎晴明、大野克嗣、堀茂樹 訳)『「知」の欺瞞』(強調は引用者)

今思えば、経済学を学び始めた頃から抱いていたこの学問の位置付けの曖昧さへの疑問と、この衝撃が根っこになって、私は今の経済学の歴史という分野に最終的に定着したのだと思う。経済学はどういう「科学」なのか?経済学とそれ以外の学問との間の境界線はどのような経緯で引かれてきたのか?そういう歴史的な問題への関心が、次第に私の中で浮かび上がってきた。

結局、コロナ禍の精神的にも内容的にも混沌としていた学業生活を経て、私は経済学(に近いと思われる領域)に帰ってきた。なんだか遠回りをしたようで、経済学を少し俯瞰して見てみたり、逆にその学問的な良さに没入したりという「距離感」の調整ができるようになったという意味では、この時期の読書と勉強の経験は悪くなかった気がする。

後から知ったことだが、社会科学の中でもとりわけ、経済学は科学哲学や科学論との相性が良い分野なようだ(経済学史・経済学の哲学分野では、W.ハンズ『ルールなき省察』のような、科学論と社会科学の哲学を結びつける他の社会科学分野には(おそらく)ない個性的な視座からの研究が蓄積されている)。きっと、私と同じような関心や経路で経済学と少し”ズレた”付き合い方をすることになった人は世界各地にいるのだろう。学問の世界では「オリジナルである」必要性が強調されるが、似たような研究をしてきた先人がいるという事実からもらえる安心感も同じぐらい重要だと思う。

「越境」はできない

経済学はどういう「科学」なのか?経済学とそれ以外の学問との間の境界線はどのような経緯で引かれてきたのか?

残念ながら、「旅」(というかちょっとした「家出」)を経てぼんやりと形になってきたこれらの問いに対して、私は全く答えを出せていないし、これからも出せないと思う。この問いはあまりにも大きすぎるし、曖昧すぎるからだ。

でも、4年間「境界線」というものにいろいろな形で関わってきて、少しわかったことがある。それは、たいていの場合境界線は存在しない、ということだ。

私たちはよくいろいろな物事の間に境界線を引くが、それはそうすることが認識的に便利だったり、現実社会の手続き上必要だったり、そうすることで無益な争いが防げたり効率的だったりするからであって、境界線があるという事態はそれほど自然なことではない。境界線は、物事を認識したり、社会的に区別したりする人間に特有の概念だ。現実世界の大抵の物事はもっとずっとスペクトラムで、それを無理やり分類したり、境界線で隔てたりするのは人間の側であることがほとんどなのだろう。

スペクトラム
境界線と分類

この考え方は私に、「国際的 International」と「地球規模 Global」という二つの言葉の違いを想起させる。InterーNationalすなわち国家 Nationの間を越境するという言葉は、国と国、ネーションとネーションの間の境界線が存在するということが暗黙に想定されている。日本やアメリカや中国で活躍している人をインターナショナルな方と言ったりするが、それは日本やアメリカ、中国という「国」同士を隔てる境界線があって、その人がその境界線を超えて活躍している、という意味だ。

「グローバル」のほうは、境界線の存在を前提としない。例えば地球温暖化は「グローバル」な問題だが、それは二酸化炭素などの温室効果ガスは国境なんて気にせずに地球全体を温めてしまうからだ(温室効果ガスが主権国家の概念を理解して、自分を発生させた国の上空の空気だけを温めるようになってくれれば温暖化問題は一挙に解決すると思うのだが…)。ところが私たち人間はほとんどの場合、こうしたグローバルな問題を国際的インターナショナルな枠組みで解決しようとする。国ごとに温室効果ガス排出量の減少目標を定めたり、国際会議で話し合ったりするのは、その方が問題の解決に効率的だからであって、当の地球本人(本星?)は日本がどうとか中国がどうとか、そういう問題には興味がないだろう。

話が逸れてしまったが、私が現状思っていることはこういうことだ:「越境する知性」は不可能なのではないか。なぜなら、境界線がどこにあるのか私にはわからないから。

境界線が見えているのならば、「越境」することの意味は簡単だ。上の図の赤い領域から黄色い領域へ、ひょいと跨いでいけばいい。でも、「自然科学と社会科学」とか、「経済学と社会学」とか、どこにあるのだかよくわからない境界を越えることは原理上不可能だ。境界線が画定されていないのならば、なにもはじまらない。

だから私は、理想論としては、インターナショナルに対応するような「学際的 Inter-Disciplinary」な研究ではなく、グローバル に対応するような感覚で「越境する知性」を実践したいと思っている(Globalに対応する言葉がないのが残念だが 【以下追記:「antidisciplinary」(脱専門的)という言葉があるらしいが、私が思うこととは少し違った。私は何も「オリジナリティ」とか「新しさ」、あるいは「一つの科学への融合」[←これを読んだ時に、昔のウィーン学団の「統一科学」運動を彷彿とさせる言葉だなと思った。残念ながら私はあまり論理実証主義のファンではない]が学問の至上唯一の価値理念だと思っているわけではないからだ】)。

これが、境界線について考えた結果、経済学なのか歴史学なのか哲学なのかよくわからない極めていろいろなものが混ざり合った謎の領域に辿り着いた私なりの、4年間の答えなのだろう。

2023/03/31


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