2 幼馴染の和さんの忘れ物
〇母「〇〇〜、和ちゃんのお母さんよ〜」
自室でのんびり漫画を読んでいると、階下から自分を呼ぶ母親の声が聞こえた。
和のお母さん?
なんだろうと思い、降りていく。
和母「あ、〇〇くん、ごめんね急に、ちょっと頼まれ事があって!」
〇〇「なんですかおばさん?」
和母「和がお弁当忘れちゃって届けてくれないかしら?」
〇〇「え、俺が!?」
和母「これからお客さんが来るから外出できなくて、お願いできないかしら?」
〇母「いつも和ちゃんにお世話になってるんだから、行ってきなさい」
〇〇「わかったよ」
母親連合に押し切られる形で、〇〇は和にお弁当を届けることになった。
和「あ、」
ようやく待ちに待ったお昼休み。
学生にとってお昼休みは日々の潤いの時間。
和にとっても例外ではなく、お昼休みにお母さんの作ったお弁当を食べるのがいつも待遠しかった。
しかし、そんな和の至福な時間を打ち砕く出来事が起こった。
咲月「和、どうしたの?」
眼の前でお弁当を広げながら、動きの止まった和に気づいたクラスメイトの菅原咲月がたずねた。
和「…お弁当忘れちゃった」
咲月「えー、ほんとに!?」
和「うん…どうしよう…」
咲月「購買は?」
和「今の時間からなにか残ってるかな…?」
和たちが通う高校の購買は毎日激戦が繰り広げられている。
パンやお弁当が購買価格で安く買えるから競争が激しい。
現に先程、お昼休みが始まると同時に駆け出していったクラスメイトが、すでに戦利品を抱えてて戻ってきはじめていた。
和「しょうがない、ダメもとで行ってみるかな…」
咲月「元気出して和、私も付き合うから!」
和「ありがとう〜、さっちゃん〜」
親友の言葉には涙が流れそうになるのを我慢して立ち上がろうとしたときだった。
なんだか廊下が騒がしい。
なにかと思ったその時だった。
先生「井上ー、お客さんだぞー」
担任の先生に教室の入口から呼ばれた和が振り向くとそこには目を疑う人物が立っていた。
〇〇「よっ、和」
まさかの〇〇が立っていた。
〇〇side
和のお弁当を届けに高校までやってきた〇〇。
〇〇も同じ高校の卒業生。和とは被らなかったが、れっきとした先輩に当たる。
〇〇「さて、どうしたものか…」
流石に卒業してまだそんなに経ってないから代わり映えしない校舎を校門前から眺めながら悩んでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
先生「あれ、〇〇じゃないか!」
声のする方に視線を向けると、そこにはかつての担任の先生が、当時と変わらない格好をして立っていた。
〇〇「おー、先生ご無沙汰してます!」
先生「久しぶりだな! 元気にしてるか?」
〇〇「はい、おかげさまで自堕落な大学生活を謳歌してますw」
先生「ははは! 相変わらずだが、元気そうでなによりだ!」
当時と変わらない豪快だが親しみやすい先生との会話に懐かしさを覚えた〇〇。
ちょうどそのとき、お昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
先生「お、昼休みか。そういえば〇〇はなんで学校に来たんだ?」
〇〇「実は、幼馴染の井上和の母親からお弁当を届けるように頼まれまして、先生ご存知だったりします?」
先生「おお、井上なら俺の受け持ってるクラスだぞ。俺が担任だ」
〇〇「え、マジですか!?」
先生「おう、案内するからついてこい」
〇〇「え、いや、先生から渡してくれれば…」
先生「恩師をパシリに使うな。それに頼まれたことは最後まで自分で完遂しろ」
ああ、そういえばこういうタイプの先生だったな。
高校時代の良くも悪くもな記憶が蘇ってきた。
〇〇「はーい、わかりました」
先生「よし、んじゃ行くぞ」
先生につられて久しぶりに校舎に入る。
来賓用の玄関から入るのは初めてで変な感じがした。
お昼休みということもあって学生たちが構内を行き来している。
時折すれ違う生徒たちが先生に挨拶しつつも、後ろについている〇〇に視線を向けながらヒソヒソ話を繰り広げているのは〇〇にもわかったが、流石に会話までは聞き取れない。
