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「いかなる花の咲くやらん」第10章第8話「亀若の操」

二人は菊鶴の番傘を手に宿の中へ入っていった。廊下が暗く何も見えないので、入り口の篝火を番傘に燃え移らせ、暗い廊下を進んだ。しばらく行くと何かがキラリと光った。「亀若の簪だ。」五郎が亀若にあげた亀の細工の簪が、入り口横の柱に刺さっていた。二人は簪の刺してあった部屋の障子を思いっきり開けた。そこには祐経と添い寝する亀若がいた。
「亀若さん・・・」亀若は三つ指をついて「文字通り身を呈して祐経殿を足止めしておきました」
五郎は我が耳と目を疑った。今更ながら、亀若が自分にとってどれだけ大切な存在であったかを思い知らされた。
「なんということを」
「亀若の操、五郎様のために捧げました。悔いはありません。さ、早く。祐経殿は寝ておられます。今のうちに」
五郎は松明代わりにしていた番傘を振り捨てて、亀若を抱きしめた。しかし、自分の中にたぎる荒々しいものが、清らかで柔らかいものを傷つけてしまいそうで、急いで体を離した。何も言葉を発せられない五郎に代わって、十郎が礼を言った。
「かたじけない亀若さん。さあ、早くお逃げなさい」
「はい。大願成就をお祈りしております。さようなら」
亀若は急いで着物を羽織ると部屋を出ようとした。
「待て。亀若、護身用に持って行け」
五郎は絞り出すように言って、祐経から渡された赤木の柄の刺し刀を亀若に渡した。亀若は刀を握りしめ、闇に消えて行った。

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53

次回 第11章第1話 「大願成就」 に続く

第1話はこちらです。
途中に飛んで来られた方は、是非第1話からお読み下さいませ。
宜しくお願いします。


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