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いかなる花の咲くやらん 第9章第6話 矢立ての杉

家を出た二人は田村の桜道へ出た。頼朝はもう相沢の狩場へ入られたと聞き
「さっ、足柄山を越えて一刻も早く参ろう」と十郎が言うと
「いえ、足柄を経ないで 箱根から行きたいと思います」
「何故。箱根から参っては遠回りになってしまうだろう。五郎らしくもない」
「実は箱根の別当様にもお別れをしたいと考えまして。勝手に箱根を出たにも関わらず別当様からはこの四年何度もお手紙を頂戴いたしました。しかし、私は出家しなかったことが申し訳なく、恥ずかしく思い、何のお返しもしないままにしてしまいました。最後に無礼を詫び良くしてくださったことにお礼を申し上げたいのです。また権現様にお参りして大願成就をお願いしたいと思います」
「なるほど、それはもっともなことだ。気がつかないで申し訳なかった。それでは鞠子川(酒匂川)を渡って参ろう」
二人が鞠子川を渡ろうとするとその日は流れが激しく水が濁っていた。
「罪人が川を渡ると三途の川の水が濁ると言います。鞠子川こそ三途の大河、箱根の山こそ死出の山、頼朝様がエンマ大王ということか」川を渡って坂峠を越えるとき十郎が振り返り酒匂、神津、高麗の山が見えた。(あーあの山の麓に、永遠殿がおるのだな。今頃どうしているだろうか。私が去った後、息災に暮らせるだろうか)
しばらく行くと矢立の杉に着いた。その昔、文徳天皇の弟 柏原の宮が東夷を平定するためにこの街道お通りになった時、権現への奉納のため上矢の鏑をこの杉に射たて、それ以来この道を通る人は上矢を奉納する習慣がある。兄弟も箱根の守護神に奉納するために上矢の鏑を射たてて通った。
 

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53

次回 いかなる花の咲くやらん第9章第7話「微塵」「友切」に続く



箱根神社に大きな矢立の杉が残っていますが、兄弟が矢を立てた杉は
箱根湯本駅から東に少し行った三枚橋のたもとにあったといわれています。
いまでは、写真のとおり小さな石碑が立っているだけです。
何処にあるか分からず、探し回り地元の人に聞いたりしましたが、
地元の方もご存じありませんでした。
(お尋ねした肉屋さんと洋服屋さん、パソコンで調べてくれるほど協力していただきました。
ありがとうございました。)
是非々々聖地巡りでここにも人が訪れますように。
小田急ロマンスカーから橋は見えますが、この碑は車窓からは見えません。

聖地巡り「箱根編」はこちらへ




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