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1 紅蓮の狂愛

↓はじめに


すっかり夜の帳がおり、高層ビル群の瞬く灯りも疎らになったころ。

喜多川〇〇は、会社の通用口からひとり仕事で疲れた身体を引きずるかのような遅い足取りででてきた。


まだ肌寒さの残る4月の夜。

腕時計をみると時刻はすでに深夜0時を回っていた。


〇〇「あー、またテッペン越えちゃったな…」


誰にともなく独り言を宙に吐き捨ててからスマホを取り出してゆっくりと駅へと向かう。


もう何回歩いたかわからない会社から駅への道。

スマホを見ながらでもするすると歩いていける。


こんな時間に歩いている通行人なんてほとんどいない。



〇〇「へ~、あいつ結婚したんだ…」



SNSでみた、大学のときにつるんでいたやつの結婚報告の投稿。



大学のころは結構仲良かったけど、もう何年会ってなかっただろう。


投稿された写真にはちらほらと見知った顔が映っている。

当然といえば当然だが、誘われていない事実に少しだけ胸が痛む。


幸せそうな大学時代の友人の写真からあふれ出る幸せな雰囲気にあてられそうになりSNSをスッと閉じた。





駅の改札を通り、終電間際の少し混雑した電車に乗り込む。


つり革につかまりながらLINEを確認した。


通知のほとんどが広告だったが、一つだけメッセージが来ていた。


〇〇「明里か」


丹生明里と表示されたメッセージを開く。



明里「<やっほ~、今日飲める?(*'ω'*)>」



送信時間をみるといまから6時間ほど前。

ちょうど〇〇が上司からの嫌がらせのように緊急の打ち合わせをセットされてその準備で四苦八苦していた時間帯だ。

それから会議やその後の対応やらで今の今までLINEを確認するのを忘れていた。


〇〇「(あ~、しまったな)」


悪いことしたなと思いながら、〇〇はLINEに返信を返す。


〇〇「<すまん、仕事バタバタで今見たm(__)m 今度埋め合わせする>」


もう時間も遅いし返事は来ないなとおもいスマホをジャケットの胸ポケットにしまおうとした瞬間だった、返信を告げるバイブが震える。


確認すると案の定、明里からの返信がきていた。


明里「<もうー、まったく相変わらずワーカーホリックだな~ じゃあ明日は!?>」


明日は金曜日か。
それなら、頑張って早く終わるか。

そんなことを頭で考えつつ、明里に返事を打つ。


〇〇「<おk じゃあ、いつもの店集合で!>」


すぐに既読が付き、返事も返ってくる。



明里「りょ! じゃあまた明日ね! 電車寝過ごすなよ~」


なんで電車乗ってるのわかるんだよw
そんなことを思いながら、少しだけ心が軽くなり帰路に就く電車に揺られるのだった。








翌日

昨日も終電間際に帰ったというのに、〇〇は朝早くから会社へ向かっていた。


駅からまっすぐ行けば会社へ着くが、少しだけ脇道に逸れて裏路地に面した隠れ家風のオシャレなカフェに立ち寄る。


シンプルなレイアウトの店内には、朝早くだというのに数人の客がすでにコーヒー片手に思い思いの時間を過ごしていた。


「いらっしゃいませ~」


店に入るとカウンターのなかの女性店員が明るい声で挨拶を発してくれていた。


〇〇はその声に引き寄せられるかのように、カウンターの前へ移動する。


紅いエプロンをつけた彼女は、朝から優しい笑顔で〇〇の前に立った。


「いらっしゃいませ、〇〇さん!」


〇〇「おはよう、茉央ちゃん」


〇〇の名前を呼ぶ彼女に、〇〇も彼女の名前を呼んで返す。

彼女の名前は五百城茉央。

