見出し画像

新刊『未顧客理解』を先行公開:日本初「買わない人」を理解する教科書

こんにちは。マーケティングサイエンティストの芹澤です。この度、2年ぶりの著書となる、"未”顧客理解:なぜ、買ってくれる人(=顧客)しか見ないのか?が日経BPから発売されます(6/17~Amazon、6/20~全国書店)

 本書は、「買わない人=”未”顧客」を理解して、事業を成長させるための教科書です。近年は、ファンやロイヤルユーザーなどの「顧客=買う人」に注目が集まっていますが、事業の成長には「未顧客=買わない人」にも目を向ける必要があります。どの企業のどんな商品でも、知らない・買わない・興味のない未顧客が市場の大半を占めているからです。

 しかし、ノンユーザー(非購買層)の理解の方法や、ライトユーザーへのマーケティングは日本ではあまり知られていません。「言われてみれば、未顧客にしっかり目を向けたことはなかったな・・・」という方も少なくないのではないでしょうか。「顔が見える顧客」には注意が向いても、「顔が見えない未顧客」には、そもそも注意が向きません。顧客については様々なデータが集まります。しかし、未顧客は購買行動を起こしていないためデータがありません。データがなければ、「どうしたら興味を持ってもらえるか、買ってもらえるか」という打ち手を考えることもできません。

未顧客理解のジレンマ

 しかし、事業を成長させるには、どこかで「無関心な消費者」と正面から向き合う必要があります。筆者の周りにも「無関心層からは逃げていた」というマーケターが思いのほか多くいらっしゃいます。このように未顧客に関しては、「顔が見えない無関心な人たちを、どのように理解すればよいのか」という議論自体が不足していると思います。本書は、そのような現状に一石を投じるために上梓しました。

 顧客の視点に立つ。お客さまを大切にする。言うのは簡単ですが、「具体的に、何をどうすることなのか」という原理原則がなければ、独り善がりのマーケティングになります。本書は、海外の豊富な先行研究と先進事例に基づき、「なぜそうするのか」というエビデンスを明確にしながら、未顧客を理解して市場拡大するためのマーケティング原則を解説しています。

 このnoteでは、『未顧客理解:なぜ、買ってくれる人(=顧客)しか見ないのか?』の冒頭部分を先行公開します(note用に編集したものです)。少々長いですが、よければ読んでやって下さい。


はじめに

 あなたが何か商売をしているとして、「商品を買う人」と「商品を買わない人」、どちらの話に耳を傾けますか。普通は「買う人」、つまり顧客の声を聞き、顧客のデータを分析すると思います。「買わない人のことを考えよう、買わない人を分析しよう」という商売人はあまりいません。しかし、世の中の大半は、あなたの商品やサービスを知らない、知っていても興味がない“未”顧客たちです。

 本書はそんな「未顧客を理解するための本」です。全く買わないノンユーザーや、たまにしか買わないライトユーザーが主役の本です。ファンやヘビーユーザーを育成する本ではありません。既存顧客の満足度を高めたり、リピートや推奨を増やしたりする本でもありません。あなたのプロダクトやサービスに興味がない人、今まで買ってくれなかった人を理解して、新しく1回買ってもらうための本です。

 タイトルに顧客理解と入っていますが、「顧客を大事にしよう、顧客視点って大事だよね」という姿勢や心構えを書きつづった本ではありません。また、「私はこういうやり方で一山当てました」という成功事例を紹介する本でもありません。新しい市場や利用機会を生み出すために、「商品やサービスを買わない人をどう理解して、どうマーケティングに落とし込み、買ってもらうか」という視点やスキルを解説する本です。

 本書を読んだ後に身に付けられるのは、「消費者の生活の中にブランドとの新しい接点を作り出すための基本原則」と、「現在のブランドを再解釈することで、より多くの人に興味を持ってもらうためのフレームワーク」です。これまで100以上のブランドで活用されてきた内容を書籍用に整理したものです。

 前提となる知識やスキルは何もありません。一部数学的な内容も含みますが、マンガや図表を多用して解説するので、マーケティングは初めてという方でも理論と実践手順をバランスよく理解できると思います。抽象と具体、理系思考と文系思考を行き来して、複眼的に未顧客を理解したいという方は楽しめると思います。逆にどちらかにしか興味がない方(例:データ分析のテクニックが知りたいなど)は、限定的な楽しみ方になるかもしれません。

