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プログレッシブ・ロックとクラシック

1970年代に流行った“プログレッシブ・ロック(以下プログレ)”は、今なお根強い人気があるジャンルです。“プログレッシブ”という言葉は“前衛的”というような意味で使われますが、まさにこのプログレは、従来のロックに比べ、より技巧的で芸術的な志向を持っています。具体的な特徴を挙げると、以下のようなものがあります。

1. 演奏技術を見せつけるような演出が多く、技巧的
2. クラシック音楽やジャズなど、他ジャンルとの融合
3. 変拍子や複雑な転調を多用するなど、技巧的な楽曲構成
4. 大作志向かつ、アルバム全体を一つの作品とするコンセプト・アルバム志向
5. 当時の最新の楽器(シンセサイザーなど)や技術(多重録音・ミュージックコンクレートなど)の導入

これらからもわかるように、プログレは非常に高い演奏技術と教養が求められました
上で挙げた特徴2のとおり、クラシック音楽とも非常に関わりが深く、また特徴4のとおり、クラシックにおける“交響曲”のような大作をロックで実現する、というようなこともできます。
今回は、いくつかのプログレバンドと、それに関係が深い作曲家を紹介します。


エマーソン・レイク&パーマー × ムソルグスキー

プログレには、四天王と呼ばれる、特に有名なバンドがあります。ピンク・フロイドキング・クリムゾンイエス、そして、エマーソン・レイク&パーマー(以下EL&P)です。
EL&Pは、そのバンド名そのまま、キーボードのキース・エマーソン(Keith Emerson)、元キング・クリムゾンのボーカルおよびベースのクレッグ・レイク(Greg Lake)、ドラムスのカール・パーマー(Carl Palmer)の3人によるバンドです。当時の最新のモーグ・シンセサイザーの音色が特徴的で、3ピースであることの音の薄さという弱点を補っています
このバンドは、バルトークやバッハなどクラシックのあらゆる作曲家の曲をロック・アレンジしていますが、特に有名なのは、ムソルグスキーの組曲《展覧会の絵》をアレンジしたライブ・アルバム、『展覧会の絵』でしょう。組曲《展覧会の絵》の半分以上の曲をアレンジし、その中に元の作品に基づく、自分たちのオリジナルの歌も挟みました。

ムソルグスキー《組曲 展覧会の絵》ラヴェル編


EL&Pは、その2ndアルバム『タルカス』もジャンルを問わず多くの音楽家に影響を与えています。日本人のクラシック作曲家、吉松隆もその影響下にあり、『タルカス』をオーケストラアレンジしています。


イエス × ブラームス

イエスもまた、クラシックの影響を受けたバンドの一つ。2ndアルバム『時間と言葉』ではオーケストラを導入し、また、5thアルバム『危機』は、シベリウスの《交響曲第7番》にインスパイアされたと、ボーカルのアンダーソンは語っています。そんなイエスの中で目を引くのは、4thアルバム『こわれもの』の中で独特の存在感を放つ、《Cans and Brahms》この曲は、ブラームスの《交響曲第4番》の第3楽章を、キーボードの多重録音で演奏したものです。ブラームスの《交響曲第4番》といえば、ブラームスの最高傑作ともされる非常に重厚で格式高い作品ですが、それをキーボードの軽い音色で演奏。本家とは全く違った、ゲーム音楽のような印象を醸し出しています。数あるクラシック音楽の中から、よくぞこの曲を選んだな、と思い、イエスの選曲センスに脱帽してしまいます。

ブラームス《交響曲第4番》より第3楽章


マイク・オールドフィールド × グラス

イギリスのミュージシャン、マイク・オールドフィールドは、ミニマル音楽をロックに持ち込みました。ミニマル音楽とは、短いパッセージを執拗に繰り返し、それらがずれたり、新しいパートが入ったりして、徐々に変化していく音楽です。マイク・オールドフィールドの代表作といえば、《ムーン・ライト・シャドウ》が有名です。この作品は吉本ばななもインスピレーションを受けて同名の小説を書いており、多くのミュージシャンがカバーするほど親しまれている曲です。そして、もう1曲、《チューブラー・ベルズ》これこそがミニマル音楽の名曲で、その旋律を聞けば、誰もが一度は聞いたことあるはずです。某ホラー映画に(勝手に)使われている、あの曲です。
オールドフィールドは、デビュー作であるこの《チューブラー・ベルズ》の後にもミニマル音楽的な作品を多くリリースしていますが、5thアルバム『プラチナム』で、ついにクラシックのミニマル作曲家、P.グラスの楽曲《North Star》を直接的に引用しています
他にもオールドフィールドの作品には、カノンやフーガ、さらにはソナタ形式など、クラシック音楽からの技術の応用が多く見られます。また機会があれば、オールドフィールドの作品を実際に分析した記事を書きたいものです(需要はないかな?)。


ニュートロルス × シュニトケ

上の3つに比べると、少しマイナーなバンドですが、イタリアのプログレバンド、ニュートロルスもまた、バロック音楽をロックに落とし込むという作風を示しています(「バロックンロール」というダジャレ的な曲名もあり)。
1971年発表のアルバム『コンチェルト・グロッソ第1番』では、バロック時代に多く作られた複数の楽器のソリストから成る協奏曲“コンチェルト・グロッソ”という形式でアルバムを作り、1976年には『コンチェルト・グロッソ第2番』を、2007年には『コンチェルト・グロッソ第3番』を発表しました。バロック風のオーケストラに、4人のロックバンド・パートが“ソリスト”として加わった形のコンチェルト・グロッソです。
面白いのが、同じような動きが、同じ時期にクラシック界でも起こっていたということです。ソ連出身の作曲家、アルフレート・シュニトケは、スターリンから解放され西洋の文化が一気に流入した“フルチショフの雪解け”を体験した世代でした。そのことが起因してかどうか、彼の音楽の中には、バロック、ジャズ、現代音楽、ワルツやタンゴなど、様々な様式がごちゃ混ぜになって現れます。彼はそれらの音楽を、交響曲や“コンチェルト・グロッソ”としていくつも発表したのです。ニュートロルスとシュニトケ、まったく分野は違いますが、そのどちらもが、“コンチェルト・グロッソ”という大昔の様式を引っ張り出してきて、その中で、あらゆる様式の音楽の融合、という試みを行ったのです。1970年代~80年代という時代がそうさせたのか、それともロックの影響を現代音楽が受けたのか…。とにかく非常に興味深いシンクロだと思います。

シュニトケ《コンチェルト・グロッソ第3番》


エニド × マーラー

最後に、さらにマイナーなイギリスのバンド、エニド(The Enid)をご紹介します。彼らは興味深いことに、「ロックでマーラーを」というコンセプトを持ったバンドです。彼らの音楽は、楽器こそロックで使われているものですが、音楽内容はほとんどクラシックに近く、有名なマーラーの《交響曲第5番》の第4楽章「アダージェット」に酷似した楽曲が多くあります。とはいっても、ベースにあるのは“ロック”。ダンス・ミュージックのようなものからメタルっぽいものまで幅広くありますが、どんなに羽目を外してもアルバムの最後の曲はやはり、アダージェットっぽいもので締めるのが通例となっています。

マーラー《交響曲第5番》より第4楽章:アダージェット



今回は、プログレッシブ・ロックとクラシック音楽という、2つの異なるジャンルの接点を、いくつか紹介しました。
次の機会には「メタルとクラシック」というテーマも取り扱いたいと考えています。どうぞお楽しみに。

Text by 一色萌生

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