階段をあがり、和たちの学年のフロアにやってくるとより一層生徒たちの数が増えて、ますます〇〇は注目の的になった。
先生「ここだぞ、今呼ぶからちょっとまってろ」
そういうと先生は教室のドアを開けて和を呼ぶ。
先生「井上ー、お客さんだぞー」
先生の言葉に反応した和と目があうと、すぐに駆け寄ってきた。
和「えっ!? 〇〇!?」
和は慌てて〇〇のもとに駆け寄った。
和「なんで、ここに!?」
〇〇「お弁当届けに来たんだよ」
そういうと〇〇は手にしていた和のお弁当の入ったトートバッグを見せるように差し出した。
それを受け取る和。
純粋に〇〇が届けてくれたのが嬉しかった。
和「ありがとう///」
〇〇「どういたしまして」
いつもの癖で和の頭をポンポンとする〇〇。
和「〜っ///」
声にならない声で照れていると、それ以上に教室や廊下のいたるところから女子生徒の黄色い歓声と、男子生徒の嫉妬の声が響く。
先生「やれやれ、んじゃ俺はそろそろ行くぞ。〇〇あんま長居はするなよ」
先生は肩をすくめながらその場をあとにしようとする。
〇〇「あ、俺も帰ります。じゃあ和、またね」
先生を追いかけて帰ろうとする〇〇。
そのままバイバイしたくなくてつい足が動いていた。
和「まって! お見送りする!」
玄関まで見送りに行く和。
その間の好奇の視線にあてられながらも、〇〇との束の間の時間を満喫する。
和「どう? 久しぶりの高校は?」
〇〇「あんま変わってないw でもエモい気もする」
和「まぁ、2年前だもんね。あー、〇〇と一緒に学校通いたかったな〜」
わざとらしくそんな事を言ってみる。
本心だけど、変に気づかれないように、あえて冗談っぽく言う。
どうせ、〇〇もおかしく返すんだろうなんて予想して〇〇の答えを待つ。
〇〇「そうね。俺も和と通いたかったな」
和「え?」
思わず並んで歩く〇〇の顔を見上げる。
どことなく感が紅潮しているようにも見えた。
どういう意味?
同じ気持ちなの?
確かめようか、心のなかで葛藤していると、無情にも玄関にたどり着いてしまった。
先生「じゃあな〇〇。たまには顔見せに来いよ」
〇〇「はい、ありがとうございます」
先生はひと足早くその場から去っていく。
残されたのは和と〇〇の二人。
あたりには誰もいない。
来客用のスリッパからスニーカーに履き替える〇〇。
〇〇「じゃあな、和」
踵を返して帰ろうとする〇〇。
和はとっさに駆け出して後ろから〇〇を抱きしめた。
〇〇「え、和?」
和「あ、その、ごめん。ありがとうって伝えたくて」
とっさの嘘。
いや、嘘ではないけど、それだけじゃないからやっぱり嘘。
でも、本当のことなんて言える勇気はまだ自分にはなくて、それでも少しでも伝わればと淡い期待を込めて、ほんの少しだけ抱きしめる腕に力を込める。
どれくらい抱きしめたのだろう。
時間にしたらほんの数秒のはず。
それでも和には何時間にも感じた。
ゆっくりと腕の力を緩めて〇〇との距離を作る。
和「じゃあ、またね〇〇!」
〇〇「お、おう」
ふたたび歩き出す〇〇。
まだ伝わらなくてもいい。
いつかちゃんと伝えるんだから。
和はそんな思いを胸に秘め、教室へと戻っていった。
咲月「帰ってきたーーー!」
教室に戻ると親友の咲月を筆頭に、クラスメイト、はたまた他のクラスの生徒までが集まって和を待ち構えていた。
和「な、なに!?」
咲月「あのかっこいい人誰!? 彼氏!?」
和「ち、ち、ち、違うよ! ただの幼馴染!」
顔から火が出そうなくらい赤くなる和。
咲月「またまたぁ、ただの幼馴染が頭ポンポンなんてしないって〜。それに和の顔も完全に恋する乙女だったし!」
和「んなっ! う、うるさいうるさい! いいからご飯食べよ! みんなも散れーー!」
それからも結局下校時間までこの話題が冷めることはなく、話題の的になる和なのだった。
和「(〇〇のせいで〜。帰ったら許さん!)」
帰宅してから〇〇が和に理不尽に怒られたのは、また別のお話。
つづく
この物語はフィクションです。
実在する人物などとは一切関係ございません。
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