本書の着眼点

 本書では、さまざまなエビデンスに基づいた未顧客理解の原理原則を紹介します。しかし、それらは皆さんが慣れ親しんできた従来のビジネスでの「当たり前」とは視点や発想がだいぶ異なると思います。まずはお試しに、現在のビジネスやマーケティングで考えられているいくつかの「当たり前」と、それらに対する“未顧客視点”の問題提起をしてみたいと思います。初めて読むと「直感に反する」「納得がいかない」と思うかもしれませんが、本書を読み進めれば、こうした視点を持つべき理由や意義を理解していただけると思います。

「日本の市場全体が縮小しているから、売上が下がるのは仕方がない」

 いいえ。あなたのブランドの顧客基盤が縮小しているだけです。伸びているブランドは伸びています。カテゴリー全体は縮小しているのに特定のブランドだけ浸透率(特定期間中にブランドを1回でも買った顧客の割合)を伸ばしている、これがどういうことか分かりますか。なぜそのような現象が起きるのか、どうすれば自分のブランドで再現できるのか、説明できるでしょうか。

「ブランドのファンを育て、ロイヤル顧客を大事にしていれば、事業が成長する」

 いいえ。少数の例外を除いて、ファンやロイヤル顧客だけを大事にしていてもシェアを伸ばせないことは、理論的にもデータでも明らかになっています。例えば、頑張って顧客を育てても、ヘビーユーザーとライトユーザーはすぐ入れ替わってしまうことをご存じですか。

 「数%の離反を防げば利益が大幅に伸びる」といった話は、ただの数値の読み間違いであることはどうでしょうか。2:8の法則が成立することはまれで、あなたのブランドの売上の約半分はあなたのブランドに興味のないライトユーザーに支えられています。事業の成長やシェアを左右するのは、そうした普段意識することのない、顔の見えない未顧客たちです。

「ウチはニッチで勝負しているから、新規獲得の優先順位は高くない」

 いいえ。本当にニッチ戦略で成長できたブランドは、多くの研究を通しても、わずかしか確認されていません。多くの“自称ニッチ”ブランドは、むしろ、一部の層にしか受け入れられないポジションを“確立してしまった”ことに気付いていないだけです。そこから新規獲得や市場拡大をすることがどれだけ難しいかご存じですか。ニッチを支える僅かなヘビーユーザーではなく、市場の大部分を占めるノンユーザーに目を向けて、「彼・彼女らがなぜ非購買のままなのか」を考えてみてください。企業側が顧客価値だと思ってきたことが、ノンユーザーにとっては価値ではないから非購買のままなのです。

「ノンユーザーやライトユーザーに対しても、STP※やペルソナといったフレームワークやツールが有効である」

※Segmentation(セグメンテーション)、Targeting(ターゲティング)、Positioning(ポジショニング)の頭文字

 いいえ。無関心は顧客の属性やプロファイルとは関係ないので、従来の人を軸としたセグメンテーションやターゲティングは意味がありませんし、ペルソナも作れません。ノンユーザーやライトユーザーの場合は、ペルソナではなく“シャドウ”の理解が大切です。またS→T→Pではなく、P→T→Sと逆順で考える方が有益です。そもそもSTP、特にセグメンテーションは多くの研究者が疑問視している考え方でもあることはご存じですか。よく「ウチのブランドは他と違う、異なる顧客層にアピールしている」と言いますが、それはマーケターの願望であり、実際は競合関係にあるブランドはどれもほぼ同じ顧客層にしか買われていないことはお気付きでしょうか。実は顧客セグメントなど存在せず、あるのは購買行動における規則性の違いだけかもしれません。

「消費者は不合理。人の心理や行動は無意識だから、理解することも、ましてや変化させることもできない」

 いいえ。消費者は合理的です。消費者には消費者の合理があり、企業側がそれを知らないだけです。そもそも顧客にとって我々は“部外者”です。部外者にとって不合理に見える行動の多くは、“当事者(顧客)”が置かれた状況では至極合理的なものばかりです。理解することは可能ですし、ある程度は変えることもできます。自分たちの合理で理解できないことを不合理と呼ぶなら、それは合理を履き違えています。

「外資とかの意識高い系企業は顧客理解やCXを進めているのかもしれないけど、ウチは経営陣が昭和でプロダクトアウトの考え方だから、そういうのはちょっと難しい」

 プロダクトアウトでいいのです。無理にマーケティング先進企業の最新事例をまねようとしなくても、日本企業の文化や習慣に合った顧客理解の方法、顧客価値の生み出し方があります。それが、本書で取り上げる、プロダクト起点・サービス起点で無関心な顧客を動かす「再解釈の技術」です。

顧客理解は「人」を理解することではない!?

