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いかなる花の咲くやらん 第8章第2話 亀若の決意

生来、勘の鋭い亀若は先日、兄弟が座敷から急に帰ってしまった様子を見て、もしかしたら工藤様を追っていったのではないかと気が付いたのだ。(あの兄弟は仇討ちをしようとしている。どうしよう。少し前なら仇討ちは武士の誉れ。成就のあかつきには、士官も叶い、領地も元に戻されたでしょう。でも、今は頼朝様の世。世を乱す仇討ちは禁じられている。まして、工藤様は頼朝様の側近。御自分の部下を殺されて、頼朝様が黙っていらっしゃるわけはない。どうしよう。どうしよう。

大磯へ戻った五郎に亀若が声をかけてきた。「五郎様、つかぬことを伺います。全くの検討違いでしたら申し訳ございません。
もしや、先日は工藤祐経様を追っていらしたのではないですか。お二人の仇が工藤祐経様であることは、昔、噂になりました。それでも時が過ぎ、時代も変わり、もう仇討ちはなさらないものと思っておりましたが」
「いやいや、何をおっしゃいますか。仰せの通り時が過ぎ、時代が変わり、それでも仇を討とうなどと、気骨のある者ではありません。どうかそのような推察はなさいますな」
「いいえ、五郎様は気骨のある方。いつも五郎様を気にかけておりましたこの亀若にはわかります。他言は致しません。どうか本心をおうちあけください」
「・・・」
「以前、大磯で永遠さんと十郎様が初めて会った時、あれは頼朝様が安産祈願に高麗神社にいらしたときでした。世間ではその話でもちきりで、皆が頼朝様を一目見ようと大磯へ集まっていました。それなのにお二人は、その日に頼朝様がいらっしゃることをご存知ありませんでした。
そんなことでは、いつまで経っても仇討ちなどできますまい。
私は茶屋で働いておりますので、様々なお噂が耳に入ってまいります。工藤祐経様がいつ、どちらへお出かけなさるかを、五郎様にお伝えすることも出来ます。どうか、私に本当のことを教えていただけませんか」
「いや、仇討ちなど微塵も考えておらん。気骨者であるなど、亀若殿の買い被りですよ。あっはっはっ」
「わかりました。では、私は勝手に工藤祐経様のお噂を、五郎様に伝えさせていただきます。それなら、よろしいですよね」
「そこまで、おっしゃっていただけるなら、そうしてください。私も兄上に付いて大磯まで中四日と空けずに参っております。亀若さんとお話できるのであれば、それも楽しみというものです」

亀若は決意した。(五郎様が仇討ちを望んでおられるのであれば、私はお手伝いをしよう。たとえ、世間が二人を世間を騒がすの不届き者と罵っても、私だけは五郎様の味方でいよう)
愛する五郎のために情報集めをしようと決めた亀若はもう、月蝕を恐れるような軟な娘ではなくなっていた。その後、亀若はことあるごとに工藤祐経の動きを五郎に伝えた。
次回、第8章第3話 に続く

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