〇〇が会社がある日はほぼ毎日といって過言ではないほど、すでに朝のルーティンとかしたこのカフェでアルバイトをしている女の子である。


さすがに毎朝行けば顔を覚えられてしまうわけで、いつからかは覚えていないがお互いの顔を認識して話をするようになっていた。


茉央「〇〇さん、なんか疲れてません? 大丈夫ですか? 今日はいつもより早いですし」


茉央は人差し指で自分の目の下をさしながら、〇〇の目の下のクマを心配するようにいった。


〇〇「ああ、大丈夫だよ、ありがとう。今日は夜飲みに行きたくてさ、早めに行って仕事を終わらせようかとw」


茉央「なるほど! そうだったんですね! でもお酒のみいくとかなんか社会人って感じでいいですね~ 羨ましいな」


〇〇「茉央ちゃんはお酒あんまり飲まないの?」


茉央「私はまだ20歳まえですからw あれ、言ってなかったでしたっけ?」


〇〇「そうだったの? 初めて知ったよ」


茉央「えへへ、五百城茉央、19歳です。あらためてよろしくおねがいしますw」


19歳という年齢に、自分との対比で若すぎて思わずクラッとくる。

若いというのはそれだけで無限の可能性にあふれている。純粋にうらやましいなと思う〇〇だった。


茉央「あ、ご注文はいつものでいいですか?」


〇〇「あ、うんお願いします」


茉央「はーい、アイスカフェラテのLサイズですね~ 少々お待ちくださーい」



そういうと茉央は器用に〇〇から提示されたコード決済のバーコードをさっと読み取り決済を完了させると、そのまま流れるような動きで飲み物を作り始めた。


すらっと伸びる慎重にポニーテールが揺れながらバリスタマシンを操作する彼女はすごく絵になる。


受け取り口に移動しながら彼女のその動きを見ていると、あっという間にドリンクが出来上がったようで、〇〇のもまでやってくるとさっとドリンクを差し出した。


茉央「お待たせしました~」


〇〇「ありがとう、じゃあまたね」


茉央「はーい、またお待ちしてまーす」


手をフリフリと振りながら見送ってくれる茉央に小さく手を振り返しながら、会社へと続く道へ戻る。


カップを口づけようとするとカップに茉央の文字が書かれているのに気付く。



”お仕事ガンバってください! 茉央”


そんな小さな心づかいが嬉しいなと思いながら〇〇は会社へと向かった。







それなりに大きい会社に勤める〇〇は、高層ビルが立ち並ぶオフィス街のなかにそびえたつ本社ビルに足を踏み入れる。


3階あたりの高さまで吹き抜けとなった開放感のあるエントランスロビーを通り、入場ゲートに社員証をピッと通してからエレベーターホールへと向かう。


エレベーターホールで待ちながらおもむろにさっき買ったカフェラテを飲んでいると、不意に背後から肩をポンとたたかれた。


美波「おはよう、〇〇」



振り向くと、同期の梅澤美波が朝からバッチリ決まった感じで立っていた。


〇〇「ああ、おはよう美波」


美波「今日早いね」


そう言いながら美波は〇〇の隣に並んで立つ。

〇〇も身長が180㎝で比較的高いほうだけど、美波も170㎝あるので、視線がほとんど変わらない。並んでいるとほかの女性と話すときよりも同じくらいの視線になる。


〇〇「ああ、今日はちょっと早く帰りたいから早めに来て仕事片付けようかとおもって。美波こそはやくね?」


美波「私は今担当しているプロジェクトが修羅場ってるからその対応」


〇〇「ああ、あの炎上案件か」


美波とは別の担当者が担当していた案件だが、いろいろミスやらが続いていわゆる炎上状態になっているようで、見かねた上層部が仕事ができる美波を派遣して鎮火を図っていると、風のうわさできいたのを思い出す。