 未顧客の話に入る前に、現状の顧客理解のありようと課題について簡単に認識をそろえておきたいと思います。昨今のビジネスでは、顧客視点を持つことが大切であるとよく言われます。性・年代や価値観、ライフスタイルといった顧客の属性や内面の特徴などを記述した「ペルソナ」「ターゲットプロファイル」を作ったことがある読者も多いかと思います。それらは、「ウチの顧客はこういう人たちだよね」という理解の仕方です。しかし、実は理解のフォーカスを“人”に合わせている限り、顧客視点で物事を捉えることはできません

 これは、恐らく顧客理解に関して最も勘違いされているポイントです。人を見ようとすると、あくまで「企業の視点」から、その人(顧客)がどう映るか、どんな特徴を持った人か、他の顧客層とどう異なるかという相対的・客観的な俯瞰に終始することになります。分析者(マーケター)と分析対象(顧客)、見る側 と見られる側という関係になるため、顧客は見えても、「顧客が見ている視点で物事が見えるようになるわけではない」のです。

 顧客視点を持つために必要なのは、客観的な特徴や属性の理解ではなく、主観的な行動原理の理解です。社会学者の岸・石岡・丸山(2016、p.130)は人ではなく、「人びとの対峙する世界」に焦点を当てるべきであると述べています。顧客の内面や人となりを記述するのではなく、顧客が置かれた文脈や状況の理解に努め、顧客が見ている世界を見るということです。特に重要なのが、「顧客の合理」を理解することです。よく顧客は不合理だと言いますが、顧客には顧客の合理があります(Drucker, 1964)。顧客が不合理に見えるのは、マーケター自身が慣れ親しんだ既知の枠組み(i.e.平均的な顧客像、想定利用シーン)の中で顧客の言動を解釈しようとするからです。顧客視点を持つためには、そうしたマーケターの合理を手放して、「顧客の合理」で物事を解釈する術を身に付ける必要があります。

 特定の状況に置かれた人間がどんな視点で物事を捉えるのか。そこで起こった出来事に対してどんな反応をするか。その文脈に限って合理的な行動とは何か。顧客が置かれた文脈を理解して、その文脈に置かれた人間に共通する思考や、行動の規則性を見つけ出す。そうした視座に立つと、必然的に顧客の視点で考えることができるようになりますし、ブランドの何をどう伝えれば興味を持ってもらえそうかも見えてきます。

顧客が参加している「ゲーム」とその「ルール」を理解する

 消費者のブランド選択は、昔からよくサイコロやコイン投げに例えられます。購買時の選択はサイコロのように確率的であるため、自社が選ばれる確率を高めることが重要である、という話です。このメタファーの背景には離散選択モデルという人の意思決定を表現するモデルがあるのですが、未顧客理解では、サイコロが振られる回数自体を増やすことがポイントになります。

 大前提として、ヘビーユーザーは何もしなくてもサイコロを振ってくれますが、ノンユーザーやライトユーザーはそもそもサイコロを振ってくれません。未顧客に購買してもらうためには、まずサイコロを振ってもらうことから始めなければいけないのです。そのためには、未顧客の生活文脈の中にブランドへの入り口をできるだけたくさん設けて、ブランドにたどり着く確率を高めていく必要があります。こうした考え方をCEP(カテゴリーエントリーポイント)と言います(Romaniuk & Sharp, 2022)。いかにCEP(購買のきっかけ)を見つけ出し、それをブランドと結び付けるか、つまり「ブランドへの新しい入り口を設計する方法」を解説することが本書の大きなテーマです。

 未顧客理解にはインタビューや行動観察といったいわゆる「質的調査」も多く用いられます。岸他(2016)は、他者の合理性の理解という観点から、質的調査の役割について次のように論じています。未顧客理解の本質に通じるものがありますので、少し長いですがそのまま引用します。

 私たちの社会は、複数の、お互い矛盾する「ゲーム」で構成されています。…(中略)…このように、私たちの日常にはたくさんのゲームが同時に行われていますが、ほとんどの場合それらはお互いに矛盾します。そして、そのなかのどのゲームに参加するかは、行為者の選択に任されています。ところが、私たちはしばしば、そのうちのひとつのゲームしか見ようとしません(そしてそのゲームとは、要するに「自分が勝ちやすいルールのゲーム」だったりします)。そうすると、ただ単に、特定のゲームにおいてわざわざ負けることを選んでいるようにしか見えないのです。しかしよく調べてみると、実は別のゲームがその場で作動していて、むしろそちらに参加しているのだということがわかってくる、ということはよくあります。社会学者はこうした「もうひとつのゲーム」の存在を明らかにするのです。(岸他, 2016, p31-32)。

