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書く仕事は、おそろしい。人の話を“切り取る”ことに怯えるライターが、それでも書き続ける理由【書くと共に生きる人|西山武志さん】

小学生の頃から、私は書くことが大好きだった。

ライターを仕事にして4年。自分が書いたことで、広がった物語がある。それを読んで、救われた人がいる。そんな経験を繰り返すうちに、私は「書く」ことの価値や可能性にすっかり魅了された。

思うように書けない苦しさはあっても、書くことは絶対的な「良さ」があり、喜びに溢れる営みだと信じて疑わなかったのだ。だから、この日の取材は衝撃的だった。

「書くことは、おそろしいです」

Webや書籍での執筆・編集を生業とする西山武志さんは、ある体験から、常にこの「おそろしさ」を胸に留めているという。

仕事として毎日のように向き合っている「書くこと」に、彼はなぜそんなにも、おそれているのか。そして、それでも書き続けている理由は。「書くと共に生きる人」に、そのおそろしさは、必要なものなのだろうか。

その真意に触れるため、西山さんの「書く」にまつわる人生を辿った。

西山 武志(にしやま たけし) story/writer。1988年生まれ、早稲田大学文化構想学部卒。在学中にライター業を開始、卒業後フリーランスに。専門は強いて言えば「丁寧にナラティヴをひも解いて、慎重にストーリーにまとめること」。2016年、書くと共に生きるコミュニティ「sentence」の立ち上げに参画。現在、同コミュニティ内のCLO(CharmingにLearningを推していく係)として、ライティングを学び合う場づくりにも従事。2020年6月、編集・執筆協力をした『未来の学校のつくりかた』(税所篤快著・教育開発研究所)が発刊。

「見栄」から選び取った、フリーライターの道

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「小学6年生のときに、市の作文コンクールで受賞したんです。学校行事のマラソン大会をテーマに、『苦しくてくじけそうになったけど、沿道からの声援が力になって、最後まで走り切れました』みたいなことを書いたのかな。今思うと、ありふれてますよね。小手先で、良い子ぶった文章を書いてました(笑)」

幼少期から、書くことが苦ではなかった西山さん。特別好きだったわけでもなく、「周りから評価されやすいもの」くらいにしか感じていなかったという。その考えは中学、高校時代も変わらなかった。好きなドラマの台詞やJ-POPの歌詞の写経に熱中した時期はあったが、それもあくまで「好きなものをもっと知りたい」という思いから。書くことが将来の仕事に繋がるだなんて、この頃の彼は想像もしなかった。

そんな西山さんが、なぜ大学卒業後すぐにフリーライターになったのか。どこか申し訳なさそうな笑顔を浮かべながら、当時の本音を話してくれた。

「ライターの仕事は在学中から始めていたんですが、それ一本で食っていく意思なんて全然なくて、普通に就職はするつもりでした。ただ、就活に惨敗しまして。留年してもう1年やったんですけど、どうにもうまくいかなかった。それで、魔が差したんです(笑)。

『組織に属するより、フリーでやっていくほうが面白いと思ったんだ』くらいに言えたら、立派な企業に就職した友人たちに格好がつくだろうなって。いま思うと、ホントに見栄でしかない決断でした」

大きな目標や意志はないまま、流されるように行き着いた、ライターの仕事。目の前の原稿に取り組むなか、ある仕事が、西山さんの「書く」価値観を揺さぶった。

「書く」への姿勢が変わった、被災地、福島での取材

2012年、夏。大学を卒業して間もない西山さんのもとに、フリーペーパーからインタビューの執筆依頼が舞い込む。向かった場所は、福島県二本松市。東日本大震災の風評被害に苦しむ農家の現状を取材した。

「ライター3年目ぐらいで『ちょっと書けるようになってきたかな』と自信がついてきた時期でした。被災地で取材して、いざ書こうと思ったら、全然書けなかった。農家さんたちの言葉、直面している現実を受け止めきれなくて。これをどう整理したらいいのか、見当がつかなかった。

圧倒的に“書けないもの”との出会いを通して、僕は初めて、ようやく気づいたんです。人の話を書くのは、怖いことなんだって」

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この記事は、本当に自分が書いていいのだろうか——悶々と原稿に向かう。捻り出した言葉は空虚に浮かぶ。編集者から電話で「本気でやってる?」と問われ、押さえ込んでいた感情が溢れ出す。

携帯電話を耳に当てたまま、西山さんは、泣いていた。

やっとの思いで記事を完成させたとき、「書く」に対する考えは大きく変わったという。その後も、インタビュー記事の執筆をするたびに、西山さんを「おそろしさ」が包んだ。

「記事を書く以上、“情報の切り取り”は絶対に発生します。相手の本意でないストーリーも、自分が書くことで“真実のようになってしまう”かもしれない。人に話を聞いて書く行為は、相手の人生に大きな影響を及ぼし得るものなんだ。そう気づいてから、僕にとって書くことはずっと、おそろしい行為なんです」

