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創作大賞用             いかなる花の咲くやらん 第13話 縁(えにし)

令和元年(2019年) 初夏 平塚

永遠は花の香りに花をくすぐられ、目が覚めた。真っ白い部屋に寝かされていた。枕元の花瓶には藤の花が生けられていた。ここは病院のようだ。ベッドから夕焼けに赤く染まる高麗山が見えた。(テレビ塔が見える。ということはここは平塚市民病院かな。それにしても、丸いアンテナをいっぱい付けられてしまって、テレビ塔はイカのゲソみたいになっちゃったな。
あれっ、私どうしたんだっけ・・・。あーそうか、高麗神社のお祭りで足を滑らせて、落ちたんだ。
・・・なんか、長い夢を見ていた感じ。すごく悲しいけれど、すごく素敵な恋をしたような気がする。)
お医者さんと話していた母親が病室に戻ってきた。
「永遠―、お医者さんに言われちゃった。どこも悪くないって。それは良かったんだけど、目が覚めないけれど、治療の必要がないから、ほかの病院に移らないといけないって」
「そうなの?」
「うん。だから、早く目を覚ましてちょうだい。お願い・・・、えっ?!」
「おはよう」
「永遠、目を覚ましたの?」
母は慌てて「永遠が「おはよう」って言ってます」とわかるようなわからないようなナースコールをした。
「おはようじゃないよ。もう夕方だよ。永遠―。良かった。夕方でもおはようでもなんでもよいよ。良かった。良かった。あなた、十日も寝ていたのよ」
診察の結果、やはり悪いところはどこもなく、二、三日様子をみて、栄養を取って、何もなければ家に帰れることになった。
翌日、和香ちゃんが見舞いに来た。
「良かった。永遠ちゃん、心配したよ。元気そうだね。あれ?これ、なあに?」
枕元におはぎのような黒い石が置いてあった。
「あっ、これは」
(やっぱり、夢なんかじゃなった。私はタイムスリップしていたんだ。十郎様と本当に愛し合っていたんだ。)
ぽろぽろと涙が溢れだした。
永遠は今までの四年間のことを和香に喋りだした。涙と嗚咽交じりで。
途中、お医者さんが鎮静剤を討とうとしたけれど、和香が「全部話させてあげて欲しい、私が永遠ちゃんの話しを全部受け止める」と、お医者さんを説得した。そして永遠はすべてを話し終えた時、石はスーと消えていった。
和香は翌日はお見舞いに来なかったが、翌々日、重そうな本を何冊も抱えてやってきた。
「あったよー。永遠ちゃんの言っていたのと同じ話が載っている本。永遠ちゃんの不思議な体験は夢を見たってこともあると思うけど、私はタイムスリップ説を断然支持する。私ね、思い出したの。永遠ちゃんが落ちた時、崖の下に倒れている永遠ちゃんと、黒い何かに乗って飛んでいく永遠ちゃんを同時に見たの。でね、この曽我物語に出てくる「虎女さん」というのが永遠ちゃんのことだと思うんだけど」
「曽我物語?」
「うん。それで図書館で色々調べてきたの。昔の文章だから、そのままのは全然読めなくて。もっと、古文の授業ちゃんと聞いておけばよかった。こちらの本は、現代語になっていて解説もあるから、比較的読みやすかったよ」
「ありがとう。和香ちゃん、こんなに沢山。」
「図書館の司書の岩尾先生が、永遠ちゃんのお見舞いなら、また貸しにならないようにって、永遠ちゃんの名前で貸し出ししてくれた」
永遠はそれらの本を手に取った。不思議なことに昔の書物もすらすらと読むことができた。そこには自分と十郎のことが書かれていた。