岸政彦・石岡丈昇・丸山里美(2016)『質的社会調査の方法:他者の合理性の理解社会学』有斐閣

 ヘビーユーザーやファン向けのマーケティングであれば「顧客にはこういう特徴や傾向がある」というプロファイルが役に立つかもしれません。しかし、ノンユーザーやライトユーザーに買ってもらうということは、ブランドに興味がない人に、いつもと違うシーンやタイミングでモノを買ってもらうということです。従って、「基本的にこういう特徴や傾向がある」という理解ではなく、むしろ「その基本的なプロファイルから外れるとき」の理解の方が重要になります。

 一歩離れた場所から見渡して客観的な理解をするのではなく、未顧客が置かれた状況に自分を写像して、未顧客が参加しているゲームを主観的に疑似体験してみましょう。いつもと違う価値観で行動するのはどういうときか、どういう状況であればいつもと違うブランドを選ぶのか。未顧客にモノを売るには、未顧客が参加しているそうしたゲームのルール(合理性)を理解し、それに合わせてブランドを再解釈することで、ブランドが使われる新しい機会を生み出す(=サイコロを振る回数を増やす)必要があります。

大切なのは購買行動の規則性や法則性に気付くこと

 少し理系思考の話をします。業務の中でデータを扱うビジネスパーソンの数は増えましたが、データからマーケティングを考えられる人はあまり多くありません。今は高度な統計モデルでもPythonなどですぐに実装できますが、実は大切なのは、そのモデルの背景にある購買行動の規則性を理解し、ビジネスで再現することです。そのモデルが人間の購買行動のどういう側面を捉えているのか、どんな特性を表しているのか、それを目の前の状況に当てはめると何が起こるのか。そうした法則性や規則性を念頭に置いて顧客を見ると、今までとは違う視点でマーケティングを考えることができるようになります。そして未顧客理解とは、まさにそうした視点の転換を求められるテーマなのです。

 例えば、購買行動の規則性の一つに「ゼロオーダー」と呼ばれるものがあります。消費者が今回何を買うかは、前回いつ何を買ったかとは無関係にその都度決まるという仮定です。購買の選択肢に入るブランドは、消費者それぞれの好み(ブランドに感じる効用)に応じていくつか決まっています。そして、その好みに基づいて各ブランドを選ぶ確率が決まります。例えば、筆者が缶コーヒーを買うとき選択肢に入るのは、サントリーのボス、コカ・コーラのジョージア、UCCのBLACK無糖で、それぞれを60%、30%、10%の確率で選んでいるとします。ゼロオーダーとは、前回はサントリーのボスを購入し、製品に満足していたとしても、今日はそれとは無関係に3つの缶コーヒーブランドから1つを確率的に選ぶということです。1回1回はランダムに選んでいるように見えますが、長期間で各ブランドの購買回数を集計すれば、全体の60%はサントリーのボス、30%はコカ・コーラのジョージア、10%はUCCのBLACK無糖という比率に近づいていきます。

 マーケターが購買行動にどんな法則性、規則性を見いだすか次第で、マーケティング戦略も変わってきます。例えば、缶コーヒーのリピート購入を増やしたい場合、どんな戦略を考えますか。よくあるのは、満足度やロイヤルティを高めるという方向性ですね。図表0-1を見てください。

図表0-1購買行動の規則性・法則性

 「満足度が高い(理由)→次も選ぶ(行動)」という規則性に着目すれば、図表0-1のパターンAのマーケティングになります。しかし、満足度だけで選ばれるなら、効用が最も高いサントリーのボスが常に選ばれるはずです。しかし現実はそうなっていません。30%はコカ・コーラのジョージア、10%はUCCのBLACK無糖が選ばれています。ここで、「満足度やロイヤルティは購買決定要因ではなく、むしろ誤差なのではないか」と発想すると、全く異なるマーケティングになります。

 先のゼロオーダーが意味するのは、消費者は購買のたびに毎回サイコロを振っている、つまり、その場その時の状況や文脈次第で選んでいるということです。それに気付くことができれば、「その場その時の文脈→行動」という規則性に基づいたパターンBのマーケティングの方が行動の本質に近いことが分かります※。実際に、本書を読んでいただくと、リピート促進はロイヤルティや満足度を高めるゲームに見えて、実は浸透率を増やすゲームであることがお分かりいただけると思います。

