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「コミットメント」が何たるやを掴んだ瞬間のコト

3月になると思うことがある。

3月は毎年、
全日本スノーボード選手権が開催されています。
この大会に優勝すると、晴れて「プロスノーボーダー」。

会場となるゲレンデ横のホテルには選手・関係者がいっぱい。

もう20年以上も前のハナシ。

選手の1人だった当時のワタシははじめから勝つ気だった。優勝という2文字ははっきりと意識できなかったけれど、
必ず表彰台に乗る(つまり3位以内)ことは決めていた。

全日本選手権の2週間前にコーチが負傷。
彼はワタシの目の前で転んでそのまま雪の上を転がって突き出ていた木の杭に膝から突っ込んだ。
膝の複雑骨折。
大の大人が声を出して痛みに叫ぶのを生まれて初めて目の当たりにして、ワタシは心配より恐怖を感じたのを覚えている。

コーチ不在の全日本選手権。
でも、ワタシは普段言われていることを3日ほど前から素直にこなした。

試合前の練習。
インスペクション(コースの下見)のやり方。
メンタルの持って行き方。
そして、一番大きなこと。
それは、前日は板に触らない。つまり滑らない、ということ。

試合前日、滑っていない選手は1人もいないように見えた。

ワタシは一人でホテルのゲームセンターで過ごしたり、大浴場で(誰もいないので)泳いだりした自分を最近のように思い出す。

どうして滑ってはいけないのか?
彼は言わなかった。
未だに答えはわからない。
でも、今から考えてみると、緊張の糸を切るには最善な方法かもしれない。
そして、365日のうち、300日以上を雪の上で過ごしていたワタシ(夏はニュージーランド、秋はコロラド)にとって、雪を目の前に、滑らずに露天風呂で頭にタオルをのせて雪景色を眺める、なんてことは、ホントーに異常なことだったんです。

でも、その間に、自分の滑りの良いところ、悪いところ、よくよく考えた気がする。
選手にしては身体の小さいワタシ。
そして京都に住んでいるワタシ。(選手のほとんどは北海道や新潟、長野、東北など雪国出身。)

ディスアドバンテージはたくさんたくさんありました。

でも、勝つ為には、それを乗り越えるしかない。
どうやったら乗り越えられるか、それを毎日考えていた。
板もみんなより短め。軽い分、高速時の安定性がない。でも俊敏に操作することができる。

最後までもう少し長い板にしようか迷ったりもした。(全日本選手権ともなれば板は1種目につき、10枚以上は持って行くものなのです。)
ワックスなんか、16000円もするワックスを塗っていた。
準備と言われる準備はすべてした。
おなかを壊さないように食べるものにも気をつけた。
知恵熱など出さないように夜は早めに寝た。

ノートに「あんなに練習したから必ず勝てる」
「大丈夫。ワタシは勝てる。」と何度も書いた。

プレッシャーで涙が出た。

前日のよる、うるうると泣きながらポケットタオルを握りしめ、寝ようと思っていたら部屋の電話が鳴って…。
コーチからだった。

「明日は行けなくてごめん。でも大丈夫。ワンシーズンよくがんばった。特別なことはしなくていい。ただ今までの練習の成果を100%出せば良いだけ。応援には行けないけど、大丈夫。」

はっきりとは覚えていないけど、そんな風なことを言われたように思う。

そのとき、コーチが私の優勝を宣言してくれたように感じた。

ワタシはね。
このとき「コミットメント」の何たるやを掴んだんです。
コミットメントとは、他の人をも巻き込むものなんだ、ということ。

私の優勝を、病院のベッドの上で病室の天井をにらみながら、固く信じて祈る人がいる。
自分一人なんかじゃ達成できやしない。

ワタシの板をチューンナップしてくれた人、
ワタシの身体をほぐすの為、ストレッチを一緒にやってくれた人、
高額なワックスを笑顔で分けてくれた人、
すべてのスポンサーの皆様、
エッセイを書いていた雑誌の編集長、
いつもワタシの写真を撮り続けてくれていたフォトグラファーの人、
何人かの先輩ボーダー、
そして地元から応援しにきてくれた大学の同級生、

全員が私の優勝にコミットしてくれていた。

ただの「応援」じゃなく、
「信じる」ということ。
信じ抜く、ということ。

その力が、次の日、2位とたった0.08秒差の優勝にワタシを押し上げた。
はい。0.08秒差です。
誰が勝ってもおかしくない。
たった一人、雪のないところに住んでいる、身体の小さな大学生の女の子が優勝した。

私は泣かなかった。

優勝がわかってもぼーっとするだけだった。
周りのみんなが泣いているのを見て、
あぁ、よかったぁ~。とほんわかじんわりうれしさがこみ上げるのを感じただけだった。

達成できるコミットメントは、一人じゃできない。
スノーボードと言う個人競技だって、実は個人競技ではなく、戦うワタシを支えるチームがあった。

そして、ワタシは「プロスノーボーダー」になりました。

「プロフェッショナル」については、また今度機会があれば書こうかな。

一言で書くと、

その分野が上手なだけじゃダメで、
人の心を動かすことのできる人かな、と。

励みになります。個別にお礼のメッセージさせていただきます。