僕たちの未来 〜独白〜

【注:この物語は実在の選手をモチーフに書かせていただいた完全な創作です。笑って許してw。2023年11月に加筆しました。】

僕らにしか見えない光
どんな明日が待っていたって
君とたどり着くその先へ
僕たちの未来

これは僕、希(のぞみ)と翔(かける)の物語。
ふたりが信じた未来の話。

僕と翔は生まれた頃から兄弟のようだった。
ただ、家が隣だったから、同じ年の子供を持った母どうしはまるで姉妹のように仲が良くて、僕たちも当たり前のように毎日を一緒に過ごしていた。
ふたりの性格は真反対と言ってもいいくらいに違ったけど、一緒にいることが当たり前の存在だった。

翔は何にでも興味を持ち、すぐに人の真似をしてスポーツでも、遊びでもできるようになる子供だった。その一歩後ろをついていくのが僕の日常だった。羨ましくて彼のようになりたくていつもいつも一緒だった。

彼がテレビを見ていて、突然、バレーボールをやりたいと言い出したのは小学生の時。僕の意思を確かめることなく、翔は僕を連れてバレーボールクラブに入ると言い出して、親たちを驚かせた。
誰にも負けたくない翔は練習の鬼になって、あっという間にチームを引っ張る存在になっていった。そんな彼に引っ張られるように始めた僕も、終わりが見えない彼の練習に付き合わされて、バレーボールの上手な中学生になっていた。

中学でも活躍を続けた翔は将来を期待される選手になっていた。僕はは翔のようにはなれないと思ったので、セッターというポジションを選んで彼と一緒にバレーを楽しんでいた。そんな僕たちふたりに巻き込まれた中学のチームはいつの間にか全国を目指し、3年の時には日本一になった。
僕はすごく嬉しかったけど、翔はは満足しなかった。
強くなりたい、誰にも負けたくない、というのが口癖で。

ふたりはいつの間にか遠い未来の舞台を夢に描くようになった。「オリンピックに行きたい」と最初に言葉にしたのは多分、翔だったと思う。

いつもいつも一緒だったふたりが別の道を歩み始めたのは高校入学を前に父の仕事の都合で転勤についていくことになったから。
翔も、翔の家族も、中学の先生も、翔と一緒にバレーボールする方法を探ってくれた。寮で暮らすことを提案してくれる高校もあった。少しは悩んだりもしたけれど、最終的には両親について福岡に行く決断をしたのは、翔と離れて成長したいとどこかで思っていたからなのかもしれない。

その後、翔は愛知で、僕は福岡でバレーボールの有名な高校を選んだ。
毎年、毎年、いろんな大会で翔のチームと当たった。
その頃の翔は高校生離れしたプレーで他を圧倒していて、勝ちたいと思って対戦し続けたけれど、一回も勝てることなく僕の高校生活は終わった。僕は翔と別の場所でバレーをやることで学んだことも多かった。でも、僕の中にはいつか翔と一緒のコートにたつイメージがいつもあった。こんな時、翔にこんなトスをあげたいという思ったこともあったり。
そして、翔がいたから始めたバレーはいつのまにか自分の未来の真ん中にあった。

翔が興奮してLINEをしてきたのは、東京オリンピックが決まった日、2013年9月7日のことだった。

「一緒にオリンピックに出よう」とだけ書いてきた。
ものすごく興奮してそのことを考え始め、寝付けなかったことは今でも覚えている。

大学も最終的には翔とは違う道を選んだ。
理由はたった一つ。
翔に勝ちたかったから。
オリンピックという未来を信じるためにはそれが自分に必要だと思っていたから。

そんな思いを打ち砕くように、翔は僕の想像をはるかに超えた選手になっていった。
大学1年で日本代表に選ばれて、ワールドカップで活躍してから、バレーボールプレイヤーの翔を知らない人はいなくなった。
彼はスターになった。
学生のまま海外リーグで活躍するほどのプレーヤーになっていた。
本人も驚くくらいの熱狂っぷりを見て、仲が良かった幼馴染が遠い遠いところはいってしまった気がしていた。

追いつきたい、と思う存在はさらに遠い遠い前を歩いていて、見えなくなりつつあった。

大学卒業を前に僕は進路に悩んでいた。
バレーボールを続けて行くのか、それとも普通に就職するのか。
幸い声をかけてくれるVリーグのチームもあった。
だけど、僕はオリンピックの夢に近づけるのだろうかと自問自答しながらも、卒業後もバレーをする道を選んだのは「一緒に東京オリンピックに出よう」というあの日の翔の言葉があったからかもしれない。

それが終わってから人生を考えたって遅くないよ、と思えたから。

ようやく僕がシニアの代表に選ばれたのは2018年のことだった。
久しぶりに翔と同じコートに立つことができると思って楽しみにしていた。
彼を深刻な怪我が襲うまでは。

結局、そのシーズン、翔と僕は同じコートに立つことができなかった。
ずっと、ずっと、自分の前を歩いてきた彼にどんな言葉をかけていいのか分からなかった。
僕にできたことは代表に選ばれ続けて、翔を待つことだけだった。

翌年、翔は代表に戻ってきた。
「遅せえよ、待ちくたびれたよ」というのが僕の精一杯だった。
「遅いのはお前の方だろ、希。何年待ったと思ってんだよ」という乱暴な言葉に目頭が熱くなったことは翔には内緒にしておこうと思った。

2020年。
その舞台は暑い暑い夏の日にやってきた。
金メダルをと翔は常々いっていたけれど、ようやく掴んだチャンスは3位決定戦というそれだった。

コートに立つときはどんな試合でも緊張したけれど、身震いがするほどの緊張は初めてだった。
夢も、未来も、今、自分の足元にあることが信じられなかった。
そして、そのコートには翔がいる。
翔がいなかったら、僕はここにはいなかった。

一緒に見てきた夢が苦しい時も、辛い時も、諦めそうになった時も、自分を支えてくれた。
翔と一緒にメダルを取りたいと心から思っていた。

コートで僕は何度も、何度も、翔の名前を呼んだ。
その度に彼はその思いに応えてくれた。
打ちづらいトスも何事もなかったかのように、決め切った。

知っている。
翔はみんなにとってのヒーローだけど、僕にとってもずっとずっとヒーローだったんだ。
彼はそういう男だ。

3位決定戦はフルセットにもつれ込んだ。
集中力が切れた方が負けるゲームになると分かっていた。

終盤、一歩リードし、13-14でサーブが回ってきたのは翔だった。
まさに彼のための舞台のようだった。
この時の気持ちを言葉で表現するのは難しい。
でも、翔はきっとやってくれる、とそう信じていた。
そして、最後は翔が決めるのだと。

彼の強いサーブで崩れたレセプションからのボールがダイレクトでこちら側のコートに返ってきた。そのボールは僕にあげろと言わんばかりに近づいてきた。
迷わず翔を呼んだ。
コート中央に高く上がったトスを、センターから入ってきた翔がバックアタックで打ち抜いた。

もう、そのあとのことは正直、よく覚えていない。
僕も翔ももみくちゃにされていた気がする。

僕らの未来はここにあった。
長い時間をかけて紡いできた結果がここにあった瞬間だった。

ようやく僕を見つけた翔が言った言葉に笑うしかなかった。
「次は金だから!」と。

君とたどり着く僕たちの未来はまだまだ先にあるようだ。

世界が君に夢を見てる
君の名前 呼び続けている
ほらごらん 雨通り過ぎて
静かに星が瞬く

「僕たちの未来」by 家入レオ


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