2 アオハルを駆け抜けろ
ある日の昼休み。
チャイムが鳴ってクラスメイト達がようやく訪れた休息の時間にテンションが上がり始めるのを横目に、僕は小さく机に突っ伏すように腕を伸ばした。
美月「やーっとお昼休みだね~!」
前の席の美月が僕の頭をつんつんとつつきながらいっている。
そんななかで美波の声も聞こえてきた。
美波「おーい、なに伸びてんの? 邪魔なんだけど」
自慢の弁当が入ったポーチを手にした美波が近寄ってきて、いつも通り近くの開いている椅子を拝借して僕の机のもとに腰を下ろす。
僕はおとなしく机を解放すると、美波は机の上にいつものお弁当箱をとりだした。
こう見えていつも自分でお弁当を作っている美波は、僕らのことは気にせずにふたを開けると美味しそうな弁当が見えた。
○○「相変わらず美味そうだな~」
美波「だから作ってきてあげるってば」
○○「いくら?」
美波「1食1000円」
○○「高えーわ!」
そんなやりとりをしていると美月も持ってきていたお弁当を僕の机の上に広げようとするのを横目に、僕は美波とのやりとりを切り上げて財布を片手に立ち上がった。
美月「今日は購買?」
○○「うん、昨日買いそびれちゃったからね」
美波「あ、ついでにミルクプリン買ってきてよ」
○○「ん」
美波「何よ、その手は?」
僕は美波の目の前に手を伸ばした。
その意味は言わずもがなわかるだろう。
しかし、美波には僕の訴えは伝わらなかったようなので、仕方がなく言葉でも伝える。
○○「買ってきてやるからお金」
美波「かわいい美波ちゃんのお願いなのに、返す言葉が“金”って。そんなんじゃモテないわよ?」
○○「へいへい、モテなくて結構ですよ~」
僕は軽口をたたく理佐をしり目に教室を出て購買に向かった。
購買は校舎の一階の、割と奥まったところにある。
美波のせいで出遅れちまったから、普通に行ったらろくなものゲットできないな。
仕方がない、ショートカットするか。
僕は旧校舎に通じる渡り廊下を走り抜けた。
旧校舎はその名の通り今の校舎ができる前に使用されていた校舎で、今では部活などで若干使われているほかは各教科の準備室という名の倉庫代わりに使われている建物だ。
意外と知られていないが、旧校舎を通れば少しだけど購買へのショートカットになる。
人通りのない旧校舎の廊下を歩いていると、中庭の隅のほうに数人の人影が見えた。
珍しいなと思っていると、そのうちの一人に目がとまった。たまたま知った顔だったからだ。
なぜかはわからないけど、足が動いていて気が付けばその人影がいた1階の中庭に向かっていた。
中庭に近づくにつれて静かな校舎内にもかろうじて聞こえるくらいの声が聞こえてきた。
史緒里「ごめんなさい、今日はこれくらいしか…」
聞こえてきた声の主は同じクラスの久保史緒里さんだった。
久保さんは透き通るような雰囲気のきれいなルックスが特徴的な女子で普段は物静かだと有名だった。
前髪を下ろしているのといつも下を向いているせいで表情はあまり見えないし、だれかと話しているのなんてほとんど見たことがない、というくらい人見知りが激しいと有名だった。
だからこそ、久保さんが誰かと一緒にいるのが気になってきてみたんだけど、聞こえてくる彼女の声色からは明らかに恐怖といったような負の感情が感じられた。
女子生徒A「え~、約束と違うじゃん。一万円もって来いって言ったよね?」
女子生徒B「たった5千円じゃん」
これは、カツアゲってやつか。僕は瞬間的にピーンときた。
人目につかない旧校舎の中庭で、久保さんを囲むように壁際に追い詰めてお金を要求しているって、状況証拠としては完ぺきだった。
女子生徒C「なに泣いてんの? チョーウケるんですけどww」
女子生徒B「うわ、マジだww」
女子生徒A「そんなに泣くんなら助けてくれる友達の一人でも連れてきてみなよww」
その瞬間、僕のなにかがブチっと切れた気がした。
気づいたら久保さんたちのもとに歩きだしていた。
○○「おーい、久保さん!」
久保「…え?」
女子生徒A、B、C「「「!?」」」
僕が何食わぬ顔で彼女の名前を呼びながら現れた瞬間、女子生徒たちはびくっと身体を反応させて僕のほうを一斉に振り向いた。
僕は彼女たちの元まで駆け寄ると、久保さんと女子生徒たちの間に身体を入れた。
○○「探しちゃったよ。こんなところにいたんだ」
僕が彼女に向かって話しかけると、彼女は訳が分からなかったようで目に涙を浮かべたまま僕を見つめていた。
僕のほうが身長が高いから少しだけ上目遣いのような形になって、不覚にもかわいいと思ってしまった。
女子生徒A「〇〇くんだよね、悪いんだけど今取り込み中だから後にしてくれない?」
リーダー格らしき女子生徒がいった。
その女子生徒は1年のときに同じクラスになったことがあるやつだったけど、正直あまり絡んだことなかったから、名前さえもわからなかった。
〇〇「いや~、僕も久保さんに用事があってさ」
女子生徒A「はぁ? 〇〇くんが? 何の用事なの?」
〇〇「お昼休みなんだからランチの約束に決まってるじゃん」
女子生徒A「ランチ!? 〇〇くんとこいつが!?」
〇〇「おかしい? 僕たち友達だからべつになにもおかしいことはないと思うけど? じゃあ時間ないから悪いけど行くね。行こ、久保さん」
僕は半ば無理やり久保さんの手を引っ張って彼女たちから離れさせた。