“おそれ”のある取材ほど、進化を感じられる

「おそろしい」と体感しても、西山さんは今日も書いている。立ち向かう原動力は、どこにあるのか。

「うーん……好奇心、なのかもしれません。語弊を恐れずに言えば、難しさゆえのスリルを楽しんでいる側面は、やっぱりあると思っています。“おそれ”自体に、魅力を感じているというか。そうじゃないと、続けている説明がつかないんですよ(笑)」

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あとは、純粋なインタビューの楽しさですよね。いろんな人の話を聞いて多様な価値観に触れると、自分の“当たり前”が壊される瞬間がある。思想の根幹をアップデートし続けられ点に魅力を感じています。『現状の自分ではギリギリ分からない』くらいの、背伸びをするテーマの取材は、当たり前のアップデートに加え、原稿を書いたのちに書き手としての進化も感じられるので格別です。役得な仕事だなって思います」

例の一つに挙げられたのは、2019年に取材した複雑系科学に携わる教授の講演レポート。録音を聞き直すと、内容の半分以上が理解できない。関連書籍や資料を読み込み、ときには涙しながら、3ヶ月もの歳月をかけて書き上げた記事だった。

「話を聞くだけなら、なんとなくの理解でも『面白かったな』で終われますけど、記事を書くならそうはいきません。相手の発言を受け止めて、自分が書く内容について完全に理解していないと、書けないんです。中途半端な理解で書くと、発言者の真意を損ねてしまいかねません。その情報が外に出て不利益を被るのは、責任のある書き手ではなく、発言者です。だから僕は、人の話を聞いて書く仕事において『書き手自身が理解できていないことを書く』のは、とても無責任な行為だと思っています。

ただ、『分からないことは書かない』と早急に投げ出すのも、同様に無責任な行為です。届けるべきだと感じる情報の中に、理解できない事柄があるのなら、理解するために何ができるかを考えて実行する。そういう真摯な姿勢が『情報の媒介になる』上で重要なんだと、あらためて体感しました」

「あと」と、間髪入れず西山さんが話し始めたのは、作家の多和田葉子さんへの取材だ。ドイツ語と日本語のそれぞれで20以上の作品を生み出し、アメリカの権威ある文学賞も受けた、言葉のプロ。

「言語」をモチーフにした作品を生み出してきた多和田さんへの取材は、「言葉を扱うもの」としての視座を高めるきっかけになったという。

「どういう意味で使っているのか、なんとなく使っていないか……そういった問いを一文字単位で持つ意識は強くなりましたね。言葉が人の思考に与える影響の大きさ、そこに伴う怖さや喜び、そして尊さを、あらためて多和田さんから教えてもらえました。

言葉の選択ひとつには、意識できているかどうかにかかわらず、必ず書き手の文脈が宿る。それが読み手にポジティブな影響を与えることもあれば、傷つけてしまうこともある。書くときは、そこになるべく自覚的でありたい。不要な分断を生まないよう、できる限り配慮した言葉遣いをしていきたいですね」

繊細な“言葉への配慮”が、人の意識、行動を変え得る

言葉と丁寧に向き合う意識は、現在の西山さんの活動にもつながっている。西山さんはフリーライターとしての仕事のほか、編集デザインファームのinquireに所属し、「書く」を共に学びたい人向けのコミュニティであり、このnoteを運用するsentenceのメンバーでもある。

コミュニティで好評を得ているのが、西山さん考案の原稿相互フィードバック会「YMO会」だ。会員同士で書いた原稿を見せあい、よい部分には「Y(佳き)」を、違和感のある部分には「M(モヤっと)」を入れてコメントする。それらを書き手は「O(推して参る)」という学びにまとめ、次の原稿へつなげていく。

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YMO会のフィードバックの様子。

気になるのは、Yに「佳き」の漢字を当てている点。「よき」と聞けば「良き」が浮かびそうだが、なぜ「佳き」を選んだのか。

「『良』を当てると、その裏側に『悪』の存在が透ける感じがするんですよね。YMO会では『そもそも書かれた原稿は比較対象なく、そのままで尊さをもつ』という感覚を大事にしたいので、「すぐれてよい」の意味を持つ『佳』を使っています」

「YMO」は「KPT(Keep・Problem・Try)」のフレームワークを元に考案された。どちらも取り組んだ内容の振り返りから、個人のスキルアップ、組織の学びを促進する目的は同じだが、一つひとつの単語から受け取る印象は異なるように感じる。

