見出し画像

いかなる花の咲くやらん 第8章第3話 仇討ちの為に


「五郎様、頼朝様は森戸に、自分が信仰する三島神社の文例を勧請し、たびたび訪れています。別荘を建てて、そこへ遊覧しているようです。森戸の海は特に夕日が美しいことで有名で、流鏑馬や相撲で遊んでいるようです」
「そうですか。亀若さんの情報網はすごいですね。でも、仇討ちは考えておりませんよ」
家に帰った五郎が、十郎にその話をすると
「それならば、祐経が同行する可能性は高いな。よし、次に頼朝が森戸へ行くときに様子を見てみよう」
二人は次の頼朝の遊行の時に、ひそかに後を付けた。果たして祐経の姿はあった、しかし祐経の周囲には常に人が多くいて、なかなか好機は得られそうもなかった。そして一行は夕日を眺め、夜になると月明りの中を船で鎌倉へ帰ってしまった。この様子では森戸で祐経を討つことは難しそうであった。
また、ある時、亀若が掴んできた情報は頼朝の娘の病であった。
「長女の大姫様が病にかかりました。頼朝様は足しげく大山へ通い、日向薬師へ平癒祈願の巡礼をされています。頼朝様は日ごろは大勢の家来を引き連れておいでですが、この時ばかりは途中で馬を降り、日向薬師まで歩いて向かわれるらしいです」
「ありがとう。その、徒歩の途中ならば、祐経を討つことが出来るかもしれないですね。
これだけ、いろいろな情報を得るためには大変な苦労もあり、危ないこともあるでしょう。これ以上白を切るのは罪悪感を覚えます。亀若さんを信じて本当のことをお話いたします。亀若さんのお考えの通り、私たち兄弟は父の仇を討とうとしております。このことは母にも誰にも言っておりません。お理解のこととは思いますが、決して他言は無用です。今まで誰も味方がいないと思っておりましたが、ここにきて百万の見方を得たような心持です。しかし、くれぐれも危ないことはなさいますな」
兄弟は次に巡礼の時に、大山へ先回りした。祐経の姿は確認できたが、ここでも祐経は人々に囲まれるように歩いており、今日も手を出すことは難しかった。
「兄上、祐経は我らに狙われていることをわかっていて、たいへん警戒しているようです。常に自分周りを警備の者に囲ませでいます。これでは、なかなかことがすすみません」
「何か、祐経を油断させる良い手はないものか」
「それならば、兄上と永遠さんが、目立つように二人で逢瀬を重ねるのはいかがでしょうか。今はひっそりと永遠さんと二人で大磯と曽我の間で会っているだけですが、これからは鎌倉や葉山、三浦、大山など、色々な場所へ行くのです。美しい永遠さんを連れて歩けば、巷で噂にもなりましょう。『曽我の兄弟は仇討ちのために祐経を付け回していると思っていたが、美しい虎御前にすっかり上(のぼ)せて、もう仇討ちはやめたのだろう』と世間は思うでしょう。さすれば、祐経も油断をするのではないでしょうか」
「永遠さんを、利用するようで心苦しいが」
「大願成就のためです。なにも永遠さんを悲しませるようなことをするわけではありません。二人で出かけるだけです」

十郎は永遠を連れて、まず森戸海岸へ行った。
海岸の南側森戸川にかかるみそぎ橋を渡ると森戸神社に着く。
「永遠殿、ここは森戸神社です。平治の乱に敗れ伊豆に流された源頼朝は、三嶋明神を深く信仰し源氏の再興を祈願しました。そのご加護により旗挙げに成功し天下を治めた頼朝様は、鎌倉に拠るとすぐさま信仰する三嶋明神の御分霊を、鎌倉に近いこの葉山の聖地に歓請したのです。将軍自らこの地を訪れ、流鏑馬、笠懸、相撲などの武事を行っています。七瀬祓(ななせはらえ)の霊所としても重要な地です」
「七瀬祓いとは」
「七箇所の神聖な河海である 由比ヶ濱・金洗澤池(かねあらいさわいけ)・固瀬川・六浦・柚川・森戸・江の島龍穴でお祓いをすることです」
「そうなんですね。あら、あそこに岩の中から生えたような松があります」
「ああ、これが千貫松か。和田義盛殿が言っていた。頼朝様が衣笠城に向かう途中、森戸の浜で休憩した際、岩上の松を見て「如何にも珍しき松」と関心を持たれたそうです。そこで、出迎えの和田義盛殿が『我等はこれを千貫の値ありとて千貫松と呼んでおります』とお答えしたところ、頼朝様も、『素晴らしい。岩を貫き根を張り、天を目指して伸びゆかん。無理難題とも思えることを乗り越え、武士の頂点に立った、己のようだ。まさしく千貫の価値あり』とお気に召したようです」
「なるほど岩から生えているような松ですね。根はどうなっているのでしょうか。岩の中に土があるのでしょうか。昔から執念は岩をも通すと言いますね」
「私も岩をも通す強い信念を持つようにいたしましょう。
ああ、そうそう、この辺りには面白いいわれの木もあるのですよ。飛柏槇(ひびゃくしん)の木といって、源頼朝様が参拝の折、三島明神から飛来し根付いたものと言われています」
「三島からここまで、頼朝様を追って木が飛んできたとおっしゃるの」
「まあ、それは頼朝様は木にも慕われるお人柄と、周りの豪族の誰かが、噂を流したんでしょう」
「この木ですね。海を飛んできた槇の赤ちゃんが、石垣にぶつかって、海に落ちまいと、急いで根を張ってしがみついているようにも見えます。案外本当のことかもしれないですよ。ちゃんと大きく育つと良いですね。楽しみです」
森戸海岸から眺める夕景は、まるで溶かした黄金を空から海に流し込んだようであった。
次回第8章第4話に続く


森戸神社の千貫松
とても美しい神社です。
近くには美味しい和食屋さんもありました。    



こちらが飛び松 今では大きく育っています   著者撮影


続きはこちらから。

第1話はこちらから。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?