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科学に数学は必須ではない

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「科学」ときくと複雑な数式を思い浮かべる人もいるだろう。実際、科学のイメージを尋ねてみると「難しい数式がいっぱい」という答えをよくきく。
 確かに科学の話になると数式がしばしば登場するが、これは科学に対する誤解が広まっているのではないかと思っている。
 「科学とはなにか?」ということを考えたとき、数学は科学の本質(「科学=数学」)ではなく、便利な手段の1つにすぎない(注1)。

注1)数学が科学に従属しているという意味ではない。

数式がなくても法則は見いだせる

 小難しい話をする前に実例を示そう。

小学校の理科の実験

 小学校の理科の実験を思い出してほしい。
 小学校では、まさに数式を使わずに法則を見つけるという科学の考え方を学んでいるのだ。

 小学3年の理科の学習指導要領の、「物の重さについての考えをもつ」という単元を見てみよう(参照1)。
 この単元では、「物は、形を変えると、重さは変わるのだろうか」という疑問を、観察と実験によって実際に確かめている。

天秤と粘土を用いた実験

天秤と粘土を使った実験により、以下の結論を導いている。

物は、形が変わっても重さは変わらない。

 これは立派な法則である(注2)。

注2)「当たり前じゃん。これが法則なの?」と思う人もいるかもしれないが、これは素晴らしい科学的な認識の前進である。素晴らしい。素晴らしすぎる。
 「物には重さがあり、形を変えたり切り分けたりしても、重さは変わらない」という認識は、「反応の前後で物質の総質量は変化しない」という、ラヴォアジエの質量保存の法則につながるものである。質量保存の法則とともに、元素の概念の提唱と、燃焼の原理の解明がなされ、これを契機に近代化学が発展していく。

参照1)小学校理科の観察,実験の手引き 第3学年A(1) 物と重さ/文部科学省

高校レベルの物理も数学がなくても楽しめる

 高校の物理あたりから数式がいっぱいになったというイメージを持っている人も多いのではないだろうか? 実際に高校物理のテストは数式を使って解く問題がたくさん出てくる。
 だが、数学がなくてもよいのは高校物理でも同じだ。十分面白さを味わうことができる。『電気と磁気』の単元から、一例を出そう。

 導線で作られた輪っかに、磁石を近づけたり離したりすると、回路に電圧が発生して電流が流れることが知られている。
※ 専門用語で言うと、「閉回路の内側を貫く磁束が変化すると、回路に起電力が発生する」。

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閉回路における磁束と起電力

 この現象を法則化したものを「レンツの法則」という。
 レンツの法則は、以下のように教えられる。ここで、は閉回路に発生する起電力、Φ は磁束、t は時間である。

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レンツの法則の定量表現

 しかし、これは数式を使わなくても表現できる。

回路を貫く磁束が変化すると、起電力が生じる。

レンツの法則の定性表現

 このように日本語で書かれたものも立派な法則である。
 これでも十分に電気と磁気の本質を味わうことができるだろう。仮に、現在この法則がまだ発見されておらず、あなたが今新たにこれを発見したとしたら、ノーベル賞ものの発見である。
 ちなみに2020年のノーベル医学・生理学賞は「C型肝炎ウイルスの発見」である。その成果となった論文の1つを見たが数式は1つも書かれていなかった(参照2)。
 なお、この法則表現は、定量化されていないので「定性的な表現」であるという。

参照2)Kolykhalov AA, Agapov EV, Blight KJ, Mihalik K, Feinstone SM, Rice CM. Transmission of hepatitis C by intrahepatic inoculation with transcribed RNA. Science. 1997; 277:570-574.

数学は科学の手段の1つである

 ここから少し哲学的な話に入ろう。

 「1」とか「2」とかいう数字は、自然には存在しない。
 人が自然を認識するときに、「数」というものがあれば便利だということにことで発明された、(実在しない)概念だ。
 もう少し詳しく説明する。

数学のはじまり

 ここに1個のリンゴがある。この時点でリンゴは「1個(1塊)」。

リンゴ1塊

 友達がやってきたので、リンゴを切り分けた。リンゴは何個になっただろう? 普通は「2個(2切れ)」と答えるはずだ。

リンゴ2切れ

 さらに友達が3人やって来たので、みんなで食べられるように切り分けた。リンゴは何個になっただろう? 「4個(4切れ)」だろう。

リンゴ4切れ

 切り分ける前、半分にした後、さらに切り分けたあとのリンゴは、それぞれをどのように区別したら良いだろうか?
 これらそれぞれのリンゴは重さや栄養といった質的観点からみると違いはないが、切り方によってリンゴの量的変化が生じたことに着目しよう。すると、数量(1塊、2切れ、4切れ)を用いて表現するのが便利である(「1塊」「2切れ」「4切れ」という言葉を使わずにこれらの区別を誰かに伝えようとしてみてほしい。とても困難なはずだ)。質的な変化はないのに量的な変化が生じた際の表現をどうするか。このような必要性にせまられて、数が発明されたのだろう。
 数学は、このようにして生まれた数量の性質について研究する学問である(注3)。

 このように、リンゴなどの具体的な物事を、数によって捉えることを「定量化」という。
 逆にいうと、物事は定量化することによって数学的に扱えるようになるのだ。
 さらに、定量化することによって、異なった事物を、数字という1つの概念で扱うことができるようになる。例えば、「時間あたりに進む距離」という概念を「m/s」のようにひとまとめにして扱える。

注3)数学は数以外にも、空間などについても扱う。「幾何学」は空間(図形)について扱う学問である。量について扱う数学の分野は「代数学」と呼ばれる。数学は、これらの数学的対象の間に成り立つさまざまな関係を明らかにする。

数学は抽象化の一手段

 定量化を行うとき、私たちはある1つの特徴だけに着目して、その特徴の量を抽出している。すなわち、定量化は、抽象化のうち、量に着目したものであると言える。
 数学を用いることで、抽象化の一種である定量化を実現することができる。実は、数学は抽象化の一手段に過ぎないのだ。

科学は抽象化である

 数学の次に、科学とは何かをはっきりさせよう。

 それはズバリ、「知覚できる『現象』を抽象化し、その背後に隠れている『本質』を求める営み」である。
 現象とは、私たちが知覚、観察できるもの全てを表す。一方、本質とは、現象の背後にある安定したもので、法則と呼ばれる。本質(=法則)は、時間や場所を超えて、繰り返し多様な現象となって表れる。
 現象と法則は、具体と抽象の関係にある。すなわち法則を捉えるには、抽象化が必要である。

 ※ 科学の目的については別の記事で詳しく述べている

 数学は抽象化の一種であり、科学は現象を抽象化して本質を捉えることだった。
 つまり、数学は科学の一手段に過ぎないのだ。

 数学は科学にとって絶対に無くてはならないものではなく、あくまで1つの手段である。
 実際に私たちは、小学校の理科の授業で数学を使わずに科学的な営みをしている。

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