※規則には例外があります。例えば、バラエティーシーキング行動(毎回違うブランドを試してみたい)やサブスクリプションなどの定期的な購買はゼロオーダーの外にあり、また別の法則に支配されています。

 このように、ノンユーザーやライトユーザー向けのマーケティングは、「Aだと思い込んでいたことが、実はBだった」ということが頻発する世界です。ですので、今まで当たり前と思い込んで来たマーケティングの定石や、いつも念頭に置いているターゲット像をいったん忘れて、顧客を「知り直す」ことが大切です。そして、そうした「知り直し」のためには、マーケティング以外の分野に目を向けることも有益です。

 人間の認知や行動を理解するための知見は、マーケティング以外にもさまざまな分野に転がっており、そうした知見を組み合わせることで、「未顧客理解」のような難しいテーマにも取り組むことができるようになります。例えば、未顧客理解の背景には、負の二項分布という確率分布が示唆する「ダブルジョパディ」という現象があります。これは、購買行動に関する重要な規則性を示しているのですが、少々近寄り難い“数式の姿”をしています。そこで、心理学や文化人類学、認知行動療法といった分野で明らかにされた別の知見を援用すると、数学的なロジックを実務で扱えるアクションに落とし込むことができるのです。本書ではそうした、理系思考と文系思考を融合したアプローチを紹介したと思います。

未顧客理解の理論的背景と実務手順をバランスよく解説

 マーケティングの世界には、証明もされていない「法則っぽい話」やエビデンスの欠けた「名言・格言の類」もたくさんあります。インターネットで少し検索するだけで、いくらでもまことしやかなマーケティング論を見つけることができます。ネットの記事が玉石混交というのはどの業界でもある話ですが、マーケティングの場合、オーサーシップがはっきりしている理論書や有名マーケターによる書籍の一部にも、そうした再現性の根拠があやしい話が紛れ込んでいます。

 私は、キャリアの前半をマーケティングサイエンス中心に、後半を行動観察やナラティブアプローチ中心に過ごしてきました。前者は数学や統計学の世界、後者は心理学や社会学、文化人類学の世界です。そうした背景もあって、さまざまなバックグラウンドの方と交流があるのですが、専門分野を持ちつつ実務で場数を踏んだ方の話を聞いていると、自分で勉強して実践し、失敗を繰り返した末にかみ砕いて、自分の血肉としていることがよく伝わります。「理論も実践も分かってやっている」から再現できるわけです。しかし、彼・彼女らはプロの教師ではないので、自分の経験として物語ることしかできません。そこで重要な前提条件や手順、手法の限界などがそぎ落とされた結果、手っ取り早く「こうするといいらしい」だけが独り歩きしてしまう、という構図になっています。

 そうした背景を鑑みて、本書では、読解の妨げにならない範囲でエビデンスを示し、「なぜそうするのか」という根拠を明確にしながら、未顧客に対するマーケティングの理論背景と実務手順をバランスよく解説していきたいと思います。

本書の構成

 第1章では、未顧客理解とは何か、なぜ未顧客理解が重要なのかという視点や背景を見ていきます。第2章では、未顧客を理解してブランドの新しい利用機会を生み出す「再解釈」の技術を、チーズケーキという身近な商材を例に体験していただきます。第3章では、現在主流とされているSTP戦略やロイヤルティ戦略と未顧客へのマーケティングの違いを比較しながら、未顧客理解で押さえるべきポイントを俯瞰します。

 続く第4章では、そうした違いに基づく「未顧客理解の5つの基本原則」とその背後にある理論を学び、無関心層を動かす実践的なスキルを身に付けます。最後の第5章では、第4章までに学んだ原則とスキルを用いて、商品開発や広告コミュニケーション開発における課題解決を考えていきます。また、理屈だらけのマニュアルになってもつまらないので、マンガや図表を豊富に用いて、視覚的にも実践的な引き出しを増やせる構成を目指しました(図表0-2)。

図表0-2本書の構成


【参考文献】

Drucker, P. F.(1964). Managing for results. Harper & Row Publishers.

岸政彦・石岡丈昇・丸山里美(2016)『質的社会調査の方法:他者の合理性の理解社会学』有斐閣

Romaniuk, J., & Sharp, B. (2022). How brands grow part2: Including
emerging markets, services, durables, B2B and luxury brands (Rev.
ed.). Oxford University Press. Kindle.



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?