面食らったのか、女子生徒たちはあっけにとられた表情のまま僕たちを目で追っていたが、僕はおもむろに立ち止まって再び彼女たちに向かって言葉を発した。
〇〇「そうそう、もうこれ以上、僕の友達をいじめるのはやめてあげてね。これ以上続けるようだったら僕にも考えがあるから」
僕はそう言いながらスマホを彼女たちに向かってちらつかせた。
女子生徒A、B、C「「「!?」」」
彼女たちはそれを見て黙ってうなづいたのを確認して、僕は再び久保さんの手を引いてその場を後にした。
そして、旧校舎の出口までやってきて階段の踊り場までやってきてようやく歩みを止めた。
僕はそれまで久保さんの手を握ってしまっていたことに気が付いた。
〇〇「あ、ごめんね。僕のことわかるかな。いちおう同じクラスなんだけど…」
久保「〇〇くんでしょ。もちろんわかるよ。助けてくれてありがとう…でも、どうして?」
〇〇「たまたま購買に行こうとしたら久保さんが絡まれてるのが見えてさ。でも緊張した~。あんな風にいじめっ子と対峙するの初めてだったからさ」
僕はできるだけ冗談めかして場を和ませようとした。
久保「そうだったんだ。でもおかげで助かった。でもまた…」
〇〇「ああ、それは大丈夫だと思うよ。いちおう最後に警告しておいたし。まあブラフなんだけどね」
久保「警告?」
〇〇「最後に彼女たちにスマホをちらつかせておいたんだ。なにも撮れていなかったんだけど、いちおう記録はとってるんだぞ、っていう意味のブラフだったんだけどうまく引っかかったみたい」
久保「そ、そうだったんだ。で、でも私に友達がいないのは本当だから、いつかまた…」
彼女はそういって下を向いてしまった。
〇〇「いやいや、僕たちもう友達でしょ。僕が久保さんを友達っていったのはブラフじゃないよ」
僕がそういうと、久保さんは驚いたように顔を上げた。
久保「で、でも、私なんかと友達なんて…」
〇〇「僕が友達になりたいと思ってるんだからいいの。それとも僕じゃダメかな?」
久保「…(フルフル)」
彼女は無言で首を横に振り続けながら、小さな声で、ありがとう、と一言だけ小さくつぶやくように口にすると、再び涙を流しながら僕にピトッと寄りかかるように体重を預けてきたので、僕はできるだけ優しく彼女が落ち着けるように抱きしめた。
しばらくしてようやく久保さんの涙も落ち着いたときだった、不意にスマホが振動した。
見てみると液晶画面には着信を知らせるポップが表示されていて、美波からの電話がかかってきていた。
〇〇「もしもし?」
美波「もしもし!? いまどこ!? 待ちくたびれてお腹ペコペコなんだけど!!」
通話状態にした瞬間、大音量の美波の声が鼓膜を破らんがごとく耳に響いた。
〇〇「ああ、ごめんごめん。ちょっと寄り道しちゃって。そうだ、お昼一人追加でもいい?」
美波「なんでもいいから早くして!」
電話を切って再び久保さんに視線を向けた。
〇〇「久保さん、お昼は?」
久保「あ、まだだけど…」
〇〇「よかった、じゃあいっしょに食べようよ。同じクラスの山下美月と梅澤美波もいっしょだけどねww」
久保「え、でも…」
〇〇「いいからいいから。とりあえず購買に行こ。僕もお昼買わないと。それとご機嫌斜めの美波のためにミルクプリンもね」
久保「…フフ、わかった」
初めて見る久保さんの優しい笑顔は、思わずドキッとするくらいかわいかった。
すっかり出遅れた僕たちは、購買で余っていたおにぎりとか菓子パンを適当に買った。
それと美波のためにミルクプリンを買って急いで教室に戻った。
〇〇「ごめん、お待たせ!」
美波「遅ーい! いつまで待たせ— ってあれ久保さん?」
美月「本当だ、久保さんじゃない。〇〇、どうしたの?」
教室に戻った僕を出迎えた美月と美波だったが、僕の後ろにいた珍しい人物に興味が移ったようで、どういうことかを僕に尋ねてきた。
僕は簡単に事の経緯を二人に説明した。
美月「そうだったんだ。大変だったね」
美波「いじめとか最低。さすが〇〇、よくやったよ」
二人への説明を済ませて僕も席についてさっき買った戦利品を机においていると、久保さんが僕たちを見ながら立ったままだったことに気づく。
〇〇「久保さん、こっちこっち座って』
久保「…いいの?」
美月「当たり前じゃん。はやくはやく」
美波「椅子はそのへんの適当にね」
久保「う、うん」
久保さんは美波がいったとおり、空いていた椅子を静かに引き寄せて僕と美月の開いているスペースに遠慮がちに腰を下ろした。
〇〇「じゃあ、改めまして今日から僕たち四人は友達ってことで」
美月「イエイ! よろしくね!」
美波「よろしく」
僕たちはそういっていつもの感じでそれぞれ飲み物を手に持った。
それを見た久保さんも、慌てて先ほど買ったペットボトルのお茶を取り出して僕たちにあわせるように手にもつ。
〇〇「じゃあ、カンパーイ」
美月&美波「「カンパーイ!」」
久保「か、かんぱい」
ほんの少しだけ緊張が解けたように優しい表情になった久保さん。
その日から、僕たちのコミュニティにもう一人の仲間が加わったのだった。
つづく
この物語はフィクションです。
実在する人物などとは一切関係ございません。
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