「泣きたくなるほど嬉しい日々に」尾崎世界観

 元彼の人数が増えていくにつれて、百万回生きたネコのことを思い出す。ひとつの恋の息の根が切れて、また新しい恋が息をはじめる。そのひとつひとつの生命で、可愛がられたり、傷ついたり、暖かかったり、冷たかったりした。

 もう終わりにしようって今日こそは言うと決めた日のデートがたまたま楽しかったりして、やっぱりまた次でいっかなんて思って、また冷たい感情に心を支配されて、あの日あの言葉を言わなかったことを後悔する。別れるには相応のエネルギーが必要で、そのエネルギーはあの日のキライとこの前のデートのウザイとでもまだスキかも?といや、やっぱりキモイが主な成分だ。ポイントカードみたいに少しずつ溜まっていって、いっぱいになった紙にもう終わりにしようってハンコを押して差し出す。大したお金も払ってないのにポイントはしっかり貯めていることに対する後ろめたさでいつも逃げるように別れてしまう。

 別れることはそんなふうに面倒くさいことだから曖昧な関係でいる方が楽だった。でも、付き合ってもいないのに時間とお金を費やしてくれる人には今度は逆にポイントカードを貯められているような気分になった。使った分のお金と時間のスタンプをポンポンと貯められて、いつか真剣交際の特典と交換することを求められるのだろうか。そんなことを考えていたらだんだん頭が痛くなってきて、何かと理由をつけては濃くなってしまった関係を少しずつ水で薄めていった。当店ではこちらのポイントカードのお取り扱いはございません、注意書きもしていないのにそう告げなければいけないのが後ろめたくて、また逃げるように一人になった。

 点滅する青信号を足速に渡らないでほしかった。私と待つ赤信号の空白がそんなに退屈で耐え難いものなのかと思って悲しくなった。一緒にいるということは一緒に空白を埋めるということだ。だから、デートの日のスケジュール帳はいつも真っ白だし、たった赤信号ひとつ分の空白も埋められなくて、どうやってあの果てしなく続く夜の空白を、もっと言えば果てしなく続く人生の余白を埋められるというのか。それとも、ベッドに入った瞬間からマシンガントークの独壇場でも始まるのだろうか。考えるだけで気が滅入ってしまう。

 こんなにもだだっ広い世界で恋仲になるような人だから、きっと何かしらの糸で繋がっているのだろうけど、私は色弱だからその糸が赤い色をしているのかどうかよく分からない。赤いような気もするし、全然違う色のような気もする。そもそも運命というものが、ふとした瞬間にぷつりと切れてしまいそうな糸であることに納得がいかない。運命がそんなんだから、近くにいればいるほど絡まりやすくなって複雑になって簡単には解けなくて面倒くさくなる。もっと物体的で、触るとグニグニしていて、心臓のように激しく鼓動する生命的なものだったらいいのにな。でも、そんなことを言っていてもしょうがないから地道に少しずつ向き合って解いていくんだ。全部解けて、それがひとつの線になって、私の人生と重なったときにぼんやりとでも赤くみえて行く道を示してくれていたらいいな。そのときがきたら、私はその赤い絨毯みたいな道を歩いていくんだ。

いつもまとわりつくこの糸を

運命と呼べるその日まで

どうか重ねた手を掴むまで

何度でも壊せ


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