令和四年(2022年) 平塚

三年の月日がたった。永遠と和香菜は、平塚の白藤稲荷に来ていた。
「今年も、藤の花が咲いたね。すごい良い匂い」
白藤稲荷は今は小さな祠と、畳二畳ほどの藤棚のこじんまりとした社になっている。通りに「虎女の文塚」の看板はあるが、気付く人も少ない。それでも、毎年5月になると白い藤が咲く。大ぶりな花びらで、香り高い。
「永遠ちゃん、藤の花って色々花言葉があって、白藤は「なつかしい思い出」という花言葉もあるんだって」
「なつかしい思い出か」
「言い伝えでは、十郎様への思いを断ち切るために、ここで十郎様に頂いた手紙を燃やして。その煙が白藤になったってなっているよね。戻る途中にこの白藤の良い香りに包まれたけれど、白藤が咲いたのかな?私は咲いたところは見ていないんだ」
「咲いたよ。あれ? ねえ、前にここで一緒に何か燃やしたことあったっけ?」
「ないよ。ここで手紙を燃やしたのは私と、鎌倉時代の友だちの亀若ちゃん。何回も和香ちゃんに話を聞いてもらったから、一緒にいたような気になってしまったんじゃない?」
「そうだよね。・・・一緒に手紙を燃やして、永遠ちゃんが石に乗って消えて行って、そのあと、煙が見る見るうちに白藤に変わって、むせかえるほどの香りがして。白い大きな藤の花が次々と咲いたの。すごくきれいだった。ン?、おかしいな。」
「和香ちゃん・・・」
「永遠ちゃんの言う通り気のせいだよね」
「煙が白藤に変わるところを見た気がするの?もしかして和香ちゃん・・・。いやいや、そんなことあるはずないよね」
「あるはずないことが、いろいろあったからね。どうなんだろうね。何がおきても不思議ではない気がする。いやー、ないない。で、 永遠ちゃんは、卒業したら本当に出家するの?」
「うん。大学院に進んで、曽我物語の研究は続けていくけど」
「もう、十郎様のことは忘れて、別の生き方をしても良いとおもうよ」
「そうだね。そういう生き方もあると思う。でも、私はそうしたいの」
「そうか」
「この藤の花、八百年前の木なのかな。本当に良い匂い」
「ありがたいね。八百年も昔の塚を今もこうして残してくれているなんて」
「ほんと。維持してくれている人に感謝だね」
永遠は目をつぶって、胸いっぱいに、花の香りを吸い込んだ。そして祠に手を合わせた。
「私。永遠は卒業後、十郎様と五郎様のために出家したいと思います。どうか見守ってください」
「その、出家、少し待っていただけませんか」男の人の声がした。
驚いて振りむいた永遠の前にいたのは、なんと五郎にそっくりの青年だった。
「お久しぶりです。永遠殿」
「なぜ?どうして?五郎様なの?」
「はい。曽我五郎です。兄もいますよ」
そう言われて、指さすほうを見ると、そこに、あれだけ会いたくて、会いたくて思い続けた人がいた。
「十郎様」
「約束を果たしに参りました。生まれ変わったら、その時は添い遂げようと約束しましたよね」

「私が黄泉の国へ行くときに、何故か、なかなか成仏できずにさまよっていました。暗闇の中で、あなたが手紙を燃やしているのが見えました。あなたの元へ行こうとしましたが、思うように進めず、手紙を燃やす煙に導かれて歩いていきました。すると、急に明るいところに出て。この時代に産まれたのです。前世の記憶が蘇ったのは、つい最近のことです。
五郎とはこの時代でも兄弟です。前世の記憶が戻った時は信じられませんでしたが、五郎も同じ体験をしていたので、本当のことだと思えました。それからずっと、永遠さんに会いたいと思っていました。
今日、ここに来れば、会えると確信がありました。」
語りかける十郎、笑いかける五郎、涙する永遠。その隣で固まっている和香。

和香が、五郎を見つめて、
「五郎様。亀若です」と、呟いた。

しっかりと抱きあう永遠と十郎。はらはらと散る白藤の花びらを、湘南の風が勢いよく吹き上げ、高麗山の向こうに運んで行った。深緑の高麗山の上に大きなおはぎのような雲が浮かんでいた。
「あっ、虎御石。
私たちの縁(えにし)は結ばれていました。ありがとうございました」
虎は流れる雲に手を合わせた。雲は形を変え、笑顔のようになった。虎御石が二人を祝福し、笑いかけているようであった。

     完

参考文献 小学館新編日本古典文学全集53曽我物語

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