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リバプールの命運を握るアレクサンダー=アーノルド~超攻撃的SBから司令塔へ~

イングランドのリバプールFCというチームに、人によって評価が著しく変化する不思議な選手が存在する。その選手の名前はトレント・アレクサンダー=アーノルド。

アーノルドはリバプール出身(1998年生まれ)で、リバプールユースで育ち、16-17シーズンからリバプールのトップチームでプレーしているという生粋の”リバプールっ子“である。18-19シーズンのチャンピオンズリーグ、準決勝のバルセロナとの第2戦目では「アンフィールドの奇跡」の立役者としてその名を全世界に知らしめた。

アーノルドは右SBでありながら、卓越したキック精度で対戦相手に脅威を与え続けてきたが、その一方で守備能力は高くない。この極端に尖った性能がゆえに、彼の評価は人によって大きく異なる。

得点の起点にも、そして失点の原因にもなり得る彼をリバプールはどのようにチームに組み込んできたのか。今回はリバプールにおけるアーノルドの活躍の歴史、偽SB化による新システムへの移行、そしてアーノルドの将来について考察する。

世界を蹂躙した超攻撃的SB

アーノルドの凄さを象徴するのがアシスト数の記録である。プレミアリーグでは18-19シーズンで12アシスト、19-20シーズンでは13アシストを記録した。いずれもDFによるアシスト数の新記録であり、アーノルドは自身で打ち立てた記録をわずか1年で塗り替えた。

18-19シーズンでは、ベーシックな4-3-3の右SBとしてアーノルドは起用されていた。右サイドを駆け上がり、高速・高精度の低弾道クロスでリバプールに数々の決定機と得点をもたらした。彼が秀でているのは、決定的なパスを一振りでどの位置からでも供給できる点にある。逆サイドにいる左SBのロバートソンにすらワンステップでパスを送ることができる。高速のクロスは相手守備者に難しい対応を強要し、しばしばクリアミスやオウンゴールを誘発させた。

3トップがもたらした自由

純粋な右SBとしてのアーノルドの活躍には当時のチーム状況が関係していた。18-19シーズンのリバプールの最前線には左WGサディオ・マネ、CFロベルト・フィルミーノ、右WGモハメド・サラーの3人が並んでいた。その圧倒的な攻撃力から、”世界最強のトリデンテ(3トップ)”と当時呼ばれることもあった。彼らは18-19シーズンのリーグ戦で計56得点を記録した。同シーズンの総得点数は89であり、わずか3人で60%を占めた。この凄まじい攻撃力(得点力)は当然相手守備者の悩みの種であった。

左からフィルミーノ、サラー、マネ

守備者からすれば、ゴールに近い位置にいる3トップへの警戒を最優先する必要がある。そのため、相手は1対1の局面を作らせないような守備の形を採用せざるを得ない。しかし、3トップへの対応を優先すると、サイドにいるアーノルドが浮く状況が生まれやすくなる。中を閉じるという守備の原則に従うと、大外のアーノルドを捕まえることが構造的に困難になる。

最大火力の5トップ

得点源の3トップが中に入り、相手の守備も中央に寄ることで、両サイドのスペースが空きやすくなった。そこで、リバプールは大外のレーンに活路を見出した。右サイドは右SBのアーノルドが高い位置を取り、左サイドは左SBのロバートソンが同様に高い位置を取ることで攻撃を活性化させたのである。

相手の対応が少し遅れれば、両SBは高精度のクロスを3トップめがけて入れることができる。精度が高い上に、擬似的な5トップの配置によりクロスの試行回数を稼ぐこともできた。加えて、こぼれ玉は運動量と強度に優れたIHが回収し、押し込んで獲得したセットプレーでは長身のCBがターゲットとなった。

アーノルドのアシスト数は勿論彼の素晴らしい能力によるものではあるが、彼がチームの中心であったわけではない。実際は世界屈指の3トップと超攻撃的な両SBによる5トップがリバプール躍進の核であった。アーノルドは3トップのおかげでサイドで自由を獲得し、そしてゴール前で待つ3トップのアシストをしていたのである。

右SBの枠組みからの脱却

18-19シーズンで完全にリバプールの攻撃のスタイルが定着し、同シーズンにはチャンピオンズリーグを優勝することができた。リーグ戦ではマンチェスターシティに1ポイント届かず優勝を逃したものの、勝ち点97に達するなど、その攻撃力に疑いの余地はなかった。翌年の19-20シーズンでは、勝ち点99でプレミアリーグのタイトルを獲得し、リバプール全盛期に誰もが胸を躍らせた。

20-21のハプニング

リーグ優勝した翌年の20-21シーズンもリバプールの躍進は続くはずであった。ところが、序盤の第5節エバートン戦で相手GKと接触したファンダイクが長期離脱するとチームはじわじわと崩壊していった。守備の核であったファンダイクを失うだけでも十分すぎる痛手であったが、マティプ、ゴメスといった主力のCBが軒並み長期離脱してしまった。その結果、若手のCBを急遽起用することとなり、IHのヘンダーソンやアンカーのファビーニョがCBとしてプレーすることもあった。

GKピックフォードとの接触によって
ファン・ダイクは長期離脱を余儀なくされた

最終ライン(CB)が不安定になった影響で、20-21シーズンではアーノルドの役割が明確に変化した。フォーメーションは変わらず4-3-3であったが、彼は右SBではなく、右CBとしてプレーするようになった。ボール保持の局面でも右サイドの高い位置に上がることは少なくなった。その代わりに、左SBのロバートソンをWBの位置に押し上げ、右WGのサラーにWBに近い役割を任せた。

純粋な右SB時代の終わり

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