西山さんが書いた「YMO会」の実施マニュアルにて、こんな説明を見つけた。

「problemを見つけて」「モヤっとポイントを見つけて」とそれぞれ言われた時、上がってくる指摘は、果たして同じでしょうか?「problem」の方が、なんとなく、「明確にアカン」って感じのポイントに絞られそうですよね。一方でモヤっとの方は、「間違いではないんだけど、ちょっと気になるなあ」って所まで意識が及びそう。(中略)「keep」って、ちょっと上から目線っぽくて、指摘しづらい感じがしちゃうって人、いるんじゃないでしょうか? 「佳き」だと気軽に愛でられて、ハッピーな気がするんですよね。恐らくですが、「KPT」の言葉で原稿のフィードバックをするのと、「YMO」でするのとでは、内容はかなり変わってくると思います。

この“言葉への配慮”は、受け取る人の行動にも影響を与えている。私がYMO会に参加した際、「普段フィードバックをもらう機会がないから新鮮だった」「ほかの人がどのような視点で文章を読んでいるのか、その違いが面白かった」といった感想のほか、このような声を聞いたことがあった。

「最初は『プロでもない自分がほかの人の文章にフィードバックするのは気が引けるな』と感じていたけど、“YMO”の定義を知り、自分の感覚に素直になってコメントを入れられました」

言葉が持つ力に、自覚的である大切さ。おそれある取材から、西山さんが気づいたことや学んだこと、意識するようになったことは、sentenceでも広がり、ほかのメンバーの「書き手としての責任」や「いい加減に言葉を扱わない」といった考え方に刺激を与えている。

過去から受け取ったものを、未来に繋げるために「書く」

ここまで話していただいたあと、「えらそうなこと言ってますけど、僕、一介のライターなんですよね」と、西山さんは謙虚に笑った。フリーライターになって11年。西山さんの人生において、「書く」ことはどのような存在なのか尋ねてみた。

「なんでしょうかね……強いて言えば“生きていくうえで、かけがえのないこと”。とかいうと、大げさな響きなんですけど。正直、自分が生きていることに、そんなに意味があるとは思ってないんです。ただ、完全に無意味だと割り切れるほど強くはないので(笑)。仮に自分の生に意味づけしようと考えると、いつも思い出すフレーズがあるんですよ」

そう言いながら、西山さんは一冊の本を取り出した。井上ひさしさんの『自家製 文章読本』だ。

よい文章を綴る作業は、過去と未来をしっかりと結び合せる仕事にほかならない。もっといえば文章を綴ることで、私たちは歴史に参加するのである、と。(中略)私たちの読書行為の底には、「過去とつながりたい」という願いがある。そして文章を綴ろうとするときには、「未来へつながりたい」という想いがあるのである。(井上ひさし『自家製 文章読本』p13-14、新潮文庫)

「僕の『書く』意味は、これなんです。過去から受け取ったものを残し、未来に繋げていくことで、歴史に参加する。書きたいという衝動より、『何かを残したい』に尽きるのかな。それはきっと、世界のためになることだって、信じているので」

私は「西山さんが、いま、未来に残したいものは?」と聞いてみた。西山さんは「実際、そんなに高尚に生きてないんだよなぁ」と笑う。残したいものは探索中らしい。代わりに差し出されたのは、仕事人としての心がけだった。

「今は目の前の仕事一つひとつと真摯に向き合いたいなと思っています。今までも、一つひとつの精度を上げていった先に、大きな、背伸び感のある仕事が回ってきたので。毎回、ホームランを打つ気持ちで打席に立ち、目の前に来たボールを全力で打つ。それが必ずしもフェンスを越えなくても、確実に期待値は越えて、二塁打くらいにはなるように。

そうして“残る”ものが見えてきた先で、“残す”ものが定まっていくのかも。いや、定まらないかもしれない(笑)。先のことはわからないけど、自分が生業として携わるものはすべて“残り得る”強度を持つように、祈りを込めて書き続けていきたいです」

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書くことは、おそろしい。その言葉を反芻しながら、私はこの原稿を書いてきた。情報の媒介者になる責任、切り取りの危険性、人生に与える影響の大きさ。意識するたびに、キーボードを打つ手は止まった。

だが不思議と、絶望していない。「おそれしかない何かと対峙したときほど、書き手は進化する」と西山さんは言っていた。おそろしさは、希望なのだ。だから私も、書き続ける。

取材日:2020年6月24日
執筆/なかがわ あすか 編集協力/長谷川賢人、sentenceメンバー 撮影/石毛健太郎

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コメント (2)
商品化するときに嘘の割合が高くなるとあとで支払いがでかくなるだけの話。
プロであれば、書くことの怖さは持っていて当然です。
あえて書かないという選択肢もある。
書き手が分かってない事、信じてない事をうまくまとめたとしても、今の時代すぐにバレてしまい底の浅さを露呈します。それが分かってないマスメディアの連中は腐るほど居ますけどね笑。
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