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アニメの背景美術と表現スタイル

近年のアニメーション表現は高度化の一途をたどっていますが、それは作画や撮影だけでなく背景美術に対しても言えます。
改めて言うまでもなく、アニメーション作品における背景美術は作画同様に世界観と物語を構成するうえで重要な要素です。新海誠監督の作品などを見ると顕著ですが、近年は特にリアリティの向上が求められることも多くなり、また3DCG技術の発展とともに空間表現のためにCGとの連携なども増えています。現在美術背景はポスターカラーやデジタルツールで描かれていますが美術スタッフ自らがCGを併用して描くこともあります。

基本的にはリアリティ表現に寄ったものが多いのですが、その中で少し違った背景のスタイルを持った作品としてこの夏スタートしたP.A WARKSの新番組『菜なれ花なれ』があります。

この作品の背景美術の特徴としては、下の図のように一般的に色や明るさの変化などグラデーションで表現される階調部分を色や明るさの段階で明確に区切って描いていることです。

グラデーションと階調分割

下の画像は写真に対して画像処理によるカットアウト処理を施したものですが、このように色面によって階調が分割された表現になっています。実際の背景画はこのような単純な処理ではなく、もっと精緻で洗練されたスタイルで描かれています。

自分はこれを便宜上階調分割と呼んでいます。絵画や美術表現の用語ではなく自分の造語ですが絵画史において印象派の用いた筆触分割から拝借したものです。筆致により細かく色彩を分割した表現ということで関連がなくもないかな?と思います。階調分割には筆触分割における色彩分割的な要素もありますが、筆触分割とは違い視覚混合とは逆に分割された色調(階調)が拡張される方向の表現になっています。

この「階調分割」は同じくP.A WARKSが昨年公開した劇場アニメーション『駒田蒸留所へようこそ』でも使用されています。

他にも『有頂天家族』シリーズでも色の分割表現は用いられていました。また他社作品ですが『つり玉』でも同様の表現が見られます。

そして現在放送中の『負けヒロインが多すぎる!』のオープニングでも同種の表現が使われています。

この件に関してX上に書いていたところ、アニメ評論家の藤津亮太さんからコメントを頂きました。

情報を頂いて早速bambooさんのサイトを見たところ、現在の表現とは違いますが確かに『東のエデン』の背景には色域による階調分割表現が見て取れます。

↓『東のエデン』の背景画

時系列的には『東のエデン』で最初に用いられ、その後いくつかの作品で使われていった流れがありました。実際自分が初めて意識したのは『Dimension W』の時です。スタイリッシュな作品でしたがそれに合わせた大胆な表現だなあという印象がありました。

*2024/8/31 追記
Xでコメントを頂き『GREAT PRETENDER』を追加しました。
こちらもBambooさんが背景を担当された作品で、背景は色面で塗り分けたスタイルになっています。


アニメーション美術の階調分割的表現はどこから来たのかは詳しく調べていないのでなんとも言えませんが、イラストレーションの領域からの引用やアニメにおける全セル表現などからの影響があるのではという予想はできます。前者で言えば鈴木英人の作品は外せないのではないでしょうか。『有頂天家族』『つり玉』との共通性が見えます。
(*初出時の記述に間違いがあったため修正しました)

鈴木英人公式サイトより

80年代の永井 博のレコードジャケットやアニメ化もされたハートカクテルを筆頭にしたわたせせいぞうの作品も、この潮流に影響を与えた作品に属するものではないでしょうか。思えばこういったスタイルに影響を受けた漫画アニメ作品はこの頃たくさんあったように思います。

こちらは『かくしごと』のEDです。原作の久米田康治はもともと自作で上記の流れの影響を感じる階調分割的スタイルのカラー原稿を描いているのでキャラ含めて親和性が高く感じます。

他にもアニメーション表現自体にもCG表現が一般化するまでは全セル作画による背景動画のシーンは数多くあったので、その関係性も考えられるところです。
また最近はアニメーションの制作にあたって事前にコンセプトアートカラースクリプトを作ることも増えています。これらは非常にざっくりとした形で色や陰影が置かれることが多いので、こちらの影響もありそうな気もします。遡れば昭和40〜50年代のシンプルな筆致の背景画にも祖はありそうな気もしますがこれは研究ではないのでここまでにしておきます。


階調分割で描かれた背景は現実感やリアリティが低下すると思われそうですが、色彩やスタイル次第で想像されるよりも映像としてのリアリティの低下は起こりません。むしろ余計な情報が整理されて抽象度が上がるため、表現対象を浮き上がらせる事もあり、リアリティとは別の存在感があります。イラスト的でポップな印象になりますし、それゆえOPやEDなどのインパクトの必要なところで用いられる例も多く見られますね。
スッキリとそれでいて必要な描写を残す要素の取捨選択にはセンスが必要となるので高度な手法と言えるかもしれません。
また絵としてのスタイルが強いゆえ、被写界深度表現には向いてない部分があります。背景を強くぼかすとキモの階調が消えることと、絵としての完成度に対してレンズ的表現が乖離する面があるからです。『菜なれ花なれ』でも被写界深度の表現は用いられていますがボケは弱めに設定されているようです。

階調分割による背景は広めの色面を持っていることでセルとの一体感があり、画面全体のまとまりが生まれますし”絵”としての主張も強まります。案外これは絵であるアニメーションにとって重要なポイントではないかと思います。
近年のリアルな背景に対してセルが遊離してしまう傾向に対してのカウンター的表現にも見えますし、一つの回答であるのかもしれません。

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