彼女は尋常じゃないくらい仕事ができる。

それは同期の〇〇からみてもお世辞抜きにそうで、同期一の出世頭だった。


〇〇は昨年から本社勤務になったが、美波はその実力を認められて新卒1年目から本社配属で頑張っていた。


同じ本社組になってからはよく話をしたりランチを一緒にとるようになるくらい仲良い関係でいる。


美波「まさか今日、飲み会?」


並んで待つ美波が横目でチラッとこちらを見ながら訊ねてくる。


〇〇「飲み会っていうか、まあ飲み」


美波「図星かー、私は修羅場対応で今日何時に帰れるかわからないっていうのに」


〇〇「はは、ご愁傷様。落ち着いたら飲みに付き合ってやるからさ」


美波「ほんと!?」


〇〇「おう、行きたい店考えといて」


美波「うん! よーし本気出すか!」


そういって美波は自分のフロアに到着するとやる気満々で降りていった。


その後、本気を出した美波の活躍であっという間に事態が鎮火したのはまた別のお話。







その日の昼休み。
ちょうど切りがよかった〇〇は椅子の背もたれに寄りかかりながら背伸びをしてからスマホを手に取った。


スマホには明里からLINEがきていた。


明里「<おつかれ~、今日の約束忘れてないよね!? 仕事ちゃんとおわらせるんだよ!>」


〇〇「ふふ、わかってるっつーの」


〇〇は小さくつぶやきながら明里に返事をうつ。


明里への変身を終えてスマホをしまおうとしたら、もう一通メッセージが来ていることに気づいた。


見た覚えのないLINEグループ。
グループ名には出身高校の名前と卒業期、そして”同窓会”の文字が表示されていた。


同窓会のお知らせ。


卒業してから一度も開催されたことがない高校の同窓会。
案内文を見ると、卒業後10年を記念して集まろうということらしい。


日付をみると少し先の土曜日。

ちょうどというか、当たり前に予定なんて入っていない。


正直ちょっと迷う気持ちもあったけど、久しぶりに旧友たちと旧交を温めるのも悪くないかもな、なんて思い、〇〇は”参加”に返事をした。




先輩「おーい、〇〇。飯いこーぜ」


〇〇「はーい、いまいきまーす」



それから〇〇は先輩に誘われて会社の外へランチに向かう。

オフィス街だから飲食店もそれなりに進出しており、飯を食うには困らない。



先輩が食べたいといった焼き魚の定食屋にはいり、少し狭めの木の二人掛けのテーブル席に通される。


〇〇「マッチングアプリですか?」


歩きながら会話していた流れで先輩から発せられた言葉を思わず繰り返す。


先輩「そうそう。〇〇も彼女いないだろ? マッチングアプリとかやってみたらどーよ」


先輩は〇〇から受け取ったお冷を飲みながら得意げな笑みを浮かべながら〇〇に進める。

なんでも、少し前に先輩もマッチングアプリをはじめて結構いい感じらしい。

いい感じといっても彼女ができているわけではないが、何人かとマッチしたり、メッセージのやり取りをしたりしているらしい。


先輩「〇〇は彼女ほしくないのか?」


〇〇「んー、ほしくないってわけじゃないですよ。むしろ最近友達が結婚したりとかですこし羨ましいなーとかって思ってますし」


先輩「いい感じの人いねーの? 同期の梅澤さんとか仲いいじゃん」


〇〇「美波は同期ってだけですよ。ほかに、友達とかはいるんですけど、彼女になりそうな人っていうと正直わからないっすね」


先輩「なんだよもー。もっと前向きにいけって。その一歩でマッチングアプリはおススメだぞ!」


〇〇「ハハハ、まあ、考えておきます」



ちょうどタイミングよくか悪くか、注文していた定食がきて自然と話の流れが変わっていった。






昼食を食べ終えて、先輩は煙草を吸いに近くの喫煙所へと消えていき、〇〇はひとり会社へと戻ろうとしていた。


十字路にさしかかり、スクランブル交差点で信号待ちをしながらふと空を見上げる。


高層ビルの隙間にみえる青空。


〇〇「(彼女か…)」


”彼女”という言葉に、一人の女性の顔が思い浮かぶ。


過去の記憶に刻みついていた思い出。


”〇〇”


その女性が自分を呼んだ過去の記憶もフラッシュバックする。



信号が変わり、気持ちを切り替えて歩みだす。



スクランブル交差点の真ん中に差し掛かった時にふと聞こえた声。



「…〇〇?」




全身の血液が瞬間的に沸騰したような感覚が身体を包み込む。

そしてそれはその声の主のほうに視線を向けた瞬間最高潮に達した。




〇〇「…え?  ……七瀬?」



人が行きかうせわしない空間の中で、〇〇の周辺だけ時が止まったかのような感覚が包み込む。


すれ違った懐かしい感覚と、先ほどフラッシュバックしたのとおなじ声に呼ばれて振り返ると、そこにはかつて”彼女”だった西野七瀬が立ち止まって振り返っていた。



七瀬「やっぱり……〇〇やんな…?」




〇〇「あ……ああ…」




久しぶりにみる、かつての恋人の姿に、〇〇はうまく言葉を紡ぐことができなかった。




その瞬間、とまっていた歯車がしずかに動き出したのだった。







つづく


※この物語はフィクションです。
※本作で出てくる画像は全てAIで作成した架空の人物です。
※画像の無断転載、2次利用等は固くお断り申し上げます。
※実在する人物などとは一切関係ございません。



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