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初恋は実らない

結婚することになってん。



久しぶりにLINEにきた幼馴染からのメッセージは、〇〇の血流を早くさせた。

履歴を見ると、前に連絡したのは1年以上前だった。

スマホの液晶に彼女の名前が表示されて、少しだけ心が躍ったが、メッセージを見て変な鼓動に変わった。


〇〇「〈おめでとう、七瀬〉」


なんとかメッセージを打ち込む。
たったそれだけの文章なのに、何十分もかかってしまった。


七瀬「〈ありがとう。なぁ、次いつこっち帰ってくるん?〉」


すぐにきた返事。
その中身の問いかけに、〇〇はゆっくりと文字を紡ぐ。


〇〇「〈さぁ、いつやろ。今んとこ予定ないな〉」


わざとぼかして返す。
大学を卒業して地元を出て5年がたった。
最近はほとんど帰っていないが、上京してしばらくのうちは適度に帰っていた。年末年始とかお盆とか。


そのたびに七瀬と会っていた。
幼馴染で実家が隣同士だから、帰省したらすぐに分かってしまうらしく、いつも家に乗り込んできてなんだかんだとずっと一緒にいた。


まぁ、それが当たり前で、空気みたいな感じ。



七瀬「〈会いたい、話そうよ〉」


ズルい。そんな言葉を投げかけられて、断ることなんてできるはずがない。


結局、次の休みの日、〇〇は新幹線に乗っていた。


東京から大阪までの新幹線の中でも、七瀬からのLINEは続いていた。


七瀬「〈新幹線乗ったらLINEしてな!〉」

七瀬「〈なぁ〜、駅弁なんにしたん?〉」

七瀬「〈新幹線の写真撮って送って〜〉」


いつものように他愛もないメッセージにくすりと微笑みながらも、〇〇はメッセージを返しながら言われたことをこなしていった。


新大阪駅につくと、東京ほどではないが人混みに圧倒されつつ七瀬の姿を探す。


七瀬「〇〇〜〜!」


少し離れたところから〇〇を見つけて笑顔で駆け寄ってくる幼馴染の姿。


七瀬「久しぶりやな! 元気してた?」




最後に会ったのはいつだろう。

ふとそう考えてしまうくらい、幼馴染は美しくなっていた。

フニャっと笑う仕草も、鼻腔をくすぐる彼女の香りも懐かしい七瀬のものなのに、まるで知らない誰かのような感覚。


七瀬「ちょっと、〇〇、聞いてる〜?」


グイッと顔を近づけてきて、覗き込むように〇〇を見つめる七瀬。
身長差のせいか、見上げるようにするその仕草に思わず照れそうになるのを必死に隠しながら、〇〇は声を出した。


〇〇「久しぶりやな、七瀬」


七瀬「ふふ、久しぶり。会いたかったで、〇〇」


まただ。
そんな言葉言わないでくれ。
心がチクリと痛む。


しかし、そんなの七瀬は知る由もなく、笑顔で〇〇の手をひきながら歩き出そうとする。



七瀬「車で来てんねん。行こう」



七瀬の運転する車で地元まで帰る。



実家に帰る前に行きたいところがあると七瀬が言うので、どこに行くのかと思っていたが、たどり着いたのは懐かしい中学校だった。


もうしばらく帰ってなかったから、街並みもいたるところが変わっていたが、中学校は変わらず懐かしい雰囲気を醸し出していた。


〇〇「入ってええんか?」


七瀬「ええやん、ちょっとだけ」


七瀬につられるように、校舎の中に入る。
大人になって少し小さく感じる校舎を進み、自然とたどり着いた教室。


3-1と書かれた教室。
〇〇と七瀬が最後に同じ空間を過ごした教室。

高校は別々のところに行ったから、学生生活という点では中学がある意味最後だった。


七瀬「うわ〜、懐かしい〜」


七瀬は小走りに教室内に入り椅子に腰掛ける。


七瀬「〇〇、こっちこっち!」


手招きされて自然と七瀬の座る席の前の椅子に腰掛ける。


七瀬「ふふ、懐かしい。〇〇覚えてる?」



〇〇「忘れるわけないやろ。いっつもこうして話しとったやん」


前後の席で〇〇が身体を後ろに向けて話すのがお決まり。
最後の席替えで前後の席になってからいつもこうして話していた。
それが鮮明に思い出される。



七瀬「体育館にも行きたい」



七瀬の言葉に、ゆっくりと立ち上がって体育館に向かう。

幸いなことに鍵は開いていて、ゆっくりと中に入る。
木漏れ日が差し込みまるであの日に帰ったかのようなノスタルジーな世界に迷い込んでいた。


〇〇「変わってへんな…」


七瀬「せやな、ここは変わらへんね。うちらはこんなに変わったのに」


七瀬の言葉にゆっくりと向き直る。


〇〇「せやな、変わったな…」


七瀬「〇〇が前に帰ってきたの3年前やもんね」


〇〇「そんな前やったっけ?」


七瀬「せやで。ずっと帰ってきてって言っとったのに、全然帰ってきてくれへんねんもん」


少し怒ったように言う七瀬。


〇〇「ごめん。あ、せや、結婚おめでとう」


言うタイミングがわからず、脈絡なく言う〇〇。
その瞬間、七瀬が服の袖をキュッと握る力が強くなった。


七瀬「…ありがとうな」


七瀬は不思議な声色で返してくる。
怒っているのか、さみしいのか、呆れているのか。
とにかく嬉しいという感情ではないのは〇〇にもわかった。


〇〇「…旦那さん、どんな人なん?」


七瀬「ええ人やで。こっちの大手企業に勤めてる一つ上の人でな、いろいろななのこと気にしてくれる優しい人やねん」


〇〇「そっか」


七瀬「顔もカッコよくてな、イケメンやねんで」


〇〇「そっか」


七瀬「そんでな、近くにいてくれるから、寂しないねん」


〇〇「…そっか」



なんて返せばいいか分からなかった。

聞けば聞くほど、七瀬が遠くに行ってしまうようで、耳に入ってくる言葉をこっそりと聞き流そうとしていた。


七瀬「〇〇とは大違い」


〇〇「…ごめん」



聞き流すことのできない言葉に、〇〇は小さく謝った。

それに続ける言葉が出せないでいると、七瀬がゆっくりと言葉を紡ぐ。


七瀬「でも…やっぱりななは、〇〇のことが好きやったんやで」


木漏れ日を受けながら優しく暖かく微笑む彼女は、どこか寂しそうで、目を潤ませながら手に握っていたシルバーに光る指輪をおもむろに取り出した。


七瀬「なな、〇〇に伝えられへんのイヤやってん。でも、もう待つのも疲れちゃった…」


〇〇「七瀬…」


そう言うと、七瀬は指輪を自ら薬指にはめた。


七瀬「初恋はもうおしまい。〇〇、ごめんな、今までありがとう」


涙をながしながら、必死で笑顔を作りながら言う七瀬に、何も言えない自分をイヤになった。

もっと勇気を出していれば

一歩踏み出していれば

七瀬に好きだと伝えていれば


そんな後悔が今更ながらに押し寄せる。


〇〇「七瀬、結婚おめでとう」




初恋は実らない。






おわり


この物語はフィクションです。
実在する人物などとは一切関係ございません。


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