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申し訳ないけど、

 申し訳ないけど、 

 という言葉で前置きをする時、言った人はたぶん、あまり申し訳ないと思っていない。なぜなら、直後に申し訳ないようなことをずけずけと言ってくるからだ。

 もしも本当に申し訳ないと思っているなら、何も言わないのがスジだろう。だって、いくら前置きされたところで、申し訳ないようなことを言われたら、言われた方は愉快な気はしない。それをわかっていながら、それでも自分の意見を押し付けたいわけだ。相手の事情なんてまるで考慮する気がない。

 発言ではなく、行動に置き換えてみるとわかりやすくなる。

「申し訳ないけど、」

 と言われてから、殴られたらどうだ。

 前置きしようがしまいが、殴られて痛いのは同じ。その上、向こうは一応申し訳ない風を装っているから、こちらからは反撃しにくくなる。すでに申し訳を立てている相手を責めにくいではないか。ダメージを与えた上で、カウンターの余地さえ与えない。普通に無言でただ殴ってくるよりも、ずっとたちの悪いやり口だ。

 つまり、「申し訳ないけど」という言葉は、相手に気をつかっているように見えて、実は自分の我を通すための便利ワードなのだ。

 ということで、

 普段おおっぴらには主張しにくいことを、この便利ワードを使ってガンガン言っていこう。

「申し訳ないけど、フードコートでパソコン開きますよ」

「申し訳ないけど、ドリンクバーだけで三時間居座りますよ」

「申し訳ないけど、パスモに五百円だけチャージしますよ」

「申し訳ないけど、千円カットで髪切りますよ」

「申し訳ないけど、大の時は十五分くらい個室使いますよ」

「申し訳ないけど、このクーポンすぐ捨てますよ」

「申し訳ないけど、さっきから薦めてるそのシャツ買いませんよ」

「申し訳ないけど、全部『食べログ』で調べた店ですよ」

「申し訳ないけど、このアプリ、流れで落としただけで絶対やりませんよ」

「申し訳ないけど、五十メートル走、八秒台ですよ」

「申し訳ないけど、ハンドボール部だったのにルール全然知りませんよ」

「申し訳ないけど、そんなハイペースで歯医者に通いませんよ」

「申し訳ないけど、免許持ってるからって運転できると思ったら大間違いですよ」

「申し訳ないけど、この程度の用事ならヒゲ剃りませんよ」

「申し訳ないけど、ワイヤレスのイヤホンまだ信用してませんよ」

「申し訳ないけど、花の名前まったく知りませんよ」

「申し訳ないけど、『メタルマックス2』をやるときは、不格好でもゲパルトに主砲の穴あけますよ」

「申し訳ないけど、『クッキングパパ』で、虹子さんが幼い頃のまことを窓から捨てそうになった日のことを語る回の話、泣きそうになりながら今後もちょいちょい話しますよ」

「申し訳ないけど、そっちが勝手に上げてきたハードル、余裕で下回りますよ」

「申し訳ないけど、まだ電車あるのに帰りますよ」


 これで各方面に、完璧な申し訳が立った。これからは臆することなく、堂々とこれらのことを実行していこう。


 申し訳ないけど、オチとかないですよ。